第38話 護る銃と殺す剣

文字数 3,169文字

 敵は女のほうだと、アイオロスは見下ろす。
 風を切る――自分の〝願い〟を否定され、アイオロスは怒っていた。 
 
 この風は王を守護する盾。
  
 何人たりとも、侵すことを許さない。
 フィロソフィアの兵器も、怒りに燃え蹲る者(ニーズヘッグ)の炎も、寒さによりすべてを捻じ曲げる者(イツラコリウキ)の冷気も、大地に座る牙(トラロック)の雷でさえ拒絶してみせる。
 それなのに、あんな(モノ)に破られた。

降臨(アドベント)――番えし風は王の盾(ヴァーユ・アルシェ)

 刻み込むように、もう一度呪文を唱える。
 番えし風は決まっていた。あとは彼女の間合いまで下り立つだけ。
 相手がどれだけ早くても、関係ない。
 決して、追い越させはしない。
 疾風を持って、迎え撃ってみせる。
 彼女の足が地面を蹴り上げた。

「――ガイアの怒り(テューポーン)!」
 
 大地すらも揺るがす暴風(ダウンバースト)。地面へとぶつかった風は四方八方に放射状に広がり、辺り一帯を吹き飛ばす――

「――風を切り裂く渓流の玉剣(アルキュオネ)!」

 はずが、彼女の髪を揺らすことなく凪いだ。
 けど、それは想定内。アイオロスは既に次の風を番えている。
 そして、彼女は重力に従って落ち――ないで空中を蹴った。

「――一つ脚(フラカン)!」
 
 咄嗟に風を変え、振り上げる一刀からアイオロスは急上昇で逃れる。
 剣の届かない高みまで――

「オレたちの悪い癖だよな」

 声がしたと思ったら、背中に硬いなにかが押し付けられ――体が吹き飛んだ。銃声。熱さと痛みに拍車をかけるように、不愉快な声が落ちてくる。

「すぐ〝上〟に逃げる」
 
 アイオロスは意識を失いそうになるも、怒りで踏み留まる。体勢を立て直すよりも先に殺してやる! と、空を睨み――刃が胸から生えてきた。

「……え?」
 
 番えた風が溢れていく。重力に抗えず、落ちていく。
 なのに、どうして見上げる彼女は空に立っているんだろうか?





 嫌な音を聞き届けて、リューズは地面へと戻る。夢のような雲の階段を下りていき、息絶えたアイオロスを見下ろす。
 リューズは眉一つ動かさず、剣を逆手で握った。

「――屍人を喰らう亡者の剣爪(ミクトランシワトル)

 現れた刃は頼りなかった。長さはナイフと変わりなく、朽ちた骨のように脆そうで不気味な雰囲気を漂わせている。
 リューズはそれをアイオロスの死体へと突き刺し――見る見る内に、少年の体が消失していく。

「……死体すら残さねぇとは、えげつねぇな」
 
 ロイスは軽蔑していた。
 その証拠に、聖域の外に立っている。

「魔力を奪う、か。どおりで、あんな滅茶苦茶なリミットで、今まで生きながらえていたわけだ」
 
 聖域外からの攻撃を防ぎ、あらゆる物質・現象を両断する。
 問答無用で他人の〝願い〟を拒絶して、自分の〝願い〟を押し通す。
 
 それは普通に願えば、まず叶わない力。
 
 少なくとも、最強になりたいという願い方では叶う前に死に絶える代物だ。
 ただ幸いというべきか、リューズが願ったのは最強の剣士ではなかった。
 彼女の願いは、あくまで剣が最強だという証明。

「悪い?」
 
 リューズはいつもの剣に戻して、ロイスを見上げる。

「いんや。ただ、一つだけ聞いておきたい。テメーが、クソガキの力を温存しておきたかったのは……この為か?」
 
 ネタが割れている以上、抜刀を演じる必要はない。
 リューズは鞘に収めたまま、剣を肩に担ぐ。

「テメーが言っていたいざって時って――」
「だったら、どうするの?」
 
 リューズは押し込む。遠回しな言い草が面倒くさくて、溜息。

「私がアルルのことを、そう思っていたらあんたは私の敵になるの?」
「あぁ、当然だ」
 
 即答ぶりに、リューズは目を見張る。

「人質にもならないんじゃかったけ?」
「あの時は、な。けど、今は違う」
 
 ロイスは強い意志を持っていた。
 揚げ足取りなど、なんの意味も持ちそうにない。

「カズマを無駄死にさせるわけにはいかねぇからな。だから、オレは全力であのガキを護る」
「言っとくけど、あんたでも構わないのよ?」
 
 マゲイアの人間であれば――魔力を有していれば、誰だっていい。

「テメーこそ、わかってんのか?」
 
 突如無数の刃が地面から生え、リューズの行動が制限される。

「ここはオレの楽園だ」
「あんたこそ……っ! この為に、私を招いたわけ?」
 
 聖域は文字通り剣の山に囲まれていた。それにこの関門を突破したとしても、すぐさま次の障害が襲いかかるってくるだろう。
 
 ロイスはこの空間を自由自在に操れる。
 
 さすがに、空間を斬るような剣は持っていなかった。アイオロスの魔力を奪ったおかげで、創り上げられなくもないが勿体ない。
 リューズは負けを認め、構えを崩す。
 今の自分にとって、ロイスは神に等しかった。

「んなわけねぇだろ。こいつは友達と遊ぶ為に創ったんだ。傷つける為じゃねぇ……」
「それは皮肉ね」
 
 リューズは心から思った。
 敵を傷つけることはできないのに、味方は幾らでも傷つけられるなんて。

「剣、下ろしてくれる? あと、できたらでいんだけど……最初の風景がいい」
 
 要望に応えるように刃は消え、公園の景観に変わった。

「懐かしいな……」
 
 十歳くらいまでは、皆と同じように楽しめていた。
 剣に心奪われるまでは――





「ぶっちゃけ、オレにはその気持ちがわかんねぇ。ただ、見ているだけだったから」
 
 ロイスは無防備に隣に並んだ。

「そうなの?」
「あぁ、オレの親はなんつーか、倹約家だったからな」
 魔力と寿命の関係性は、国民たちもなんとなく察していた。
「長生きすることに執着して、オレにもそいつを強制してきた」
 
 魔力の無駄使いを避ける名目で外出も満足に許されなかった。常に家族が一緒で、部屋を温め、灯し、効率よく行っていた。

「それなのに、あっさり死んだんだ。あんだけケチってたくせして……いや、ケチり過ぎて死んだんだ。本末転倒だよな」
 
 いつからか、目的が入れ替わっていた。
 長生きすることではなく、魔力を抑えることに。

「それでオレは自由になったはずなのに、駄目だった。なんて声をかけたらいいのか、どうやって輪に入ったらいいのかさっぱりでな。オレにはなにもなかったから」
 
 だから、創り上げた。
 夢のような楽園を。
 そこで誰かと遊ぶことを夢想した。

「なるほど。もとは秘密基地だった訳ね」
 
 指摘され、ロイスは恥ずかし気に笑う。

「あぁ……。なのに、いつからかすり替わっちまった」
 
 自分一人でも、平気な空間。
 自分だけが、楽しめる楽園。

「結局、一度も最初の〝願い〟通りに使えてねぇ……」
 
 ルカを、カズマを死なせた。
 リューズを脅した。

「リューズ、力を借してくれねぇか? オレだけじゃ、イツラコリウキを倒せない。オレのリミットじゃ、自分しか護れないんだ」
 
 カズマの弔いではなく、アルルを護る為にロイスは決断する。

「オレが全力でサポートする」
 
 自分では力不足。
 リューズだけでは難しい。

「道はオレが作るから、頼む!」
 
 リューズの聖域は外部からの『脅威』にしか働かない。最初から凍った道や、降り積もった雪などの『障害』までは消せなかった。
 理論的に諭すのも可能であったが、ロイスはただ頼み込む。

「――わかった」
 
 そして、リューズもただ応じた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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