第12話 剣《ソードマスター》vs銃《ガンスリンガー》

文字数 3,655文字

 車内にいた二人は男が不自然に止まったのに気づいた。
 しかし、リューズは違う。アルルの力を信じていた。
 
 結果、男の姿を見失う。

 意識的に五メートル先を見やり、
「面白ぇ――」
 予想外の距離から砲声――バンッ!

 地面を転がり、リューズは距離を取る。

「いい反射神経してんな、おぃ!」
 
 試すように男はぶっ放つも、今度は微動だにしなかった。
 白兵戦を誘うようにリューズは剣を微かに抜き、鳴らす。

転換魔術(チェンジ)? ……いや、限定魔術(リミット)か」
 
 今までの相手と違い、男に大きな驚きは感じられない。銃が効かなかったという事実に対して、口笛を吹き鳴らす余裕を持っている。

「つーと、テメーが噂のマゲイアの特殊部隊ってヤツか?」
「はぁ? なに言ってんのあんた?」
 
 ふざけるなと瞳を引き絞り射抜くも、
「あん? そこにいんのはマゲイアの第十六王女アルルじゃねぇのか?」
 男はあっさりとリューズから視線を外す。

「ぶっちゃけると、二年前に見た時から全然成長してねぇから、妹の線も捨てきれなかったんだがな……どうだ?」
「少しは成長してるもん!」
 
 男の軽口にアルルが叫ぶ。

「でもよテメー、成長期だろ? それなのに……なぁ? こっちの嬢ちゃんみたいな胸は、もう期待できねーんじゃねぇの?」
 
 男は下卑た笑みでリューズを見やるも、彼女はアルルとは対照的に落ち着いていた。

「おぃ! そもそもおまえは何者だ? なんで……知ってる?」
 
 生まれた沈黙にカズマが言葉を挟む。

「んなもん、決まってんだろ?」
「ふざけてないで答えろ!」
 
 カズマの詰問に対しても、男は涼しい顔をしていた。

「おー、怖ぇ。ってか、テメーこの車からして軍人だろ?」
 
 男はがっかりしたように溜息を吐いて、
伝統破壊者(トリックファイター)って聞いたことねぇか?」
「……悪いけど、知らないな」
 二人のやり取りに、

「黙ってろ! カズマ」
 リューズが吠えた。
「アルルも、手出し無用だから」

「おー怖ぇえ! せっかく可愛い顔してんのに、勿体ねぇなぁ」
「言っとくけど、無駄だから」
 
 リューズの指摘に、男の顔がフラットになる。

「悪いけど、その程度じゃ私は乱れない。ふざけてみせていても、疲れるだけだ」
 
 男はわざとらしく口元をつり上げる。

「なんでそう思う?」
「普通に考えて、あんたも愚者(フール)でしょ?」
「まぁな」
「それにアルルの顔だけでなく、正式な身位まで憶えていた。はっきりいって、私はそこまで憶えていなかった」
 
 アルルが公の場に顔を出す機会は少なかった。多くても、年に四回。それも兄妹の誰かにくっ付いているだけで、発言すらない。

「それは、テメーの常識がねぇだけじゃね?」
「うるさい黙れ。そもそも、あんたがここにいるってだけで、答えは決まってんのよ」
 
 リューズは声を怒らせるも、構えは崩さなかった。
 右半身を相手に向け、左手は鞘、右手は握り手を掴んだまま――

「あんたのリミットは、戦いに特化したモノじゃないってね」
 
 当然の推測を口にした。
 島国であるマゲイアから脱出するには、とりわけ『移動』に特化したモノが必要となる。

「そういうテメーは、明らかな戦闘向け。まぁ、普通にヤり合うのは得策じゃないわな」
 
 トリックファイターはお喋りに興じながら、発砲した。

「悪いけど、私に(ソレ)は通じない」
 
 リューズは瞬きすらせず伝えるも、トリックファイターは否定した。

「いや、当たれば通じるだろ」
 
 指差す先には、転がった弾丸。

「大体四~五メートルってところか? その範囲内からなら、届くんじゃないのかって思ってんだが、どうだ?」
「……さぁ、どうでしょう?」
 
 性に合わないのか、リューズの返答は空々しかった。

「テメーの失点は避けなかったことだ。真似でもしてれば、オレは当たらなかっただけだと勘違いして、連射して、弾切れして……ジ・エンドってな」
 
 首を水平に切る仕草をして、トリックファイターは嘲る。

「あえて避けないことで接近戦を誘いたかったのかもしれないがな、そりゃ浅はかだよ」
 
 トリックファイターは銃を懐にしまい、ゆっくりと歩みを進める。リューズとの距離をしっかりと測るように、一歩ずつ。
 対して、リューズに動揺はない。聖域の範囲が知られたとしても、大きな問題ではないからだ。
 
 トリックファイターと違い、彼女は知り尽くしている。
 僅か一歩どころか、一ミリの単位で聖域の外と中を行き来できる。
 そして、聖域は彼女にとっての制空圏。この範囲内であれば、誰が相手でなにをしてこようとも対応する自信があった。
 
 それなのに、驚かざるを得なかった。

 トリックファイターは、正確に間合いを詰めた。
 僅か一センチ、銃口が聖域を侵す。

 ――早抜き(クィック・ドロー)

 剣と銃。微かな金属の悲鳴。放たれる刃と銃弾。交錯する太刀筋と射線。
 耳をつんざく轟音と火花――瞬きの間に、それら全てが散りばめられた。

「早ぇな、おぃ……!」
「それは……こっちの台詞っ!」
 
 呆れと賞賛の入り混じった声。
 お互いに、予想を上回る速度だった。
 それでもなお、自分のほうが早い(・・・・・・・・・)と踏み切ったのが、今の結果を生んだ。

「つーか、その剣詐欺だろ?」
「そっちこそ。いつ、銃を抜いたのよ?」
「場所はわかってんじゃねぇか」
 
 リューズの目線は、腰の辺りに注がれている。トリックファイターは右手でジャケットの裾をめくり、ホルスターに収まった拳銃を晒す。

「悪いけど、次は斬るから――」
 
 銃の威力と硬さは覚えた。
 先程は初めての手応えだったので押し流されてしまったが、次はいける――リューズは弾丸ごと両断するつもりでいた。

「ほざけ!」
 
 威勢とは裏腹に、トリックファイターはまたしても慎重に間合いを詰め――クィック・ドロー。
 リューズは先程の速度を上回り、トリックファイターは下回った。

 剣と銃。
 金属の微かな悲鳴が二つ――遅れて、もう一つが追いすがる。

 ――二丁拳銃(デュアル・ウィールド)

 リューズは躊躇わなかった。
 銃身ごと相手の右手を切り落とすのが先か、左手に握られた銃口が火を噴くのが先か――僅かコンマの差で決断した。
 こだまする二つの銃声と一つの衝突音。遅れて、風を斬る一刀。後ろへと跳んだトリックファイターは、大地を踏みしめることなく(・・・・・・・・・・・・)遠のいた。
 
 さすがのリューズも、驚愕の声を上げる。まじまじと見やるも、そこにはなにもない。間違いなく、相手は空中を踏みしめて跳んだ。

「あっぶねぇなぁ!」
 
 間合いの遥か外で、トリックファイターは大げさに騒ぎ出す。

「つーか、オレが迂闊だっただけか……」
 
 リューズの構えは変わっていた。
 右手に薄刃の片手剣、左手に鞘の二刀流。

「その長さであっても、鞘なら片手で扱えるわな」
 
 リューズは右手の刃で遅れ出た弾丸を受け、左手の鞘で先んでた銃身を逸らした。
 抜き身の刃と鞘の長さは倍違う。
 また左が本命だったのか、利き手ではない鞘のひと振りで、トリックファイターは照準を乱した。

「ってか、よくわかったな? 二丁拳銃だってよ」
「だって、引き金を引くだけで撃てるんでしょ? それ」
「そう、簡単なもんじゃねぇんだけどなぁ……」
 
 トリックファイターは盛大に溜息を吐くも、リューズは黙って続きを促す。

「そう焦んなって。こちとら、あれが切り札だったんだぜ? 普通は『まさか!? 二丁拳銃で早撃ちなんて!』……ってなるもんなんだけどなぁ……」
「そんなの知らないわよ」
 
 いじけだすトリックファイターにリューズは溜息一つ、
「驚かしたいんなら、せめて三つは扱うべきよ」
 無茶な提案を告げた。

「……言ったな?」
 
 トリックファイターは口元を緩め、舐めつけるようにリューズの顔から足元まで目をやる。

「そこまで言うなら、三本目のお披露目といこうか……って、ンなことしたら普通に切り落としそうだなテメー……」
 
 トリックファイターは目線を自分の下に向け、リューズを見やり、体を震わせた。

「はぁ……。こうなったら、オレも本格的にリミットを使うしかねぇよな」
「……さっきのやつね」
 
 予想していた銃撃を防いだあと、リューズは即座に攻撃へと転じた。その一刀は明らかに相手の虚を衝いており、当たるはずだった。

「そゆこと」
 
 トリックファイターは軽く答え、呪文を口にする。

開放(オープン)――独りぼっちの楽園(プレイルーム)
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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