第12話

文字数 3,008文字

鼻血をこする際に握っていたスマホにも血が飛び散っていた。鬼無才(キナササイ)はシャツの裾で拭い、レコーディングアプリを開く。Recをタッチして小さな声を発した。
「本日のラウンド2、行きます」
場所は違っても小波たちと一緒にライブする為に、さらに新たな扉の「every,YES」を求めて街を漂い流れていく。
しっかりとアイロンも掛けられてない皴の目立つ黒服の男に目が留まった。茶髪でロン毛、用心棒でもなく客引き崩れで、お零れをかすめ取ろうとしているのだろうか。コンビニから財布にお金を入れようとしながらも、手が震えてしまい上手くいかない、しっかりとアイロンをかけられた新社会人らしき男を両手を広げ迎え入れ肩を抱いた。相容れない関係性の違和感は、行きかう人々にも察しが付くらしく、目を逸らして足早に通り過ぎられていくのであった。
才はビルの隙間に入る二人を追っていく。ちょっと月を探して首を数回伸ばし、軽いハミングで空気と戯れながら、気分のキーに幾つかタッチした頃合いで茶髪男が戻って来た。サラリーマンらしき若い男は出てこなかった。才が様子を見に行くと地べたに座り込み泣いていた。
「大丈夫そうだな。ちょっと、待っててよ。
反省させてきますね」
今回のリズムを決めながらハミングを加速させて獲物に追いついて体ごとぶち当たった。
「ドーンってか」
才は甘いスイーツに喜びが漏れたようだ。
「なんだてめえ」
「正義の悪魔ですが何か?」
茶髪男は突然の衝撃に怯えたが、華奢で取るに足らない要因に、半笑いをしながらずるくいやらしい元の気配を匂わせて。
「なんだこのクソガキわ! 正義のなんたらって。あ? なんだって?
殺されてえのか。イテエな! 
まあ、今日はツイているし、ガキに興味ねえから許してやるが。女みてえなガキはママのお家に帰れよ。金のないやつに興味はねえから。それとも、何枚かでもお札があれば貰ってやるぜ」
街頭の下、才は無音の自分に音を迎え入れる儀式のように息を止め静止して待っている。
茶髪男は、静かにヘンテコな所作の儀式にいそしむ少年に興味を持ったようで、ゆっくりと自分から近づいて行った。
「なんだ小僧、諭吉があるなら喜びまくって最後にしょんべんを引っ掛けて夜の街の洗礼をこの俺様が差し上げてやるぜ。
ハッハハハッハ。それとも、可愛い面してるから売っちゃおうかな。
ヒヒヒッヒヒヒ」
男は身長が180センチは優に超えていて、女の子のような小柄な少年より2周り以上は大きく見えた。ベンガルを前にした捕食者の舌なめずりをしながら、余裕に満ちた笑いを浮かべて体をゆらりゆらりとダンスでもしている気分のままに襲い掛かる。
しかし彼の視界は、フワッと少年のナチュラルなウルフカットが風に舞って、直ぐに月あかりを遮るように流れている夜空にあった。同時に胃がねじれるような圧迫感に襲われて吐き気を催す。才は3秒の間に身をかわして相手の足をすくい上げアスファルトに倒して、みぞおちに一発を蹴り終えていた。きれいな静止画の少年が永遠を悪戯している。
さっき迄の猛者は居酒屋と雀荘が入る雑居ビルの入り口に転がり込んで、食肉工場で屠殺の順番待ちする顔に変わっているのを見て才の茎股が半目を開けている。
才は軽くチャックに沿ってボクの機嫌に触れてみた。
「想定外に自分を失った人間が見せる表情、そう、これだよ。忘れちゃいけないよ。同類のアウトサイダーとして謝罪をしてあげる。出来損ないの為にお経をあげないといけないんだよ。僕が拾ってあげるから、神様に捧げる旋律を見せさておくれよ」
才は男の後ろにあるポケットから飛び出していた結束バンドを見つけると、マジシャンのように奪って、次の瞬間には両手首を背中で結ぶと馬乗りしてバッグから耳元をあま噛みを見舞わせていた。
「ねえ、怖いの? 
なにそれ、ふふふ。なんであの立派な尊敬して感謝すべきサラリーマンを殴ってお金奪ったんだよ。全部見てたんだから、だめだよ、ぼったくりのキャッチだけでなく、小遣い稼ぎでチョロチョロ手を出したら駄目じゃないか。別にいいんだけど」
旋律は感情をあぶり、野蛮な動物の毛皮に重く沈澱している匂いをブルース香らせる為に、才は自分の言葉を刻んで祈りの血液を抽出して吹き付けるのだ。

『すべてを許したら
許されない
神も悪魔も敵になる
おとなしい群衆は
日常の愛を盾に化け物となる
見せしめの情欲に舌なめずりしながら
無言の正義の静観をよいことに』

歯に詰まった食べかすの肉団子レベルの男をゼロに還す呪文の旋律を探しながら、不意に男の鼻の穴に指を突っ込んでみた。先ず、左の穴に人差し指。
男はフガフガと鳴いた。
「いいね、その音にあう言葉はないかな。うーん、ないです神様。
ハミングに飾る旋律を求めてもう一個入れてみよう、そうしたら献上する罰が浮かびあがってくるかな」
ちょいと手首を返しぐいっと薬指を模擬の鼻の穴に押し込んだ。
男は、空気を求めて口を慌てて開けて「くぅオっ」と鳴いた。
「つまんない。間違えた失敗だった」
従順な大きな小娘が出来上がってしまって才は悲しくてやりきれない気持ちになった。
「嫌だイヤだ本当に」
「な、何がですか? 」
才はサラリーマンから金と一緒に奪った名刺を礼儀正しくなった男の内ポケットから見つける。
「こんなの持っていたら、この人の会社に行って悪いことしてしまうだろうから、しょうがないなあ。助けてあげるよ」
同じく手に触れたジッポのライターを取り出して、「ちょうどいいじゃん」そう言って名刺に火を付けたが、男が大げさに喚いたので才はイラッとして膝で鼻の下を押した。
「綺麗な燃える音と炎の揺らめきの向こうの神様の笑い声を邪魔するな。もっと、諦めの恐怖のお前のハーモニーがいるのに、
下品に主張するな」
彼のハミングによるメロディーが、何か絶対快楽の掟に則って、聞くべき縁に導かれた群衆に波紋となって広がっていく。
「おれは何でもくれてやる、全てしゃぶるがよい、化け物の幼虫どもを違う種のバタフライにしてやるからよ」
「警察が来る、
早く逃げ・・・・」
聞き覚えのあるリズムではあった気がして視線をやったが、「もっとやれ」「なんだなんだ」雑多な声に潰され、声のする方を見据えてみても特定の顔を捉える事は出来ない。音色は違っていたが知っている声のようにも思えた。
「じゃーボクいくね。捕まりたくないしね。あんたも、早く逃げないとマズいよ。
あとさ、暴力は自分を守るためにはないんだよ。暴力なんて何にもならないんだよ。
でも、教えておくれよ、こいつが疼くのはなぜ」
才は男の股間に手を伸ばし。才は男の股間に手を伸ばし。
「それじゃーダーメだよ。
何の果実もならない大木が人を怖がらせちゃ。切っちゃうぞ、アハっ」
茎が少しもっちりと収まり冷めた興奮が痣のように心に浮き上がる。
こんなじゃない乾いた啓示はいつ訪れるのだろうかと才は月を探した。
「あ、吐いたな。まあ、いいや。僕の要は済んだから、その金返しておいでよ。ほら、まだその辺りにいるだろうからさ」
才は結束バンドを男が持っていたナイフでスッと切る。解放された男はよろよろと立ち上がり、内ポケットに手を入れて財布を取り出し、顔を上げた時には目の前から少年は消え失せていた。
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