第5話 ハフ・グロウス

文字数 2,716文字

 空の旅は順調であった。
 後ろは狭いようで、アルルを抱えるようにリューズは座っている。

 あのあとのことは、よく憶えていない。
 リューズに見惚れ、畏怖した所為である。

 彼女は平然としていたのだ。あれほどの人間を斬っておきながら――
 殺したのか? というカズマの問いに、リューズはあっけらかんと答えた。
 
 ――さぁ? 知らない。
 
 少女は自分が斬った人間になんの興味も持っていなかった。
 死んでいても、生きていても構わない。ただ、斬って動かなければそれでいい。リューズはそういったニュアンスの発言をしていた。
 
 カズマは少尉ではあるが、士官学校上がり。
 実戦経験はなく、誰かを殺したこともない。

 それでも、死体は何度も見てきた。

 大半は弱者。カズマの中でそれは女、子供。
 つまり、無意識の内に、リューズをそういう目で見てしまっていたのだろう。
 だから、剣を振るう――理不尽に人を殺す彼女を止めなかった。多勢に無勢の大人で男を悪と見なし、一人で立ち向かう少女を正義と勘違いした。
 
 普通に考えたら逆だとわかるのに、あの構図――見た目に騙された。

 後ろから聞こえてくる無邪気な声に、カズマは頬を緩ませる。
 初めて見る空からの景色に、二人は歓声を上げていた。
 
 リューズに目的地はなく、マゲイアから離れることだけが指定だった。
 かといって、カズマに選択肢はない。
 
 帰還だ。

 マゲイアには整備士が残っていたので、こちらの状況は知られているはず。
 つまり、逃げ場はなかった。 
 そもそも、フィロソフィアの目が届かない場所なんて存在しない。アルルの立場が確かだとすると、撃ち落とされる心配はないだろうがそれだけだ。

「うわぁ……、なにあれ?」
 
 遠くに見える、密集してそびえ立つ影。
 怪訝な声をあげるアルルに、カズマは説明する。

「建物だよ。主に住居だな」
「うそ! アレが?」
 
 カズマも嘘だと思いたい。
 フィロソフィアに負けて以来、自国の人口密度は大きく跳ね上がった。
 次々と送られてくる、様々な外国人。限りある土地に収める為に、建物は高く深く、空と大地を侵食していった。

「そう、ここが俺の国――七二番目のフィロソフィア(ハフ・グロウス)だ」

 名前すら奪われた国。もはや、世界の半分近くは順番を表す数字でしかなかった。
 むしろ、それだけでも幸せなほうである。
 土地すら奪われた国も少なくはない。自国の一部にも、使いものにならなくなった場所が幾つか点在している。
 ハフ・グロウスは密接した八つの島々で成り立っており、島の一つ一つに役割が与えられていた。

 首都、生産、教育、観光……カズマたちが着陸したのは、軍備を担っている列島の最南端――通称『ゴミの島』だった。
 ビル群からは離れているのに、圧迫感は拭えない。
 周囲には誰もいないどころか、他の機体すら見当たらないのに。
 
 いつもと違い、がらんどうな理由は明らか――狙撃だ。

 戦闘機が飛び立つ事情により建物は低いが、数は多く、潜む場所はいくらでもある。
 安全性を考慮すると、スナイパーがいるのは一キロ以内。フィロソフィアの特殊部隊が来ているとみて間違いない。
 コックピットから降りたら最期、脳天を撃ち抜かれる。

 都合の良いことに、アルルはリューズよりも頭一つ分は低い。更に凶器は剣であり、撃たれた衝撃で人質を傷つける危険性も少なかった。

 勝算は充分。
 カズマが自分の身を犠牲に動けば、確実ともいえる。

開始(コーメンス)――」


 魔術の存在を知っていなければ、カズマは間違いなくそうしていただろう。自分の目で見ていなければ、二人の言葉を信じられず、軍務に服していただろう。

「――カナリアの悪戯(キリングタイム)!」

 アルルは呟き、操縦席から窓の外に目をやる。戦闘機の視界は良好。ぐるりと一周、開放感が襲った。
 一キロと伝えてあったものの、アルルに正確な目視ができるはずもなく、予想よりも多くの建物が消失した。

 だだ広い空間に、人が現れる。スナイパーは十二名ほど、全方位に配置されていた。

 その他にも、カズマが見慣れた制服。待機、もしくはバックアップをしていた同僚たちも、大量に姿を晒す。
 誰もが、混乱しているのは疑いようもなかった。
 この状況下で周囲を見渡し、空を見上げ、呆然としている。二階以上にいた人間に限っては、腰を打ったのか地面でうずくまっていた。
 
 そんな中、リューズが威風堂々と降り立つ。

「武器も消しとこうか?」
「つまんなくなるからいい」
 
 アルルの申し出を軽い調子で断り、
降臨(アドベント)――」
 手に長剣が握られる。

「――白兵戦最強(ソードマスター)

 反りのない直刀。
 長さも踏まえ抜刀術には向かないが、そう錯覚させるのが彼女の目的にも思える。

 誘拐犯の特徴は伝わっていたのか、発砲音が響いた。
 それを合図に口火が切られる。容赦なく、何発も鳴り響く。機体から出れば格好の的。それも人質から離れて一人。
誰もが内心で嘲り、ほくそ笑み……その顔が驚愕に染まる。

「こっちでも遠距離攻撃(ソレ)か……」

 リューズは愚痴りながら歩く。
 途中で転がっている弾丸を蹴り飛ばし、これみよがしに剣を掲げる。

「誰か、近接武器を扱える奴はいないわけ?」
 
 更に手招きまでしてみせて白兵戦を誘うも、誰も乗らなかった。リューズは苛立った舌打ちをして、戦闘機を見上げる。

「アルル! 全員この場に呼び寄せて」
 
 低い声でリューズは命令。
 素直に応じる反応をみせたアルルを、カズマは修正する。

「スナイパーだけでいい。ライフルってわかるか? あの黒い奴を持っている奴だ」
 
 アルルはリューズとカズマを見比べる。

「頼む」
 
 カズマは頭を深く下げ、アルルはにっこりと笑った。

開始(コーメンス)――」
 
 目よりも先に、音でカズマは悟った。
 あとはもう、マゲイアで見たのと変わりない。ただ全員が果敢に攻め込まず、何人かは冷静に撤退していた。
 リューズはそれには見向きもせず、流麗な動きで自分の間合いにいる者たちを切り伏せていく。
 マゲイアの兵士よりは手応えがあったのか、今回は返り血を浴びていた。
 全てが終わったあと、またアルルの声が響く。

開始(コーメンス)――」 

 聞きなれた言葉のあとには、消えたはずの建物が元通りになっていた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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