第32話

文字数 1,208文字

第7章
   アレンジ  1

 桜木勇也は配送車を止めていた運転手から取り上げたCDの裏表を何度も何度も交互に見てはクルクルさせていたが、スッと止めて滝沢の目の前にかざす。
「ジャケットデザインからしてセンスがある。どうだ?そう思うだろ、オウ。
ああ、分からんのか、お前には理解出来ておいて欲しいんだがな。小波の芸術性は母親の才能を継いでいるから、なんだか解らんがいいに決まってる」
何か企みでもあるのだろうかと思いながらも、表情は変えないままに滝沢はCDを受け取った。
「私にはそんなセンスは有りませんから。会長、聞いてみますか」
「オウオウ、当たり前だろ、早くしろよ」
滝沢はCDケースを開けてディスクの縁を指で挟むと、助手席に戻った田淵に差し出して言った。
「力人、ちょっとこいつを流してくれ」
田淵は身を乗り出す。彼は滝沢の一連の所作を瞬時に察知すると、記録面に指が触れぬようにより繊細な指さばきでディスクを受け取り、流れるような導線でCD挿入口に入れた。ゆっくり車は走り出す。
 暫くは男たちの沈黙が続いた。勇也が我慢できない感じで口火を切った。
「なかなか、いいよな? 」
滝沢は評論家のように言葉で分析出来ないから、じっくりと本質を感じようとジャケットを凝視して固まっていた。
「ハハハハ、そんなに体に力が入っていて良さが分かるかよ」
集中する滝沢には勇也の声は届かなかった。

― 「青や黄色や赤色の歌舞伎町のネオンが雨雫のガラス越しに滲んだ向こうに顔がある。一瞬を切り取ったのか連続写真の一枚なのか、少し神経質的な思いに捉われてしまう。
我が国に生き延びてきた血の哀しいしなやかさが見せる絶望をなぜか感じる。それもゆっくりと、と云うよりも、遅れて笑顔が届いた時には、次の景色の中で時間を消費していく、不思議な水の流れのような写真。
見る者の死生観を透かして映し出すかのようにも見える。
悪の美というものか。美は悪のくつろいだ姿のようにも感じるな」 ―

[HOWLONG FLOWERS]と印字された文字。
裏ジャケットには三人の少女と少し離れたところに残像のように映るもうひとり。
レンズを見据えるふたりの少女とは違って小波は左を向き、少年に向かって遠慮がちに両腕を広げている。迷子になっていた子供を見つけて迎え入れる母の姿にも見えた。
「オマエも気になるだろう、そいつは誰だ? いつからメンバーになったんだ」
「先日、お話しさせて頂いた少年だと思います」
滝沢は答えた。
「あーそうなのか」
少し不機嫌になったようだ。丁度、車内に才のギターが響いたその瞬間、勇也の眼が光を吸収して一瞬グニュルと鈍い艶を現わした。善良な美などではない悪の勝利のような。
田淵力人は、バックミラーに映る桜木会長の表情を気にしていた。
「大丈夫だろうか。才をシメろ、とか言われるのだろうか。殺さなきゃいけなくなったら嫌だな。好きだしなあいつ」
彼との出会いを思い出していた。
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