第33話

文字数 3,599文字

第7章
   アレンジ 2

 力人はある日の早朝、勇也が系列の義理かけの準備が出来るまで、庭に出て待っていた。
気配を感じて何気なく上を見上げると、離れの家から顔を出している少年と目が合った。
「お嬢さんの部屋で何してやがる」
どうやって、ひっぱりだしてけじめを付けさせたらよいか策を巡らせていると、友達にでもするように手を振ってきた。
「この間はどうも」
目を凝らして顔を見た瞬間、不覚にも体が震えていた。
「あの時の変な餓鬼じゃねえか。こっち側が締め上げて半殺しに合わせたんだか、逆に奴のコントロール下で遊ばれたんだか、はっきりしねえあの時の野郎! 」
今でも力人に胃の辺りをムカムカさせ続けている屈辱の元凶であった。
「ソッチ行きますね」
またもや、感情を上手くすかしてスルリといなした感じであった。
「あぅ」
返事も出来ずに答えあぐねて音だけを出したが、既に少年の顔は窓の奥へ消えていた。怒りの感情をさらりと削ぎ消されて、どうしていいのか分からなくなってしまった。
「なんだよ。またかよ」
「どうも」
まったく、別人の気配で目の前に現れた様子は、にじみ出る存在感が以前のモノとは乖離し過ぎていて、確かに体験した過去がそのまま非現実へと転換されて、今さえも夢の出来事のように感じさせるのだった。
「お前はマジシャンか? 」
「え、何? 何ですか」
楽しそうに笑われて困った力人は気配の怖さを予感しながら、悟られぬように低めの声で返事をする。
「おう、大丈夫だったか? 」
「はい、プロの方に上手く致命的なところは外してもらいましたから。それに子供の頃から、イワシとか丸かじりしてた御蔭で骨も強いので」
「本当にあいつなのか」と、まだ記憶と目の前の現実が不安定に揺れている。
最初は調子に乗ったガキの御仕置き程度に考えていたが、途中から本気になって向かうものの、何か放った筈の力がことごとくコントロールされて弄ばれているような感触を最後まで味あわされた。それだけではない。その日の夜、ベッドの中でふいに懐かしい記憶を感じさせるようなメロディーが口ずさむ自分に驚き目を覚ました。その後も体に残る彼との痕跡の感覚と共にフラッシュバックして現れる旋律を無意識に歌うようになっていた。
不穏な痛みが久しぶりに疼き始める。
「お前、何か格闘技やってたんじゃないか」
少年は真っすぐに答えた。
「ハイ」
義理の父親のおかげであった。
「じゃーこの前は、真剣にやってなかったのか」
少し考えて、
「格闘技という種目としてみれば不真面目な態度ですよね。でも、別に相手と勝ち負けする為に、あの街に来たんじゃないし。それに、単純な喧嘩としてやったら、あんな風にはならないし」
「俺たちには負けないと」
「いや、それは分からないけど、少なくとも痛み分けかな」
力人はムカッと来て蹴り上げた。のだが、次の瞬間には夜明けの青い光の向こうに薄白い空が楕円をかいて回った。

気が付くと女の子にも見える少年がしゃがんで、仰向けに転がった力人を見下ろしていやがる。
「あれなの、生理的問題ってやつ。しかも、個人的な趣味も含むっての。絵を鑑賞したり、音楽を聴いたりするのと同じなんです。」
「このガキ、いろいろ解らんゾ! おい、早く起こせよ」
「ごめんなさい」
力人の反応は才を喜ばせた。
「ふふっ。うん、分らんっスよね。ボクも分からなくなっているんです。でも、何故か、そんな、わかあ~ら~んことしちゃうのです。困ったものです」
「まだしてるのか」
「内側のどこかで鳴っているメロディーを、体の世界で口ずさんでみたくなって殴り合いをしていたんですけど、小波さんがそれを音楽の中でもやれるようにしてくれて。
恩人なんだ・・・・
人間に引き戻してくれた」
「アッ? 難しいよ、お前の言ってる事は。悪魔ってそんな適当なこと言うんだろな」
その言い回しに才は笑っていた。
「ヒヒヒッヒ。あ、すみません。ポエジーっすね」
「あ⁉ 俺がいつポエムしたんだよ? 」
「武闘派になるといいポエムが浮かぶんですかね」
「ポエム、ポエム言うな」
「顔とは真逆ですもんね」
「てめえ、ふざけんなよ」
才は少しもふざけていないで、ただただ、かつて姉にそうしたような優しい気持ちで見つめていただけであった。
力人は感覚的に真意を受け取ったのか怒りもせず、当面に於いての関心ごとに話を変えた。
「あのよ、お嬢さんと一緒に寝たのか? 」
強引な会話の戻し方に才も思わず素直に頷いていた。
「寝ましたけど、おじさんにとって当たり前な行いはしていませんよ」
「そうかって、待て。まだおじさんじゃねえぞ。兄貴だよ。
多分な。もうなんだよ、お前は。家に帰らないのか? 親が心配するだろう」
「母は死んでしまったから」
「死んじゃったのか。そりゃつらかったな、親父は? 」
「死にました。一人は自殺でもう一人は他殺。僕が殺したんだけどね」
力人は単純な驚きを向けると、才はクスッと笑った。
「なんで笑うんだ」
「あ、ゴメンなさい。本当の父親じゃないですよ」
「そうじゃなくて」
力人は、どうでもよくなってきた。
「何か仕事をしたいんです。何かありませんか」
「バンド活動続けながらか? 」
「命かけるような」
「お嬢さんが、やれってか? 」
「小波さんは関係ないです。
今のところは、過去と決着を付けられる助けには為るけれど、未だなんか不安な感じがして。だから、ギリギリのやり取りをしないといけないんです」
「あのなー、ヤクザだからってそんな処にばかりいると思うな。すっげー最高な生活をしたいから、時にはヤバイことをするんであって、何かお前の場合はヤバイ欲求そのものが目的じゃないか」
今度は才が考えて。
「逆に、あなたの言う事は簡単すぎるのか、僕には判らない」
力人は笑った。
「まあ、イイや。俺は田淵力人だ。この前は悪かったな」
「何を今さら。鬼無才です。もうじき17歳です」
「お嬢さんと同じか。高校生だな」
「だから、さっき言ったように罪を犯したこともあって、フリーな生活を強いられているんですよ」
冗談でもなさそうなので、他人に興味を持たない力人であったが、才のことはいろいろ知ってみたいと思った。才を好きになっている。弟のようにも思えたのかもしれない。こいつとならば、我が生きる世界において必要なひとつの身だしなみのような虚勢を張ることなく、命を自然に横へ置いてくつろげるだろうと思えた。
「滝沢さんなら分かってくれるだろう」
力人は、何も隠さず滝沢にちっぽけなエピソードのように話した。
 滝沢は力人が感じた好感度とというよりも、才の危うさと、得体のしれない視線の先の不確実の中に見え隠れする絶対存在に含まれる何かに興味を持った。
小波のことは小さい時から傍で見てきたが、周りに、不格好だが芯の通った男たちに可愛がられてきたゆえに、人間を見る目は確かなものであると考えていた。そんな、彼女が好きになった男だ。
「否、まだ気になっているくらいにしておいてくださいよ。お嬢さんとの関係は少しオブラートに包んで話すかな。何か仕事を与えて結果を出させてから折を見ておいおい説明することにしよう。
桜木勇也というお方はすぐにどのような些細なことでもすぐに察してしまう御人だから、多分ばれるかもしれんが。二人の為にはそのほうが良いだろう」
力人に深く頭を下げられ、「面倒を見てもらえないでしょうか、お願いします」と懇願されたのだが、深沢にとってもこの件は彼にとってもパーソナルのモノと感じていた。保護観察期間中の逃亡の件と、どうも細かい悪さの後始末が幾つか出てきそうではあったが、わくわくしている自分が面白いのであった。
 車内に流れるハウリングフラワーズの曲に包まれながら、力人と滝沢が共に才との記憶を整えていると勇也が苛立ち気味に怒鳴った。
「こいつはどういう人間なんだ」
深い興味を持ち始めているのがあからさまであった。配達員から奪ったCDが二巡目に入って、少しずつ愛娘のファーストアルバムの誕生を単純に喜ぶだけでなく、いろいろなことの背景に神経は巡り始めている。人に評価を聞くことなどせずに自分が見て感じて評価するのが常である彼が、可愛い愛娘と関わりがあるとなれば、低俗な人間感情を抑えられなくなっても仕方ない。そんな姿を初めてみた滝沢は、これまでのいきさつと印象を大筋においては正直に話すことにした。
「会えるか?」
「今、ちょっとしたヤマで動かしていますので、明日にでも手筈を整えさせていただきます」
「お前も気にいったのか」
「まだ分かりませんが、可能性を持っていると思います」
「小波との取り合いになるかな? 」
二ヤリと遠くを見ながら、再び、音楽に神経をとがらせた。滝沢は少し見過ぎた夢に肩を落とした。
最後まで聞き終わった勇也は滝沢に言った。

「悪いが、
こいつは小波に譲ってくれないかな」
「ありがとうございます」
滝沢の姿勢が再び軽やかに整い起った。
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