第3話 傍迷惑な少女たち

文字数 2,374文字

 ついに、〝ソレ〟はやってきた。
 待ち望んでいた物体にリューズは興奮を抑えきれず、叫ぶ。

「よっしゃぁ! きたぁ!」

 瞬間、視線が集まる。
 後ろで一つに縛った長い髪、真っ白なワンピースに巻かれた無骨なベルト、スカートの裾から僅かに見えるブーツと、明らかにこの場にそぐわない姿であるからだ。

「いたぞ! 侵入者だ!」

 見つかり、加勢を呼ばれるも気にも留めない。
 リューズは一心に空を――近づいてくる〝ソレ〟を見上げていた。
 
 ここは王城。
 マゲイア唯一の王が居座る――瞬く間に、リューズは兵に囲まれる。やって来たのは上下が一続きになっている衣服――漆黒のローブを纏った男たち。

 武器を持った者が一人もいないことに、リューズはがっかりする。当たり前と言えばそうなのだが、やっぱり残念だ。
 兵たちは距離を取って、リューズを包囲していた。

「今日は、外出禁止令が出ているはずだが?」

 兵の一人が詰問する。
 口調が比較的穏やかなのは、こういった事態に慣れていないからだろう。
 戦乱以降――マゲイアが統一されてからは、大規模な争いや暴動は起こっていなかった。その為、兵とはいえ実戦経験は限りなくゼロ。
 
 だからこそ(・・・・・)、リューズはここにいた。

降臨(アドベント)――」

 マゲイアでは魔術は生活の術であり、兵器としては扱われていない。
 あったとしても、動物を狩猟する程度のモノ。

「――白兵戦最強(ソードマスター)

 故に、リューズの魔術は一目で異質だとわかる。
 彼女の手に現れたのは白銀の鞘に収まった長剣。それは人間を相手にする為だけに生まれた武器であり、マゲイアでは必要のないモノであった。

「……っ!? 捕えろ!」
 
 兵たちは魔力を雷へと転換させ、放つ。
 動物と同じ扱いに、リューズはむっと顔を顰めてしまう。

 マゲイアの人間は、基本的に戦い方を知らない。

 動物相手ならば、魔力を電気なり炎に転換させるだけで済むし、人間同士の争いに至っては禁止されていたからだ。殺人は王により執行されるモノで、極刑でしか許されない行為。
 もちろん、小競り合いや遊び感覚での戦いはあるが、もっぱら魔術による遠距離戦であった。
 
 よって、この距離では砲声虚しく――兵たちは全員切り伏せられる。

「……つまんない」
 
 リューズは空を見上げるも、もう〝ソレ〟は見えなかった。
 どうやら、既に降り立ったらしい。今までの調査に基づくと、ここにいるのは数時間。それまでに、事を終えないとならない。

「とりあえず、人質かな?」





 本日は外出禁止令。
 
 ――そんなの関係ないわよ! と、アルルは不貞腐れていた。

 事実、そんなの関係なしにアルルは外に出られない。扉に鍵はかかっていないが見張りは二十四時間体制で、見つかったら即連れ戻されるとなれば同義に違いない。
 
 好奇心旺盛の十二歳。
 発育盛りだというのに、アルルの容姿は幼すぎた。

 それもこれも、満足に部屋から出られないせいだとアルルは腹を立て、鏡を殴る。

「……いたい」
 
 ひ弱である。ついでに暇でもある。
 だから、アルルの髪は長い。手入れに時間がかかるし、結んだり解いたりと時間を潰すのに都合がいいからだ。
 今日もせっせと編み込んではほどき、櫛を通してはまた編み込むという不毛な繰り返し。

「はぁ……。〝アレ〟に乗れたらなぁ」
 
 アルルは窓の外を見る。
 外出禁止令は空を飛ぶ〝アレ〟の姿を見咎められない為であった。

 マゲイアは他国との戦争に勝利しているも、その事実を知っている国民はいない。アルルが知っているのは、仮にも国王の娘――王女の立場からだ。

 その為、歴史を始めとした知識は多い。
 それは自国だけでなく、他国に対してもだ。

 とはいっても、制限はされていた。書物を自分で選んだ試しはなく、誰かが選んだものを読む。つまらなくても、暇だから仕方なく目を通してしまう。

 今までアルルが読んだ本の中に、〝アレ〟の存在は載っていなかった。空を飛ぶ物体。魔術でも飛べなくはないが、あんなに長く、高く、早くは難しい。

 それでも、リミットならいけるだろう。

 マゲイアから秘密裏に亡命した国民が少なからずいるのを、アルルは知っていた。この海に囲まれた島国から、その身一つで脱出するなんて転換魔術(チェンジ)付加魔術(チャージ)では無理だ。

 しかし、リミットは禁忌。
 それも極刑レベルの重罪であった。

 なんせアルルでさえ、こうして軟禁生活を余儀なくされている。
 かれこれ、六年前の話だ。
 王女という立場から、アルルは満足に部屋から出られなかった。つまり、暇だった。

 一般家庭なら自らの魔術で暖を取ったり、明かりを灯したりしないといけないのだが、この城だけは家電設備が整っていた。

 幸か不幸か、最初から整っていたのだ。リミットに手を出す状況が。
 それにより、アルルは暇つぶしの為だけのリミットを創り上げてしまった。

 ――窓越しの風景を自在に変える。

 だが、それは正解ではない。
 アルルが望んだのは、あくまで暇つぶし。根本的な〝願い〟に逸れない限り、リミットは幾らでも進化していく。 
 そして、 アルルが望んだのは、あまりに稚拙なお願いだった。

 ――窓越しの世界だけでいいから、自由にしたい。

開始(コーメンス)――」

 その結果、限定的ではあるがアルルは神にも成り得た。

「――カナリアの悪戯(キリングタイム)!」
 
 その命に従い、

「ひゃぁぁぁっ!」
 
 運悪く、地上を走っていた少女が釣り上げられた。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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