第32話

文字数 1,190文字

 桜木勇也は店の前に配送車を止めていた運転手から取り上げたCDの裏表を、何度も何度も交互に見てはクルクルさせていたが、スッと止めて滝沢の目の前にかざす。
「ジャケットデザインからしてセンスがある。どうだ?そう思うだろ、オウ。
ああ、分からんのか、お前には理解出来ておいて欲しいんだがな。小波の芸術性は母親の才能を継いでいるから、なんだか解らんがいいに決まってる」
何か企みでもあるのだろうかと思いながらも、表情は変えないままに滝沢はCDを受け取った。

「私にはそんなセンスは有りませんから。会長、聞いてみますか」
「オウオウ、当たり前だろ、早くしろよ」
滝沢はケースを開けで、ディスクを助手席に戻った田淵に言った。
「力人、ちょっとこいつを流してくれ」
田淵は身を乗り出してディスクを受け取りCD挿入口に入れながら、ゆっくり車を発車するよう運転手に合図した。

暫くは男たちの沈黙が続いたが勇也が我慢できない感じで口火を切った
「なかなか、いいよな? 」
滝沢は評論家のように言葉で分析出来ないから、じっくりと本質を感じようとジャケットを凝視して固まっていた。
「ハハハハ、そんなに体に力が入っていて良さが分かるかい?」
集中する滝沢には聞こえなかった。


― 青や黄色や赤色の歌舞伎町のネオンが雨雫のガラス越しに滲んだ向こうに顔がある。一瞬を切り取ったのか連続写真の一枚なのか、少し神経質的な思いに捉われてしまう。
我が国に生き延びてきた血の哀しいしなやかさが見せる絶望をなぜか感じる。それもゆっくりと、と云うよりも、遅れて笑顔が届いた時には、次の景色の中で時間を消費していく、不思議な水の流れのような写真。
見る者の死生観を透かして映し出すかのようにも見える。
悪の美というものか。
美は悪のくつろいだ姿のようにも感じるな。 ―


[HOWLONG FLOWERS]と印字された文字。
裏ジャケットには三人の少女ともうひとり。

ポーズで正面を見ないのではなく、彼が真っすぐ見据えた先がカメラのレンズにはたまたまないだけのそのひとりを小波が母のように抱いている。何処かへ行ってしまわないように少年を離さないと祈るような姿にも見えた。ポートレイトというよりも言葉も無い世界で言葉を刻む風景のような写真だった。

「オマエも気になるだろう、そいつは誰だ? いつからメンバーになったんだ」
「先日、お話しさせて頂いた少年だと思います」
滝沢は答えた。
「あーそうなのか」
少し不機嫌になったようだ。

丁度、車内に才のギターが響いた。勇也はの眼が光を吸収して一瞬グニュルと鈍い艶を現わした。美ではない悪の勝利のような。
田淵力人は、バックミラーに映る会長の表情を気にしていた。
「大丈夫だろうか。才をシメろ、とか言われるのだろうか。殺さなきゃいけなくなるのか。好きだしなあいつ」
彼との出会いを思い出しながらジッとミラー越しの桜木勇也を見つめていた。
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