第12話

文字数 2,743文字

第2章
 GOOD BUG 1

鼻血をこする際に握っていたスマホにも血が飛び散った。鬼無才(キナササイ)はシャツの裾で拭い、レコーディングアプリを開く。【Rec】をタッチして小さな声を発した。
「本日のラウンド2、行くよ」
場所は違っても小波たちと一緒にライブするかのごとく、さらに新たな扉のメロディーを求めて街を漂い流れていく。
皴の目立つ黒服の男に目が留まった。茶髪でロン毛、用心棒でもなく客引き崩れで、おこぼれをかすめ取ろうとしているところ。
「遅いよ。早くしな。おいおい、財布に入れてどうするんだ」
しっかりとアイロンがかけられたスーツ姿の新社会人らしき男は手が震えてしまって、ATMから引き出したお金を財布に入れられず焦っている。
「直接、渡せばいいんだよ」
ゴキブリは両手を広げ迎え入れ、肩を組み人気のない場所へと歩きだす。醸し出す相容れない関係性は、行きかう人々にも察しが付くらしく、皆、目を逸らして足早に通り過ぎていくのであった。
才は空を見上げ月を探して首を数回伸ばし、軽いハミングで空気と戯れながらメローディーのチューニングをしながら二人を追った。
路地へ曲がると茶髪男が一人で出て来た。
「どけ、馬鹿」
才はゴキブリの羽音は一旦無視して先へ進んだ。サラリーマンらしき若い男が座り込み泣いていた。
「ちょっと、待っててよ。反省させてきますね」
声を掛けて、才は光り射す通りへと走り出す。メロディーを探りながら獲物に向かって体ごとぶち当たった。
「ドーンってか」
才は甘いスイーツに喜びが漏れた。
「なんだてめえ」
「正義の悪魔ですが何か?」
茶髪男は突然の衝撃に怯えたが、華奢で取るに足らないガキを目にして、半笑いをしながらずるくいやらしい気配を取り戻して喚いた。
「なんだこのクソガキ!
正義のなんだって?
殺されてえのか。イテエな! 
まあ、今日はツイているし、ガキに興味ねえから許してやるが。女みてえなガキはママのお家に帰れよ。金のないやつに興味はねえから。それとも、諭吉があれば貰ってやるぜ」
街灯の下、才は空洞の自分に音を迎え入れる儀式の如く息を止め静止して待っている。
茶髪男は、静かにヘンテコな所作の儀式にいそしむ少年に興味を持ったようで、ゆっくりと自ら近づいた。
「なんだ小僧、諭吉があるなら頂くぜ。ついでにボコって、しょんべんを引っ掛けて夜の街の洗礼を浴びさせてやろうか。
ウッハハハッハ。それとも、可愛い面してるから売っちゃおうかな。
ヒヒヒッヒヒヒ」
男は身長が180センチは優に超えていて、女の子のような小柄な少年より2周り以上は大きく見えた。ベンガルを前に余裕に満ちた笑いを浮かべて、体をゆらりゆらりとダンスでもしている気分のままに襲い掛かった。
しかし彼の視界は、フワッと少年のナチュラルなウルフカットが風に舞うのを愛でながら、月あかりの渦に巻かれ夜空がある。突然、胃がねじれるような圧迫感に襲われて吐き気を催す。
才は3秒の間に身をかわして相手の足をすくい上げアスファルトに倒し、みぞおちに一発を蹴り終えていた。きれいな静止画の少年が永遠を悪戯している。
さっき迄の猛者は居酒屋と雀荘が入る雑居ビルの入り口に転がり込んで、食肉工場で屠殺の順番待ちする顔に変わっていた。才の茎股が半目を開ける。穢れた詩人は軽くチャックに沿ってボクの機嫌に触れてみた。
「想定外に自分を失った人間が見せる表情、そう、これだよ。忘れちゃいけないよ。同類のアウトサイダーとして謝罪をしてあげる。出来損ないの為にお経をあげないといけないんだよ。僕が拾ってあげるから、神様に捧げる旋律を見せさておくれよ」
才は男の後ろにあるポケットから飛び出していた結束バンドを見つけると、マジシャンのように奪って、次の瞬間には両手首を背中で結ぶ。馬乗りしてバッグから耳元をあま噛みした。
「ねえ、怖いの? 
なにそれ、ふふふ。なんであの立派な尊敬して感謝すべきサラリーマンを殴ってお金奪ったんだよ。全部見てたんだから、だめだよ、ぼったくりのキャッチだけでなく、小遣い稼ぎでチョロチョロ手を出したら駄目じゃないか。別にいいんだけど」
旋律は感情をあぶり、野蛮な動物の欲情に沈澱しているブルースが香る。祈りし血液を滴らせながら。

『すべてを許したら許されない
神も悪魔も敵となり
群衆は愛を盾に舌なめずりして
化け物のパレードを始めるだけ』

歯に詰まった食べあらびき肉団子のカス。人間に戻す呪文の旋律を探す。
男の鼻の穴に指を突っ込んでみた。先ず、左の穴に人差し指を。男はフガフガと鳴いた。
「いいね、その音にあう言葉はないかな。
うーん、ないです神様。
空いている穴にも入れてみよう」
ちょいと手首を返しぐいっと薬指を右の鼻の穴に押し込んだ。
男は、空気を求めて口を慌てて開けて「くぅオっ」と鳴いた。
「つまんない。間違えた失敗だった」
才は悲しくてやりきれない気持ちになった。
「嫌だ嫌だ嫌だ」
「な、何がですか? 」
才はサラリーマンの名刺を男の内ポケットから取り出した。
「こんなの持っていたら、この人の会社に行って悪いことしてしまうだろうから、しょうがないなあ。助けてあげるよ。
お、丁度いいね」
そう言って、同じポケットにあったジッポのライターを使って名刺に火を付けた。男が大げさに喚いたので才はイラッとして膝で鼻の下を押した。
「綺麗な燃える音と炎の揺らめきの向こうの神様の笑い声を邪魔するな。もっと、諦めの恐怖のお前のハーモニーがいるのに、
下品に主張するな」
彼のハミングによるメロディーが、何か絶対快楽の掟に則って、縁に導かれた群衆の波紋が広がっていく。
「おれは何でもくれてやる、全てしゃぶるがよい、化け物の幼虫どもを違う種のバタフライにしてやるからよ」
「警察が来る、
早く逃げ・・・・」
聞き覚えのあるリズムではあった気がして視線をやった。
「もっとやれ」「なんだつまんねえ」
雑多な声に潰され、声の主捉をえる事は出来なかった。音色は違っていたが知っている声のようにも思えた。
「じゃーボクいくね。捕まりたくないしね。あんたも、早く逃げないとマズいよ」
才は男の股間に手を伸ばした。
「何の果実もならない大木。切っちゃうぞ、アハっ。  
あとさ、教えておくれよ。暴力なんて何にもならないのに、僕のコイツが疼くのはなぜ」
才は自分の股間に手を持っていく。茎が僅かにもっちりと萎え、魂に穢れの痣が刻まれた気がした。
「まあ、いいや。
僕の要は済んだから、その金返しておいでよ。ほら、まだその辺りにいるだろうからさ」
才は結束バンドを男が持っていたナイフでスッと切る。
解放された男はよろよろと立ち上がり、内ポケットに手を入れて財布を取り出して言った。
「か、返してきま・・」
顔を上げた時には少年は消え去っていた。
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