第23話

文字数 2,673文字

 前沢は仕事でなければ、この界隈に来ることはめったにない。
特に夜は仕事でも来たくはない一帯だ。
生肉のやりとりをして満たされる欲望渦巻く夜の世界とは違って、昼間の街は素っ気ない日常の台所のようなものだからまだマシではあったが。匂いも含めて精肉工場の出荷後の景色みたく社交場にはとうてい見えない。
そうは言っても、昼間でも気を抜いてうろうろしていればしゃぶりつかれる治安の悪さではある。

「ヘブンズ・ドールズ」は表向きには優良店としてまともに営業をしてはいるが、バックはれっきとした桜木組という武闘派の指定暴力団ということはこの界隈では周知の事実であった。配送車をどこに停めるかから始まり、いかに短時間で荷物の受け渡しを終了してこの地を五体満足で戻れるかを心配し過ぎて、毎回心臓に悪くて仕方がない。

一目散にまず雑居ビルの入り口まで走り抜け、ひと呼吸して階段に誰かいないか気配を伺う。
このビルではエレベーターには乗ってはいけないのだ。以前、業者がお客様のエレベータを使うなと躾を受けてしまったから。注意したその男は堂々とエレベーターに乗って、お客様を端っこに追いやっていたが。

「階段ゼロ、オーケー」
声出し確認を終えた前沢は、また一気に一段飛ばしで三階の「ヘブン・ドールズ」の扉の前まで走り遂げた。
深呼吸をして息を整えてドアに手をかけてゆっくり押し開けた。

「お世話になっております、福来急便です」
「はーい」
なんとも、こちらの気合いに見合わない姿の少女たちが、奥のステージの上で呼んでいる。
「桜木様は? 」
軽く手をあげた。
「サインをこちらにお願いします」
少女は何も声を発しはしなかった。

特に人を寄せ付けないような雰囲気ではなかったが、無神経な踏み込みに対しては危険な感じの雰囲気がプンプンしている。なのだが、あまりに迷いのない整った顔面に惹きつけられ凝視していたら、
「何見てんの」
横からいかにもロック顔の金髪少女が割り込む。
いけね、と慌てながらも興味が湧いて思わず聞いてみた。
「すみません。あのー、この店で演奏しているんですか」
「ハウリング・フラワーズって言うの。ファンになってくれる? 」
「なります、なります」

やりとりをしている間、小波は段ボールを開けて取り出したCDを感慨深げに見ていたが、
「じゃ、二千円。購入してくれたファン第一号を公認してあげますよ」
敬語ではあるが、逆に怖いタイプの人間であることをすぐに察した。頭では分かってはいるのにピンクのビビットな鮮やかな髪に見とれて、またもやじっと凝視してしまい無言の威圧を受けて、やっと状況を飲み込んだ。

「あ、ハイ、買います」
反射的に返事をした前沢の顎の間近で、ミナは両手のひらを突き出している。
「ハイ、お金お~くれっ」と迫った。前沢は口調がカワイイ系であっても背は高くバリバリなロックな姐御感にビビリ、思わず社用の財布からの金を渡してしまった。
「スキ! お買い上げ、ありがとうございます。」
ミナはお金をサッと受け取り、小波に渡した。
「サインをしますね」
表情を変えずにメンバーに回し、無駄な感情を安売りしない毅然とした振る舞いのピンク髪の少女がリーダなのであろう。
前沢は瞬間的に彼女の従属者になっていた。

降りるエレベーターの中で裏ジャケットをながめる。
「4人組みなのか」さっき居た三人の他にもひとり映っている。
「年齢、性別はよくわからないな。ひとり、違う方向に流れていってしまいそうな感じの少女?少年?
みんなよくね?
推しちゃおうかな」
前沢はすっかり、浮かれてトラックへ戻ろうと目をやると、いかにもの方々が車を数人で囲み、誰かを待っているようである。

「はあー。俺だよな、俺を待ってるじゃん、絶対・・・・詰んだ」
恐る恐る近づくと、ものすごい勢いでどやされて現実に引き戻された。
「車が出れねーじゃねーか、あーっ! どこに行っていやがった」
ですよねぇ、と心で嘆いた。

いかにも、もっと怖い人が乗っているのであろう外車が停まっていた。
「すみません、「ヘブンズ・ドールズ」へ配達に行っていまして、すぐにこれでも戻ってきましてですね、本当なんです」
「嘘つけ、言い訳すんな! そこはうちの店じゃねーか。こんな時間に開いてないだろう。それに、配達中になんで、CDなんて持ってるんだ」
CDを手に、【HOWLING FLOWERS】のロゴを指さしながら必死に説明していると、その男は取り上げて車の方に歩み寄った。

すっと、黒いウインドウが下がってCDを中の男が受け取ると、少し顔を出してCDを手に、軽く挨拶のような仕草をするとウインドウは再び上がった。
「今日は許してくれるそうだ」
「あのう、CDは?」
「あっ? なんか文句あるのか」
「いえ、すみません。何にもありません」
前沢は配送車に飛び乗った。

焦って無意味な空吹かしをしてしまい、それに腹の立った若いやつが運転席に駆け寄って来るのをサイドミラーで見てしまい、余計に脂汗が噴き出たが、なんとかギアをつなげて急発進させた。CDは取られたが、手にはライブ予定のチラシがしっかりと握られていた。

「まあいいや、すげえ推しに出会えたから良しとしよう。
SNSとかやってねえかな。
もうすぐにでもフォローしちゃうぜ。
あのピンクの子とかやってねえかな。やらないタイプかな。
うん、待てよ、意外とピアスジャラジャラ打ち込んだ姐御さんとかがやってるかな。
にしても、なんで、あんな怖いおっさんが、興味持つんだ。
そうだよ、2000円払えよー、クソやくざ。今度会ったらぶっ殺してやる、絶対な。
・・・・絶対
・・・・会いたくないけど、
オレ、埋められちゃうもんな・・・・」

そのころ、HOWLING FLOWERSの1曲目が店内に流れ始めていた。
アキラとミナは「待とうよ」と言ってくれたが、ここ数日才とは連絡が取れていないこともあり、腹立ちまぎれの勢いのままに小波はPLAYボタンを押した。
才の独特なリズムのカッティグからはじまり、小波のギター、ベース、ドラムと絡んでいく一曲目を聞きおえたときには才への優しい気持ちしか残っていない。
「これは事件ですよ」

ミナの言葉に誰も何も言えなかった。
そうだ、これは夢じゃない、才との日々も夢じゃない、これこそ証なんだ。

【HOWLING FLOWERS】

『every,YES』をあの優月に少しだけ突きつけたコンテストのあの日をきっかけに、才がアルバムを作る気になってくれてよかった。

小波は制作していたあの期間は一生の想い出としていつでも今の事のようなリアルタイムに戻ってしまうのであった。
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