第28話 ハーミットの力

文字数 1,337文字

 フィロソフィからもたらされた自動小銃は、なんの役にも立たなかった。 
 精巧複雑な機械はあっさりと凍結してしまい、故障。
 単純堅牢な構造の拳銃はまだ扱えたが、火器である限り氷点下の影響は免れず。外気に晒される時間が長ければ長いほど、たちまち使い物にならなくなる。
 
 それなのに、銃声は一つも聞こえてこなかった。
 
 雪中戦など、経験はおろか知識すらないハフ・グロウスの軍人たちは次々と倒れていく。体感温度は既にマイナス六十五℃に達しており、低体温症を引き起こしていた。

「――白乱(ホワイトアウト)
「――むさぼりつくせ(ボレアス)
 
 女性の呼び声で視界は白く染まり、少年の掛け声で熱が奪われる。
 兵たちは恐ろしく冷たい風に見舞われ、正常な者はいなくなった。錯乱、幻覚、昏睡、仮死、死亡の内のどれかである。

神の全能の目(プロビデンス)が言うには、この街にいるようですが……結構広いですわね、アイオ」
「大丈夫だよ、姉さん。ほら、戦闘機が見える。たぶん、あの辺りにいるよ」
「あら? 本当ですわね。さすが、アイオ」
 
 呑気な会話が聞こえる。
 仲睦まじい姉弟のやりとり。
 それが現実かどうなのかさえ、彼らには判断つかなかった。





すべてを寒さにより捻じ曲げる者(イツラコリウキ)と、十二の風の父(アイオロス)だ」
 
 アルルが怯えるように漏らした。
 マゲイアの特殊部隊ハーミット、天罰を司るリミットの使い手たち。

「なんだそれは? どんな奴らなんだ?」
 
 中年が尋ねるも、アルルは首を振る。

「その名を冠する者は何人もいるから、わからない」
「何人も……?」
「大丈夫。今ここにいるのは、二人だけのはずだから……」
 
 それが気休めなのは承知だ。
 やはり次元が違う。リューズとロイスが数十人を相手にしている間に、その二人は数千人から一方的な勝利を収めている。

「……窓! どっかに窓のある場所は……!」
 
 自分のリミット無しでは戦いにすらないだろう。誰も近づけないまま死んでしまうと、アルルは窓を求め、周囲を見渡す。

「おぃ、アルル!」
 
 車を目掛けて駆けるアルルを、カズマだけが追いかける。
 転がっている死体を避けながら、アルルは誰もいない車を探す。見るのは我慢できても、狭い空間で一緒なのは嫌。
 
 一つ一つジャンプしながら中を覗いていき、
「カズマ! これ、開けて!」
 やっと見つけた。

「わかったから、少し落ち着け」
 
 落ち着いてなんかいられなかった。アルルの心臓は早鐘のようになっている。早く、早く、とカズマを急かす。

「ほら、開いたぞ」
 
 アルルは飛び込み、備える。
 チャンスは一度きり。
 キリング・タイムが天候を操る程度だと勘違いしている最初だけしかない。
 フィロソフィアがマゲイアを出し抜こうとしていたのなら、きっとまだ知られていないはず……!
 そんな期待を裏切るように、冷たい声が響いた。

開放(オープン)――氷雪大世界(アイスゲート)

 瞬間、アルルの世界は閉ざされた。
 窓には分厚い氷が張り付いており、なにも見えなくなってしまった。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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