第25話 聖域の剣士vs戦場の軍人

文字数 2,784文字

 銃の力量に置いてはロイスのほうが上である。
 それを認めている時点で、カズマに勝ち目はなかった。その上、聖域の範囲も正確には掴めていないので、後手を踏むしかなくなる。
 すなわり、リューズが動いてから銃を抜く――クイックドロー。
 
 しかし、いくら早くても遅い。
 
 彼女の剣は必ず射線上に現れる。そうなれば、銃弾ごと斬られておしまい。逸らす時間など、ありはしない。
 カズマは冷静に自分と相手の力量を計算していた。その差を、どう足掻いても実力――正攻法では敵わないと自覚していた。
 
 それでも、退く訳にはいかない。
 退いたところで、自分は死ぬ。
 どうせ死ぬなら、死に方くらいは自分で選ぶ。
 墓場は何処だっていいが、無駄死にだけは御免だった。
 だから、銃を取った。
 
 ――自分一人が抗ったところで、なにも変えられはしない。
 
 だから、リューズへと向ける。
 
 ――意にそぐわなくても、戦いとなれば彼女を楽しませてやれる。
 
 だから、カズマは投じた。
 
 ――無論、死ぬ気はない!

「いくぞ?」
 
 踏み込み、リューズが馳せた。
 カズマも手を伸ばす。腰に装着したホルスター。その両サイドから、ほぼ同時に銃が抜かれる――デュアル・ウィールド。
 右手は引金に、左手は抜いた勢いのまま手放した。
 
 ――リューズの予想を裏切る為の第一投。
 
 しかし、それだけでは足りない。
 二丁拳銃さえ凌いでみせたリューズに、この程度の投擲が通用しないのは道理。いくら虚を衝いたとしても、決して当たりはしない。
 よって、カズマの狙いは最初から彼女ではなかった。
 狙ったのは彼女の振るう剣――太刀筋に、カズマは一矢報いた。



 その位置はリューズにとって一番安全な場所だった。
 どんな障害であろうとも、斬って落とす自信がある。
 だからこそ、死角になった。
 予想外の衝撃。それでも、問題ないと判断した刹那――押される。口火が切られた。カズマは自分で投げた銃を撃った。
 
 銃声は一つにしか聞こえなかったが、放たれた弾丸は二発――リューズの剣が弾かれた。
 
 想定外の連続にリューズは距離を取ろうとするも、銃弾が追いすがる。一発、二発、三発。剣でいなすも、四発目で押し負けた。
 リューズは大きく体勢を崩すも、焦りはしなかった。
 
 ――今持っている銃に弾は残っていないはず。
 
 そんなリューズの判断を裏切るように飛来物――カズマは銃をぶん投げてきた。
 虚を衝かれたのは否めないが、弾丸に比べたら遅すぎる。驚きはしたものの、余裕で間に合う。
 振り払うどころか、弾き返す勢いでリューズは剣を振るった。
 
 渾身の一刀。
 
 だが、思っていた手応えはなかった。
 まるで分厚い壁を切りつけたような感触――

「なっ!?」
 
 理由に気付き、リューズの口から意識せず驚愕が零れた。
 銃を挟み、カズマは蹴りで斬撃を迎え撃っていた。
 即座に、切り伏せてやる! とリューズは力を込めるも、剣は虚しく空を切り――



 リューズに銃の知識はない。
 だからこそ、裏をかけるとカズマは確信していた。
 思惑通り、彼女の剣は二度もブレた。
 共に連射は関係ない。あれはただのフェイク。
 
 本命は彼女の戦法――抜く度に長さを変える剣――を真似た、撃つ度に威力を変える銃(・・・・・・・・・・・)
 
 リボルバーは口径さえ合えば、複数の種類の弾を撃てる。
 そして、銃は弾によって威力を大きく変えていく。
 
 カズマは二発目と六発目に強装(マグナム)弾を装填していた。一度目は意表を衝いたあとに、二度目は銃の威力をよく覚えさせてから発射するように。
 
 目に見えて、リューズの構えが崩れた。
 経験則から装弾数くらいは把握しているはずだと、休ませる暇を与えずに叩き込む。
 
 切迫する勢いのまま投擲。追いすがるよう馳せ、投げ放った拳銃目掛けて飛び蹴り――期待通りの手応えを感じ、壁蹴りの要領でカズマは上へと飛ぶ。
 それほどまでに、リューズの一刀は力強かった。
 銃身を間に挟んでいたのに、足に痛みが残っている。
 
 ――けど、これでおしまいだ。
 
 案の定、彼女の戦いの流儀に反しない限り、〝あの剣〟は来ないようだ。
 カズマは上昇中に両脇のホルスターから銃を抜く。この一二発で勝敗が決す。仕留められなければ負け。これ以上の策はなかった。
 真下――リューズの脳天に銃口を向け、カズマは予期せぬ衝撃に見舞われる。

「え?」
「あん!?」
 
 二人の声が重なり、カズマは事態を察する。
 リューズの予想をことごとく裏切る選択を取ってきた結果、ロイスの意表まで衝いてしまったようだ。
 
 カズマは空中で観戦していたロイスにぶつかり、視線をリューズから切ってしまう。
 
 ほんの一瞬とはいえ、この状況下では命取り。リューズは既に跳躍しており、銃の照準は間に合いそうにない。
 
 ――死んだな。
 
 そう確信したのに、カズマの口元は緩んでいたようだ。

「なに、笑ってんのよ!」
 
 リューズの指摘でカズマは手をやり、引き締める。すぐさま地面に落ちるも、覚悟していたような痛みや衝撃は感じられなかった。

「……なんで?」
 
 むしろ、安心するような温かさと柔らかさ。信じられないことに、リューズがクッションになっていた。

「普通に考えて、今のは無しでしょ?」
 
 至近距離で見つめ合いながらも、色気もなにもない。不貞腐れた顔でリューズはカズマの胸を押し、どける。

「あの馬鹿がいなけりゃ、どうなってたかわかんないんだから」
「いやぁ、だってよ……。まさかこの位置にいて、ぶつかるなんて思わねぇだろ?」
 
 言い訳がましくロイスは漏らす。
 歯切れの悪い口調から、本当に事故だったようだ。

「くっ……ははっ、はぁ~マジかよ、これ……」
 
 カズマは笑ってしまった。
 馬鹿みたいな展開と現状に笑えてしまった。
 楽しいと思ってしまった。
 
 ――もう、殺せない。
 
 殺せる訳なかった。腹を抱えて、カズマは笑う。目尻に涙を浮かべ、自分が今から切り捨てるべき存在を思い返して笑う。

「リューズ。また、おまえの手助けをしてもいいか?」
 
 笑いきると、カズマは申し出た。

「え~、カズマとはもう一度戦いたいしな」
「模擬戦でいいなら、付き合ってやるよ」
 
 二人して冗談を言い合っていると、

「あちゃぁ~」
 
 上から、更なる失態をおかしたような声がした。

「あー、イチャついてるとこ悪ぃが。クソガキが捕まった」
 
 ロイスが指さす方向には、確かにアルルが捕まっていた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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