第6話 勝者と敗者

文字数 2,852文字

 ていのいい人質を探していたリューズは突如、浮遊感に襲われた。気づけば視界が変わっており、自分が飛んでいると悟る。
 
 反射的に落下を阻止しようと目の前の窓枠に手をかけ、
「……大丈夫?」
 声に導かれ、顔をあげると窓越しに小さな女の子が立っていた。

 ふわふわの髪の毛にドレス。
 見憶えがあったので、リューズはぶら下がったまま記憶を辿り――

「マゲイア十三世の娘!」

 マゲイアは王政――国は王である。およそ三百年前に統一されてからは、王位継承と共に今までの名前を捨て、〝マゲイア〟の名を継ぐようになっていた。

「好都合!」
 
 リューズは叫び、力を込めるも……入らなかった。

「あのね、お願いがあるんだけど、いい?」
 
 アルルは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
 何度試しても、力が入らない。なんの力も込めていないのに、リューズは落下することもなく、窓枠を掴んだ状態でとどまっていた。
 
 ――リミットを発動させとけば……!
 
 後悔するも遅い。この距離ではどうしようもないと、リューズは諦める。

「お願いって……なに?」
 
 せめてもの反抗心で睨みつけると、怯えたようにアルルは目を瞑り――リューズは落下する。

「ちょっ……!」
「あっ! ごめん!」
 
 文句を言い切る前に、また釣り上げられた。定位置の窓枠。二回目だったのでリューズは気づく。釣り上げられる時、スカートが捲れて丸見えになると。

「くぅ……! で、お願いってなに?」
「えっと……、わたしね。ここから出たいの。空を飛んで……あ! 知ってる? 今ね、空を飛ぶ〝機械〟っていうのが来てるんだ」
 
 たどたどしくありながらも、時折鈴が鳴ったようにアルルは口を開いた。

 ――まだ、警戒されているみたい。

 しかし、その警戒を解く言葉をリューズは持っていた。

「知ってる。実をいうと、私も〝アレ〟が目当てなのよ」
「本当!?」
「本当よ。つまり、私たちの目的は一致しているってわけ……わかる?」
 
 マゲイアの娘であれば、人質の価値は十分。アルルが一緒ならば〝アレ〟を壊される恐れも、途中で撃ち落とされる心配もいらない。

「ちなみに、私も愚者(フール)
 
 ダメ押しの一言。
 同じ禁忌を犯した――リミットの使い手だと明かす。

「一緒にここから逃げない?」





 ハフ・グロウスへの帰還中、カズマは二人の状況を聞いていた。人質と誘拐犯ではなく共犯。マゲイアからの逃亡が二人の望みだと知っていた。
 
 だからこそ、これから起こり得る事態を教えた。
 
 それが投影だとはわかっている。自分にできない。けど、やりたいことを、二人はしようとしていたから。
 果たして、カズマの期待通り二人はやってのけた。
 その結果に酔って、カズマは口走る。

「もう一度言う。独立だ。グリットリアは、フィロソフィアから独立する!」

 十五年前に失われた自国の名と共に、はっきりとカズマは宣言した。
 
 それだけで、見慣れたの顔に動揺が滲む。
 カズマが相手にしているのは、この基地の最高責任者――トドロキ。カズマからすれば、雲の上の存在である。
 だというのに強気な発言は、単に調子に乗っているだけではない。

「祖父さんも見たろ? マゲイアの力を借りれば、不可能じゃない」
 
 トドロキとカズマは血縁関係にあった。
 つまり、これはあくまで祖父と孫の会話。かなり無理があるが、今の状況下で咎める者はいなかった。
 それ以前に同席者もない。誰もが、リューズの存在を恐れていたからだ。

 応接室にいるのは四人。
 リューズとアルルは、対面のソファにいるトドロキを興味深そうに眺めている。カズマは一応、立場を弁えて立っていた。

「確かにそうかもしれん。だが、どうやってマゲイアに協力を仰ぐ? まさか、お姫さまを人質に脅迫でもするのか?」
 お姫さま発言にアルルの顔が歪み、

「アルルだよ! 糞ジジイ!」
 暴言が放たれる。

「あははっ! ジジイ! 糞ジジイ!」
 
 釣られるようにリューズも笑い出す。
 二人の勢いのよさにカズマは虚を衝かれ、二の句が続かない。

「カズマ、おまえはなにもわかっていないようだな」
 
 トドロキは少女二人の暴言は流して、カズマに注意した。

 腑に落ちずカズマは反論しようとするも、
「どうして、この二人が笑っているかわからんのだろう?」
 押し込むように遮られた。

「おー! ジジイの迫力凄っ!」
「皺くちゃなのにねー」
 
 再度、リューズとアルルが失礼な感想。
 それに理由があるなんて思ってもいなかったカズマは、口を噤む。

「マゲイアの住民は寿命が短い。ほとんどが、四〇にもならない内に亡くなる」
 
 目を見開いて、トドロキの一挙手一動に反応を示す二人。ようは珍しいのだ。彼女らにとって、これが初めての老人との対面。
 全てが新鮮で、好奇心が刺激される故の反応だと、トドロキは淡々と言い切る。

「理由がわかるか?」
 
 矢継ぎ早に放たれる質問。カズマには見当もつかず、答えを待つしかない。

「魔術だ。魔術が寿命を削るのは、既に〝データ〟によって裏付けされている」
 
 それが意味することに気づき、カズマは言葉を失う。

「マゲイアとフィロソフィアの関係性は、極めて良好だということだ」
 
 敗国は搾取される。勝ち負けが下す優劣の差。それが染み付いていたカズマには、その関係性は思いもよらなかった。

「なんでだ? マゲイアは宣戦布告されたんだろ? どう決着がついたって……」
「――勝ったよ」
 
 カズマが言い切る前に、思いもよらない所から答えが明かされた。

「それで、欲しいモノもちゃんと頂いた」
 
 甲高さが鳴りを潜めていて、すぐにはアルルだと気づかなかった。
 カズマは驚きと戸惑いのまま、顔だけでなく体ごと向ける。

「ウチはどこと戦っても勝てるけど、どこと戦っても破滅する可能性があるの。だから、なによりも争いを避ける」
 
 アルルは少女らしからぬ微笑みを浮かべ、カズマに語りかけた。

「マゲイアは、自国の安寧しか望んでいない。だとすれば、フィロソフィアとは交友を結ぶのが一番でしょ?」
 
 アルルは上機嫌で口を動かす。

「現状、フィロソフィアに武力戦を挑む国はないからさ。あったとしても、独立を旨とした内戦くらい。だったら、下手に支配下に置こうとしないで、仲良くした方が安全だよね?」
 
 見た目は裏切るものの、一国の王女の立場に恥じない聡明さを、アルルは開示した。

「だからね、カズマ。マゲイアは絶対に協力してくれないよ。わたしの命なんかよりも、国の安全を優先するから」
 
 自分よりも遥かに幼い女の子に諭され、カズマは恥ずかしくなる。目に見えるものだけに惑わされ、また勘違いをしてしまっていた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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