第26話 戦略と戦術。参戦、亡国の勇士たち
文字数 3,625文字
なんとなくだけど、アルルは察していた。
――もしかしてわたし、忘れられてない?
そんな風に思ったのが駄目だった。
顔を出し、リューズたちが部屋から見える位置にいないのに気づいてしまった。
代わりに、猟奇的な光景が広がっている。
「うわぁ……ぐろいなぁ」
処刑で見慣れているアルルでさえ、数秒で目を逸らしてしまった。
「あっれぇ~、みんなどこにいるんだろ?」
そこで諦めていればいいものの、アルルは探すように外へと出る。じっとしているのは得意だったはずなのに、自由を手にした今では少しの我慢も効かなかった。
すぐに、リューズたちは見つかった。
カズマと戦いだしそうな光景に驚きはするも、声を上げるほどではなかった。
――カズマって強いのかな?
アルルは二人の戦いを見守っていた。
決着は数秒――見入ってしまっていた。
「あ! ぶつかる……」
口に出し、言った通りになった。
カズマとロイスは空中で衝突して、カズマだけが落ちていく。下には、剣を持ったリューズが跳躍――驚いたことに空中で剣を手放した。
受け身も取ろうとせず、頭から落下しようとしていたカズマを受け止め……きれずに地面に落ちた。
「これって……どうなるんだろ?」
しばらく眺めていると、なんだか和気あいあいとした雰囲気に見えてきた。
「わたしも混ざりたいなぁー」
見ていたら、ロイスが気づいてくれたので両手を振る。
「あれ? なんか様子がおかしいような……?」
アルルは首を傾げ、振り返る。
そびえ立つ大きな影。なのに、眩しくてつい目を伏せてしまう。
「……誰?」
フィロソフィアとは服装が違う。ムキムキな体なので、ハーミットでもない。心当たりのない第三勢力だが、敵ではないだろうとアルルは判断する。
自分は隙だらけだった。
それなのに、フィロソフィアは狙ってこなかった。
誰もが、カズマとリューズの戦いに夢中になっていたなんてありえない。なにかトラブルが起きたか、単に手が出せなかった。
――なぜ? この人がいたからだ。
となれば、抵抗するのは賢くない。
そもそも、自分の身体能力で逃げるなんて無理。だって、走れないんだもん。
アルルは情けなくも間違いのない分析に身を預ける。
リューズの時と一緒――無害な人質に徹することにした。
「やばいな……」
ロイスだけが、状況を正確に把握していた。
あの直視できない頭は間違いない。
――今は亡きグリットリアの軍人。
ここにいる理由は明白――自分が呼び込んだ。
ロイスは最初から、自分たちだけでやるつもりはなかった。数の差は歴然。アルルやリューズの力は強大とはいえ、節約するに越したことはない。
だから、昨夜の段階からロイスは情報を流していた。フィロソフィアの特殊部隊がやってくると。
クル・ヌ・ギアの人間は大きく三つに分けられる。
まず、正式な手続きを踏んで来た者。このタイプは、基本的にはフィロソフィアを支持している。
次に、住む場所がなく流れ着いて来た者。ここが無法地帯呼ばれる原因となっている彼らは、当然のように自由である。
そして最後に、ロイスが戦力として期待していたグリットリアの人間だ。
といっても、解放軍 のような大層なものではない。単にフィロソフィアが気に食わない面々が集まっているだけである。
現に、やっていることも嫌がらせの域を出ていない。
食料を運んでくる軍人をフィロソフィアの犬と罵ったり、影でぐちぐち、表でだらだら。たま~に、ちょっかいをかけたりする困った大人たち。
それでも、彼らは強かった。牙も爪も研ぎ澄まされており、四肢も衰えてはいない。
ただ、振るったところで無駄だと知っているだけ。
思い知らされているから、項垂れている。
ダモクレスの剣は、土地だけでなく彼らの心にも消えない傷跡を残していた。
戦わずして敗北したのだ。
守りようも、攻めようもなかった。
開戦と同時に宇宙 から襲いかかる剣に抗う術などなく、たった二振りで彼らは死んでしまった。
敵の姿すら見ることなく……それを、無駄死にと呼ばずしてなんと呼ぶ。
一度目は犠牲と呼べても、二度目は無理だ。
多くの者たちに、無駄死にを強いてしまった。
その後悔から、彼らは死んだ土地で死んだように時を過ごしていた。フィロソフィアに対する恨みを燻らせたまま、老いに身を任せ朽ちようとしていた。
そんな彼らにとって、今回の件は朗報だとロイスは思った。
ただ問題として、ロイスは彼らに酷く嫌われていた。冗談抜きに、何度か殺しあったことすらある。
――伝統破壊者 。
ロイスをそう呼び始めたのは、グリットリアの者たちだ。ロイスの戦い方は、彼らを模倣していながらも決定的な異質――魔術を混ぜている。
その行為が、伝統を重んじる人間からすれば許せなかったのだ。加え、ハフ・グロウスの軍人から教わったというのも、彼らの怒りを助長させていた。
そういった事情があり、ロイスと彼らは相容れなかった。
情報を教えた時も音沙汰なし。内容的に嘘と捉えられた可能性も否めないが、単に嫌われていると考えるほうが自然であった。
それでも、朝になれば気づくはず。
嘘じゃなかったと、絶好の機会であると察するはず。
だから、ロイスは時間を稼いでいた。
彼らが異変に気づき、作戦を考え、介入してくる展開を期待して待っていた。
こと白兵戦において、彼らの右に出るものはいない。
――武術国グリットリア。
他国からは戦闘狂と思われていたほどに、彼らは戦いを愛していた。
地上戦では拳銃を基点に置いた体術、海戦では体当たりで相手の船へと乗り込む移乗攻撃、空戦では敵の背後を奪いにかかる格闘戦と、その戦い方はどれも個人の力量に依存する。
中でも、単機単独で敵陣に攻め入る乱戦を得意としていた。
とはいえ、全員が似たような思考回路をしているので、結果的には統率された特攻となっていたのだが。
そこで無差別攻撃。自軍であれば簡単には倒せないという考えの元に、敵味方問わずに暴れ狂う。
――つまり、この状況だ。
リューズですら、傍観していた。
荒れ狂う弾丸。発砲音は途切れる気配なく、辺り一体を網羅している。
拳銃は携帯性に優れており、補助武器としても優秀なのでフィロソフィア側も装備していた。
なのに、蹂躙されている。
彼らの放つ銃弾は味方にしか当たっていない。
扱いやすい武器により数を揃える。動きを統率させ、質を補う。そんなフィロソフィアの戦闘隊形は、乱戦では発揮する間もなかった。
応援は未だ来ず。代わりに、グリットリアと名乗る者たちがやってきた。
おそらく、ハフ・グロウスの軍は既にやられていたのだろう。
まんまと、敵を呼び込んでしまった。
敵味方が入り混じっているので、戦闘機は使えない。防刃服とヘルメットは重く、視界も悪い。
そして、こと白兵戦に置いては相手のほうが圧倒的に上であった。
ありえないことに、銃身でこちらの弾幕を防ぎながら接近――ゼロ距離から、喉元に撃ち込む。
無駄な発砲は一切なく、一発で確実に仕留められる。
警棒の殴打はかすりもしなかった。射出型はありえないことに、横から撃ち逸らされたりする。
しまいには、倒れている死体までも武器や盾にされていた。
グリットリアの戦い方は前時代的で野蛮であった。
その暴力性に数の有利性すら霞んできている。
最初は数人程度しかいなかったグリットリアは徐々に数を増やしていき、気付けば十人近くなっている。
逆に、四十人は残っていたフィロソフィアの部隊が今では十人足らず。
ハフ・グロウスの援軍が二度に渡りやって来たが、一瞬で呑み込まれる。
いくら数を揃えようとも意味はなかった。
装備に大きな差はないが、技量は一目瞭然。地の利も相手にあるので、態勢を立て直したとしても結果は変わらないであろう。
この状況下では、どう足掻いてもフィロソフィアに勝ち目はなかった。
全てが不利に働いている。
そもそも、ハーミットがやって来た時点で局地的敗北は決定していた。
そして、グリットリアと名乗る者たちがやって来たおかげで大局的勝利は約束されたも当然であった。
車の中で最後の仕事を終えた中将は口元に笑みを象り自害する。
自分の送った情報が、起死回生となることを疑いもせずに――
――もしかしてわたし、忘れられてない?
そんな風に思ったのが駄目だった。
顔を出し、リューズたちが部屋から見える位置にいないのに気づいてしまった。
代わりに、猟奇的な光景が広がっている。
「うわぁ……ぐろいなぁ」
処刑で見慣れているアルルでさえ、数秒で目を逸らしてしまった。
「あっれぇ~、みんなどこにいるんだろ?」
そこで諦めていればいいものの、アルルは探すように外へと出る。じっとしているのは得意だったはずなのに、自由を手にした今では少しの我慢も効かなかった。
すぐに、リューズたちは見つかった。
カズマと戦いだしそうな光景に驚きはするも、声を上げるほどではなかった。
――カズマって強いのかな?
アルルは二人の戦いを見守っていた。
決着は数秒――見入ってしまっていた。
「あ! ぶつかる……」
口に出し、言った通りになった。
カズマとロイスは空中で衝突して、カズマだけが落ちていく。下には、剣を持ったリューズが跳躍――驚いたことに空中で剣を手放した。
受け身も取ろうとせず、頭から落下しようとしていたカズマを受け止め……きれずに地面に落ちた。
「これって……どうなるんだろ?」
しばらく眺めていると、なんだか和気あいあいとした雰囲気に見えてきた。
「わたしも混ざりたいなぁー」
見ていたら、ロイスが気づいてくれたので両手を振る。
「あれ? なんか様子がおかしいような……?」
アルルは首を傾げ、振り返る。
そびえ立つ大きな影。なのに、眩しくてつい目を伏せてしまう。
「……誰?」
フィロソフィアとは服装が違う。ムキムキな体なので、ハーミットでもない。心当たりのない第三勢力だが、敵ではないだろうとアルルは判断する。
自分は隙だらけだった。
それなのに、フィロソフィアは狙ってこなかった。
誰もが、カズマとリューズの戦いに夢中になっていたなんてありえない。なにかトラブルが起きたか、単に手が出せなかった。
――なぜ? この人がいたからだ。
となれば、抵抗するのは賢くない。
そもそも、自分の身体能力で逃げるなんて無理。だって、走れないんだもん。
アルルは情けなくも間違いのない分析に身を預ける。
リューズの時と一緒――無害な人質に徹することにした。
「やばいな……」
ロイスだけが、状況を正確に把握していた。
あの直視できない頭は間違いない。
――今は亡きグリットリアの軍人。
ここにいる理由は明白――自分が呼び込んだ。
ロイスは最初から、自分たちだけでやるつもりはなかった。数の差は歴然。アルルやリューズの力は強大とはいえ、節約するに越したことはない。
だから、昨夜の段階からロイスは情報を流していた。フィロソフィアの特殊部隊がやってくると。
クル・ヌ・ギアの人間は大きく三つに分けられる。
まず、正式な手続きを踏んで来た者。このタイプは、基本的にはフィロソフィアを支持している。
次に、住む場所がなく流れ着いて来た者。ここが無法地帯呼ばれる原因となっている彼らは、当然のように自由である。
そして最後に、ロイスが戦力として期待していたグリットリアの人間だ。
といっても、
現に、やっていることも嫌がらせの域を出ていない。
食料を運んでくる軍人をフィロソフィアの犬と罵ったり、影でぐちぐち、表でだらだら。たま~に、ちょっかいをかけたりする困った大人たち。
それでも、彼らは強かった。牙も爪も研ぎ澄まされており、四肢も衰えてはいない。
ただ、振るったところで無駄だと知っているだけ。
思い知らされているから、項垂れている。
ダモクレスの剣は、土地だけでなく彼らの心にも消えない傷跡を残していた。
戦わずして敗北したのだ。
守りようも、攻めようもなかった。
開戦と同時に
敵の姿すら見ることなく……それを、無駄死にと呼ばずしてなんと呼ぶ。
一度目は犠牲と呼べても、二度目は無理だ。
多くの者たちに、無駄死にを強いてしまった。
その後悔から、彼らは死んだ土地で死んだように時を過ごしていた。フィロソフィアに対する恨みを燻らせたまま、老いに身を任せ朽ちようとしていた。
そんな彼らにとって、今回の件は朗報だとロイスは思った。
ただ問題として、ロイスは彼らに酷く嫌われていた。冗談抜きに、何度か殺しあったことすらある。
――
ロイスをそう呼び始めたのは、グリットリアの者たちだ。ロイスの戦い方は、彼らを模倣していながらも決定的な異質――魔術を混ぜている。
その行為が、伝統を重んじる人間からすれば許せなかったのだ。加え、ハフ・グロウスの軍人から教わったというのも、彼らの怒りを助長させていた。
そういった事情があり、ロイスと彼らは相容れなかった。
情報を教えた時も音沙汰なし。内容的に嘘と捉えられた可能性も否めないが、単に嫌われていると考えるほうが自然であった。
それでも、朝になれば気づくはず。
嘘じゃなかったと、絶好の機会であると察するはず。
だから、ロイスは時間を稼いでいた。
彼らが異変に気づき、作戦を考え、介入してくる展開を期待して待っていた。
こと白兵戦において、彼らの右に出るものはいない。
――武術国グリットリア。
他国からは戦闘狂と思われていたほどに、彼らは戦いを愛していた。
地上戦では拳銃を基点に置いた体術、海戦では体当たりで相手の船へと乗り込む移乗攻撃、空戦では敵の背後を奪いにかかる格闘戦と、その戦い方はどれも個人の力量に依存する。
中でも、単機単独で敵陣に攻め入る乱戦を得意としていた。
とはいえ、全員が似たような思考回路をしているので、結果的には統率された特攻となっていたのだが。
そこで無差別攻撃。自軍であれば簡単には倒せないという考えの元に、敵味方問わずに暴れ狂う。
――つまり、この状況だ。
リューズですら、傍観していた。
荒れ狂う弾丸。発砲音は途切れる気配なく、辺り一体を網羅している。
拳銃は携帯性に優れており、補助武器としても優秀なのでフィロソフィア側も装備していた。
なのに、蹂躙されている。
彼らの放つ銃弾は味方にしか当たっていない。
扱いやすい武器により数を揃える。動きを統率させ、質を補う。そんなフィロソフィアの戦闘隊形は、乱戦では発揮する間もなかった。
応援は未だ来ず。代わりに、グリットリアと名乗る者たちがやってきた。
おそらく、ハフ・グロウスの軍は既にやられていたのだろう。
まんまと、敵を呼び込んでしまった。
敵味方が入り混じっているので、戦闘機は使えない。防刃服とヘルメットは重く、視界も悪い。
そして、こと白兵戦に置いては相手のほうが圧倒的に上であった。
ありえないことに、銃身でこちらの弾幕を防ぎながら接近――ゼロ距離から、喉元に撃ち込む。
無駄な発砲は一切なく、一発で確実に仕留められる。
警棒の殴打はかすりもしなかった。射出型はありえないことに、横から撃ち逸らされたりする。
しまいには、倒れている死体までも武器や盾にされていた。
グリットリアの戦い方は前時代的で野蛮であった。
その暴力性に数の有利性すら霞んできている。
最初は数人程度しかいなかったグリットリアは徐々に数を増やしていき、気付けば十人近くなっている。
逆に、四十人は残っていたフィロソフィアの部隊が今では十人足らず。
ハフ・グロウスの援軍が二度に渡りやって来たが、一瞬で呑み込まれる。
いくら数を揃えようとも意味はなかった。
装備に大きな差はないが、技量は一目瞭然。地の利も相手にあるので、態勢を立て直したとしても結果は変わらないであろう。
この状況下では、どう足掻いてもフィロソフィアに勝ち目はなかった。
全てが不利に働いている。
そもそも、ハーミットがやって来た時点で局地的敗北は決定していた。
そして、グリットリアと名乗る者たちがやって来たおかげで大局的勝利は約束されたも当然であった。
車の中で最後の仕事を終えた中将は口元に笑みを象り自害する。
自分の送った情報が、起死回生となることを疑いもせずに――