第36話 弱き者の末路、守られる者の重荷

文字数 2,303文字

 イツラコリウキの姿が消え、アルルは冷静さを取り戻す。

「おぃ! クソガキ……!」
 
 窓越しにロイスが怒っていた。
 拳銃を窓に突きつけ、今にも発砲しそうな雰囲気。

「テメー、自分がなにをしてんのかわかってんのか?」
 
 アルルは押し黙っていた。
 目に溜めた涙を一滴も零さないよう見開き、耐え忍んでいた。

「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあんだろうが!」
 
 沸点に達したのか、ロイスが発砲した。

「バカ! なにやってんだ!」
 
 カズマに照準を乱させなければ、窓は割れていただろう。

「テメー……!」
 
 ロイスは更に憤っていく。
 カズマは未だわかっていないのか、自分を守る言葉を紡いでくれる。

「落ち着け! ロイス!」
 
 ロイスは既にカズマを見ていなかった。彼が見据えているのは窓越しのアルルのみ。
 そのアルルは目を真っ赤にしたまま、瞬き一つしていなかった。なにやら、必死で堪えている様子だった。
 カズマの視線がそんな二人を往復する。
 沈黙は十秒にも満たなかった。

「もしかして……俺、もう死んでるのか?」

 やっと、カズマも真実に辿りついた。
 アルルはあの時、躊躇ってしまった。自分の命が削れる感覚に怯み、カズマを助けることができなかった。
 カズマは命を賭けてくれたのに、自分には無理だった。
 
 それなのに、利用した。
 
 ほとんど怒りに身を任せた結果とはいえ、最低の行為をしてしまった。
 アルルは自衛の為に、カズマの死体を一時的に蘇らせ酷使したのだ。
 
 ロイスが怒るのは当たり前だ。
 そして、カズマもきっと怒る。
 アルルはそれを受け入れる気でいた。
 
 なのに――!

「そうか、ありがとう」

 カズマはお礼を言った。

「なんで……なんで? お礼なんていうの? わたしは……わたしが……!」
 
 訳がわからなくなり、アルルは混乱する。
 それでも、瞳だけは決して閉じはしない。瞬きでさえ、手放してしまいそうだったから。
 それほどまでに、カズマを留めて置くのは辛かった。
 だけど、止める訳にはいかない。
 自分には、カズマの恨みを聞く責任がある。

「カズマには待ってる家族がいるのにっ! 妹さんと約束してたのにっ! わたしは知ってたのに……っ!」
 
 ――マゲイアに戻りたくなかった。
 
 そんな身勝手に巻き込んでしまった。
 自分なんかのワガママで死んでしまった。
 そのまま楽になれたのに、苦しめてしまった。

「アルル、俺が死んだのは俺のせいだ。おまえのせいじゃない。むしろ、おまえには感謝してるよ。だって、アルルのおかげで、俺は無駄死にしないで済んだ。普通だったら、俺は誰も護れないで死んでいた。けど、アルルが使ってくれたから、こうやって二人を護れた」
「……っく……っ!」
「それに、ここまで首を突っ込んだのは俺だ。死んだのは、逃げなかった俺が悪い。弱いくせして、分際を弁えなかったからだ」
「……んなことない! カズマは! カズマは……!」
「ありがとう」
 
 ――ダメだ! 泣くな! まだ、わたしにはやることである。やらないといけないことがある。まだ、閉じちゃダメだ! まだ! まだ……もう少しだけ……!

「……カズマ。ごめん……ごめんなさい。わたしには生き返らせてあげることは……できない。けど、もう少しだけ頑張るから……頑張るからっ!」
 
 ――十年や二十年減ったって構わない……だから! もう少しだけ、時間を……! カズマに時間をあげないと!

「電話……してあげて。妹さんに……家族に……」
「いや、いいよ」
 
 カズマは間を置かずに即答した。

「――え?」
「俺には謝ることしかできない。けど、あいつはそれを求めていない。だから、いいんだ。俺があいつとの約束を破るのは、今に始まったことじゃないしな」
 
 笑ってさえみせるカズマに、アルルの涙腺は崩壊の兆しを見せていた。

「ごめん、……ごめんっ……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
 
 ――わたしは弱い。カズマに最期のお別れをさせてあげることさえ……できなかった。
 
 後悔と懺悔と自己嫌悪とが入り混じって、アルルの頬を幾重もの涙がなぞる。



「本当にそれでいいのか?」
 
 目を腫らしながらも、アルルは抗っていた。
 そんな彼女に背を向けると、ロイスが小声で聞いてきた。

「最期くらい、格好つけさせてくれよ。そうすることでしか……もう、護ってやれないんだから」
 
 取り乱す訳にはいかなかった。
 訴えたところで生き返ることが叶わないとなれば、アルルを困らせるだけだ。
 彼女はまだ幼い。先の未来もある。

「それに、会話なんてしたら……死にたくなくなるだろ?」
 
 既に死んだ自分が、その邪魔をする訳にはいかなかった。ただでさえ傷ついているアルルに、追い討ちをかける真似はしたくない。
 
 現実問題、死んだのは自分のせいだ。
 
 それを誰かのせいにしたくなかった。
 だから、早く死にたかった。
 
 ――もう、なにも考えたくなかった。

「あー、おまえにも礼を言わないとな」
 
 冷静でいられるのは、なんの苦痛も感じていないからだ。
 死の瞬間でさえ、苦しまずに済んだのはロイスのおかげである。

「……バカが。オレはそんなことの為に……!」
 
 ロイスは自責の念にかられていた。

「……悪いな」
 
 けど、カズマは謝る言葉しか見つけられなかった。
 今、アルルのまぶたが落ちた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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