第15話

文字数 2,156文字


     GOOD BUG 4

才は優月のプロモーションのトラック、さらにはパトカーのサイレンから逃れて線路下のトンネルを抜けたのに、あちこちの大型ビジョンに新曲のプロモーションビデオが溢れかえっていて降参するしかない。
「ふっ、今日は僕の行くところ全てへ追って来るんだね。負けたよ。
でもさ、
良かったね、ユウ」
アップで映っている優月を見上げ、才は空欠伸をしながらそっと逃げて、ふらふらと流されるまま無意識に約束の場所へ戻っていた。
誰かが必ず来てくれる安心感にまどろんでいく。
「此処に来ると安心するからかな。
眠いや・・・・」
時を経ずに運命の人はしっかりと迎えに来た。
「やっぱりここにいた」
ここはキャバクラ『ヘヴンズ・ドールズ』の入る雑居ビルの裏路地。ふたりが出会いし、偶然の瞬間の連鎖で在りえただ魂の団らんの場所。
小波は死んでいるように目を閉じている才の頬に恐る恐る掌をのせてみた。息せき切ってて来た彼女の熱が冷えた才の頬を温める。むず痒くなったのか少年は瞼を薄く開けた。
びっくりして、小波は立ち上がろうとしたが、少年に手頸を掴まれ強引に座らされてしまう。
「きゃっ」
「あっ」
ふたりはそれぞれの思いから、同時に謝るのであった。
「ごめん」
シンクロのハーモニーに小波の顔は紅潮する。顔を逸らそうとする少女の表情を追いながら少年は思った。
「この人は気が付くといつも思いをちゃんと追いかけて来てくれる。声が聞きたくなった時に来てくれる」
確信を強くするのに比例して手に力が入った。
「イテテテ、わかったから。才やめな!」
才は小波との明日が少し見えた。
「楽しい痛みは、上手くじゃれあっている証だよ。ふたりだけのメモリー・タトゥー。
色褪せないし消えないんだよ」
「うん。嫌いじゃない、フっ」
才の発する音色が小波の心の隠し扉を全開放させてしまう。柔らかな不安も顔を出した。
「あのさ、
最後までプレイさせてもらえなかったよ。
一瞬、クソ野郎がって思ったけど。すぐに笑てしまったんだ。ねえ、なぜだかわかる」
「伝説、嫌だよね」
「うん、邪魔だよ。ただでさえ、うちらのバンドは色々さ」
ニコッと微笑むと小波は自分の革ジャンを脱ぎ才に羽織らせ、喧嘩したての姿を隠した。才は息の乱れと彼女の香りを心地よいメロディーに代え、無意識に小波の掌を心臓から10センチ真ん中よりの上に当てて数回摩る仕草をした。水分をなくし、切ない何かがひりひりとしている自らの心をひと摩りすると寂しい心が和らいでしっとりとぬくぬくする。ほんの一滴の希望の祈りを絞り出す為に、小さい時からしてきた才の生き延びるおまじないだった。
小波はあまりに自然に導かれそのまま受け入れてしまい、腫れた彼の手を握り返す自分を嫌いではないと思った。
「優月を目の前で見たよ。意外とちっちゃかった。以前なら興奮しただろうけど、そうはならなかったな。
あと、思ったんだけれど、
「『SAD,YES』・・・・あの曲は」
その先を言いあぐねていると。
「僕のメロディーだからね」
才は初めて自らの口で言い切っていた。
小波は分かっていたが言葉として聞けて、素直な気持ちを話す覚悟を貰えたようであった。
「ありがとう。
でね、最初は、本物を見せつけてやろうって戦いに挑むつもりだったんだけど、なんて言うのかな、優月の演奏が終わってステージに上っていく時に、白い色の目覚めが起きた感じになってさ。この世の全てはあるべき場所で、来るべき時に収まるようになっているんだって一瞬で理解したんだ。
そうしたら、さっきまで僅かだったけどこびり付いていた厭らしい感情が洗い流された。
始まったって思えたんだ、本当に。
でもね、それがね、イヒヒヒヒ」
急に笑い始めた小波に才は食いつく。
「なになに」
「聞きたい? 」
「もっと笑って」
「嫌だ」
少し照れて睨んだが、先を話したい欲求に負けて話を続けた。
「後で怒るけど、今はちょっと話すから、覚悟しときなね。
でね、三人の気持ちが曲で融合し次の次元へ行こうとしたら、バンッて」
「あら」
「余りに似てるタイトルやメロディーが大人たちの怒りを買いまして、アンプの主電源から、ステージの照明までも切られたの。そこで、うろたえたり泣いたりすれば可愛げもあったんですが、ミナがドラムを生でゴンゴン響かせる姿につい爆笑という。そんな様子が、大人たちを更に怒らせてしまいまして」
「優月は? 」
「ごめん、怒った? 」
大事な曲を悪ふざけの種にして怒ったのかと心配になって顔を覗き込むと、そんな彼女のあまりしない仕草に才は笑いそうになってむせた。それを見て安心した小波は少し神妙な表情を見せて続けた。
「無様な大人の中で、彼女だけが冷静に見えた。
何か特別なものを期待しているようだった。三人の後ろに誰かがいるのをずっと探している感じ。だから、才君と一緒に完璧なHOWLING FLOWERSを見せなければいけないって思った」
才は返事をしなかった。
ようやく才が口にした言葉は「あれ? 雨降っていたっけ」でしかなく、その後はしばらく沈黙してしまった。ふたりはなんとなく惰性で雨に濡れていた。
ドブネズミの姿になってようやく、互いの照れ笑いを合図にするかのように立ち上がり、どちらからともなく「ヘブンズ・ドールズ」に向かって競争のように走り出していた。
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