第7話

文字数 3,807文字

控室で優月は母を火葬したあの日、才による旋律が不思議なトンネルを描き、且つての夢の先に今存在している幸せを実感していた。
でも、「才の瞳をしっかりと見ながらワタシの『スロウ・スマイル』を一緒に歌うことはできるのか」と不安を抱える自分は常にいる。ステージの前には決まって嫌な汗を吹き出す姿も最近では一つの洗礼儀式のようになり、マネージャーも理解をしてそっと静かに見守ってくれていた。しかし、この日はそうはしてくれなかった。
「なんだ、これ。優月これを見てくれよ。冗談じゃない」
その声にびっくりして椅子から半分ずり落ち、肘で踏ん張り尻もちは何とか避ける姿態になった。少し前までは、新しいCDを手に上機嫌であったが、今となってはマネージャーとしての気遣いなど一ミリも伺えない様子で、一枚の紙を握りしめて無神経に声を荒げている。
「な、なんですか」
「あ、ごめん、一番大事な時間だったよな」
金田はちょっと笑って頭を掻きながら皴が付いた紙を差し出す。しかし、優月が震えた指で紙を受け取るのを目にして完全に冷静さを取り戻した。
「本当にごめんよ、ごめん、その紙、見ないでいいから返して」
スっと手を伸ばして優月から奪い返そうとすると
「いまさら、遅いです」
軽くかわして読み始めていた。今日のコンテストのタイムテーブルであった。先ず自分の出番が目に入る。真ん中、後半は優月のゲストライブでスタートするのだった。

【優月→ ①『スロウスマイル』 ②『SAD,YES』③『HOWLING FLOWERS』】

とあり、少し空白の下からは後半戦のコンテスト参加アーティストのタイムテーブルが書かれている。
『SAD,YES』と『HOWLING FLOWERS』がダブっていて、最初印刷ミスかと思ってふっと視線を先に流したが、すぐにゾッとして戻した。
「えっ、エヴリ、イエス・・・・」
優月の演奏後のコンテスト参加者の欄であった。ミスではない。

『every,YES  演奏 HOWLING FLOWERS』

優月は椅子を後ろへ音を立て飛ばしてしまう程の勢いで立ち上がり、瞬時に問い正すのであった。
「か、か、彼らはもう来ていますか! 金田さん! 」
ただならぬ彼女の様子に少し身を引いて、
「え? うん。
彼らではなくて、彼女たちかな。女子高生みたいよ」
「え、そ、そうですか
イタイっ」
ぶつけた足の痛みに向かい合いながらその場を取り繕う。
「そ、そういう偶然もたまにはありますよね。」
「そうだと思うけど。「every,YES」ってデモの時の仮タイトルだよな。
だれかリークしたか? 」
ここまで話して、再び落ち込む金田は呟いた。
「いけね・・・・」
さっきの優月は指を震わせただけであったが、今は全身が小刻みに震えている。ステージ前、特にブレイク時期の曲を単発で披露するとき彼女はナーバスになるのだが、その比ではない異変に思えた。
「いやいや、気にするなよ。考えすぎだ、いつもの俺の早とちりだから。
それに万が一、偽物が真似をしようが、今のお前は敵なしだから」
金田の胸の内は暴風雨に陥っていた。「俺の一言で自滅させてしまう方が大事件だぞ。ありえるじゃないか。何をしているんだ、このクソマネは」テンパって、露骨とも思える軌道修正をデリケートなシンガーに披露し始めた。
「いやいやいや、嘘ウソうそうそ。なんかの二重にダブった印刷ミスよ」
それしか思い浮かばなかったが、
「SAD,YESとevery,YESになっていますからダブりじゃないです」
気持ちよく返されてしまう。
「う~ん、え~っと。そうするとハハハ、まあ、すごいファンなのかな。
コピーバンドだとして、本物を目の当たりにして自信を失くさなければいいけどな、金の卵たちがな、アハハ」

― おいおい、大事なマネージャーに気を遣わせるなよ。真実をヘタレのお前如きクソに告げることなど出来ないんだから。自分で考えろよ、何にもなくなっちまうんだぜ。
あの時の繰り返しかな。
でも、逃げられないぜ今度こそは。
だってさ、オマエはね、
・・・・偽物・・・・
っす、ヒヒヒヒひゃほほ ―

優月の胸のあたりで蠢いている『あいつ』が調子づいて更に毒づき止まない。

― 何をグズグズしているんだよ。
金田の直感、否、事実の羅列ってやつを受け入れるのなら、やばいんじゃないか。
本物が、
神がよ、
すぐ其処に居るかもしれないんだぜ。せっかく夢見た日常が吹き飛ばされちまうんだよ、ゆづきちゃん。ヒヒヒヒ、いるんだぜ、ほら、ほら、そこにさ。
早く、懇願しに行けよ。ヒヒヒッヒ ―

「少し、歩いてきます。ステージも見てみたいので。リハとか見れますかね」
「え? その、ハウリングフラワーズ? 」
「違いますッ」
「あ、そうなの? でもどうだろう、聞いてこようかリハの予定時間とか」
「やめてください! 」
「あ、ごめんよ。わかったよ」
「いや、そうじゃなくて、気にもしていません。ただ、挑戦する人たちの空気感を感じたくて。刺激を貰いたいなって」

― は? マジかよ。自ら好んで火に飛び込むような性質(タチ)じゃないだろ。素敵な性癖などお持ちじゃないんだからさ。眺めてれば満足じゃん、姉ちゃんはさ ―

優月は堪らず走って廊下へ飛び出す。後ろから気遣うマネージャーの声が聞こえてきた。
「少し体を温めるには歩くのもいいよ。でも、あまり目立つなよ。騒ぎになったらいけないからな」
「あ、ごめんなさい」
案の定、せわしなく準備するスタッフと鉢合わせでぶつかり書類をぶちまけ、また一つ他人に迷惑をかけてしまった。すみません、と謝りながら拾い上げて、手渡すとアルバイトの女の子が逆に恐縮して硬直していた。
「ごめんなさい。足りない物ありますか」
女子高生だろうか。顔を赤くしてしばらく何も言えないようであったが、やっと絞り出したであろう言葉が聞こえた。
「ファンです。今度の新曲も好きです。優月さんの歌声って神なんです。言葉の意味というか力を最高に極めさせる魅力があって、あ、あ、ハイすみません。今向かいます」
イヤモニに指示が入ったようだ。
「忙しいのに邪魔してごめんなさいね。怒られたなら私も謝るから」
満面の笑みで跳ねながら答えた。
「いえ、大丈夫です。優月さん、最高です。ずっと好きです」
素直な救いに満ちた反応に感情が抑えきれなくなって、走っていく女の子の背に大声で「ありがとうね」と叫んでいた。
女の子はすっと止まって振り返り、照れながら書類を抱えながらも手首だけで手を強く振り、もう一度天使の笑みを放って走って行ってしまった。
「好きっ」
穏やかな表情を取り戻し、優月の体を覆っていた微細な痙攣もスッとひいた。
「少し、落ち着こう。深く息を吸い込んで。
ふ~う。よし、ステージの周りをいろんな方向から眺めてみよう」
出場者がリハーサルを始めていた。自分の力を試したくて、オーディションに参加したあの頃が甦る。怖いものなしでの力漲る表情で歌う者や力を過小評価して魅力を出し切れない者がステージに上がって降りているのを眺めているうちに、自分のやるべきことをするしかないし、そこからしか明日を生きることは出来ないと腹をくくった。
「取り敢えず・・・・」
びくびくしながらも、遭遇するかもと期待していた「アイツ」は現れなかった。
ステージに背を向けて無意識にふらりふらりさまよい歩いてみる。立ち止まり、壁に貼られたステージ裏の見取り図でコンテスト参加者の控室を探した。大体の位置を頭には入れただけであったが、分単位でリハーサルを行っていることもあり、人の出入りが激しい辺りに寄って行くとすぐに見つけることが出来た。
「そこかな」
優月はポケットから慌ててマスクを取り出して付ける。顔を下向きにしながら、少し弱気ながらも期待を携えて、会議室の中をチョロチョロと覗いて見るのであった。何度か出入りする参加者とぶつかり押し戻された。ならばと、止まっていると邪魔になるから行ったり来たりしながら入り口から中を見る為に往復してみたが発見出来なかった。
「何やってるんだろう。帰ろう」
諦めたその時、突然、あのメロディーが聞こえてきた。
「every,YES ! 」
その一瞬でグラっと地平が歪み、倒れ落ちるような錯覚にやられながら、音を探すことは諦めないで、不格好の変化ここにありという体制で視線を向けた。
「あの音は才のギターに違いない。何処で引いているの?」
気が付くと、しっかり耳にかかっていなかったマスクの紐が外れ、顔面全開で出演者の控室に騒がしく飛び込んでしまっていた。
「あ、ユヅキー」
思わず飛び出した彼女に人の群れが出来ていく。
もう、どうでもいいと、押し戻されながらも探していた。
ギターを弾いている人間は見当たらなかった。
「何? スマホの音? 着信音? 何処?  」
騒ぎに慌てて駆け付けたスタッフが人混みをかき分けながら優月をガードしていく。
「ダメダメ、落ち着いて、優月さんは忙しいんだから」
体を抱えられるように退避させられながらも、何とか探し当てようと踏ん張ったが、あまりに多くの人が携帯を手にしている為に無理であった。
「駄目か。でも、確かに・・・・いる」
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