第15話

文字数 2,495文字

才は優月のプロモーションのトラック、さらにはパトカーのサイレンから逃れて線路下のトンネルを抜けたら、またもや見下すように新曲のプロモーションビデオを流す街頭スクリーンの下に打ちのめされて降参するのであった。



「ふっ、今日は僕の行くところ全てへ追って来るんだね。

でもさ、

良かったね、ユウ」

アップで映っている優月を見上げ、才は空欠伸をしながらそっと逃げて、約束の場所へ戻るのであった。



「【HOWLING FLOWERS】・・・・

魂の家族になれたりするんかな。

あまりの偶然の連鎖で在りえただけの瞬間たちが更に繋がれて行くことが、そういう事・・・・なのかな。確かに素敵だけどな」



ふらふらと流されるまま無意識に足が向くままに倒れ込むと、誰かが必ず来てくれる安心感にまどろんでいく。

「此処に来ると安心するからかな

・・・・眠くなるよ」

ボソッと言った。

才が眠りについて時を経ずに運命の人はしっかりと迎えに来た。

「やっぱりここにいた」

ここはキャバクラ『ヘヴンズ・ドールズ』の入る雑居ビルの裏路地。

ふたりが出会いし約束の地だ。



 小波は死んでいるように目を閉じている才の頬に恐る恐る掌をのせてみた。息せき走ってきた彼女の熱が冷えた才の頬を仄かに温かく浸していく。

気配を感じてむず痒くなったのか才は瞼を薄く開けた。

彼は恥ずかしさに思わず身を引き、立ち上がろうとした小波の手頸を掴むと強引に横に座らせる。小波は半分口を開けたまま無防備な恥ずかしさから逃れられないままでいた。



少女は少年と再び視線を絡ませてしまうと、無防備なダサい己の感情を置き去りにこの場を去ろうともがく。才は力を入れてぐいっと引き寄せながら謝るのであった。

「今日はごめんなさい」

照れて顔を逸らそうとする小波の表情を追いながら少年は、

「この人は気が付くといつも思いをちゃんと追いかけて来てくれる人なのだろうかな。

声が聞きたくなった時に来てくれる。

この偶然を信じられるかな」

そう自らに問いかけていた。



「イテテテ、わかったから。才やめな!」

才はこの少女との安らぎに明日が少し見えた。

「楽しい痛みは、上手くじゃれあっている証だよ。

深く死ぬまで甦る二人のメモリー・タトゥーとして色褪せることなく、消えないんだよ」

「う、うん。

なんとなく・・・・嫌いじゃない、フっ」

小波には才の発する音のすべてが、二人のキラキラする時間として胸に証を刻んで来るように思えて、堪らなくて堪らなくなって、感情がそのままこぼれてしまう。



「最後までプレイ出来なかったんだ。

一瞬クソ野郎がって思ったけど。すぐ落ち着いたんだ。

ねえ、なぜだかわかる」

じっと瞳を向ける小波に覚悟を感じていた。

「始まった瞬間が見えたから」

「うん」

ニコッと微笑むと小波は自分の革ジャンを脱ぎ、いかにも喧嘩したての才の姿に羽織らせ隠した。才は息の乱れと彼女の香りを心地よいメロディーに代えてもいたが、いつかのために心にそっとしまう。



才は無意識に小波の掌を心臓から10センチ真ん中よりの上当てて数回摩る仕草をした。水分をなくし、切ない何かがひりひりとしている自らの心をひと摩りすると寂しい心が和らいでしっとりとぬくぬくする。ほんの一滴の希望の祈りを絞り出す為に、小さい時からしてきた才の生き延びるおまじないだった。

小波はあまりに自然に導かれそのまま受け入れてしまい、腫れた彼の手を握り返す自分を嫌いではないと思った。



「優月を目の前で見たよ。意外とちっちゃかった。

以前なら興奮しただろうけど、そうはならなかったな。あと、思ったんだけれど、

「『SAD,YES』を聞いて・・・・あの曲は」

その先を言いあぐねていると



「僕のメロディーだからね」

サラッと才は初めて自らの口で言い切った。

小波は分かっていたが言葉の音として聞けて、素直な気持ちを話す覚悟を貰えたようであった。

「ありがとう」

「うん? あ、ああ」

一瞬、不思議そうな表情をするもすぐに理解したようで、優しく話の続きをするように促した。



「でね、うちら最初は、本物を見せつけてやろうって戦いに挑むつもりだったんだけど、なんて言うのかな、優月の演奏が終わってステージに上っていく時に、バン! て白い色の目覚めが起きた感じになってさ。この世の全てはあるべき場所で、来るべき時に収まるようになっているんだって一瞬で理解したの。

そうしたら、さっきまで僅かだったけどこびり付いていた厭らしい感情が洗い流されてね。

始まったって思えたんだ、本当に。

でもね、それがね、イヒヒヒヒ」



急に笑い始めた小波に才は食いつく。

「なになに」

「聞きたい? 」

「もっと笑って」

「嫌だ」

少し照れて睨んだが、先を話したい欲求に負けて話を続けた。

「後で怒るけど、今はちょっと話すから、覚悟しときなね。

でね、三人の気持ちが曲で融合し次の次元へ行こうとしたら、バンッて」

「あ、」

「余りに似てるタイトルやメロディーが大人たちの怒りを買いまして、アンプの主電源から、ステージの照明までも切られましてね。そこで、うろたえたり泣いたりすれば可愛げもあったんですが、ミナがドラムを生でゴンゴン響かせる姿につい爆笑という。そんな様子が、大人たちを更に怒らせてしまいまして」

「優月は? 」

「ごめん、怒った?」

大事な曲を悪ふざけの種にして怒ったのかと心配になって顔を覗き込むと、そんな彼女のあまりしない仕草に才は笑いそうになってむせた。それを見て安心した小波は少し神妙な表情を見せて続けた。



「無様な大人の中で、彼女だけが冷静に見えた。

何か特別なものを期待しているようだった。三人の後ろに誰かがいるのをずっと探している感じ。だから、才君と一緒に完璧なHOWLING FLOWERSを見せなければいけないって思ったんだよ」

才は返事をしなかった。



ようやく才が口にした言葉は「あれ? 雨降っていたっけ」でしかなく、その後はしばらく沈黙してしまった。

そのまま二人は惰性で雨に濡れたままでいた。



ドブネズミの姿になってようやく、互いの照れ笑いを合図にするかのように立ち上がり、どちらからともなく「ヘブンズ・ドールズ」に向かって競争のように走っっていく。
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