第31話

文字数 696文字

 心の解放と情欲の解放の果てに、芸術を垣間見た者は戻れなくなる。
化け物の才は、あの時正に、月夜に照らされ宇宙の祝福を享受して絶頂と向かい合ってしまったのかもしれない。

善も悪ない、絶対的意思の美。

人類の理性の向こうの正解のカスだとしても、その美をもって人間の繋がりに押し入って、軋ませ、喚かせて、泣き声や、むせび声までを奪って愛の歌をうたい、血や膿や匂いまでを色と混ぜながらすくい取り描く。
自然が人間を景色に変え、全てが揃って神なのだから。
「HOWLING FLOWERS」が放った旋律は優月の時間を失くして、また投げつけて其の記憶を剥きだす。
まさにゼロの旋律。


優月は、車の中で放心した自分の抜け殻を上から眺めている。
今になってようやく、優月は心よりも、血の繋がり、肉の細胞の共鳴をもたらす、この抜け殻を可愛らしく思えた。
「才君はどうかな? 」
表現者の才は抜け殻なんか残さないように思えた。
抱き締めてもスッと逃げ、でも在る感じの究極のゼロ。そこには、何か足す事も引く事をも拒絶する祈りに近い風の音で通っていく。

「でも私は実の姉なの。この血の繋がりを辿って、人間に引き戻す権利、否、そこまで強く言えなくても、少なくとも私の命の使命としての意味位はあるのよ」

小波は震え嗚咽する優月を、才に行ったと同じように胸に引き寄せ抱きしめていた。感情よりも先に人間の肉体の共鳴が勝ったのだろう。
耳元で才がいなくなったことを伝えると、優月も小波を守り通す母親のように抱きしめているのであった。
二人のすべきことは一つになる。
優月は静かに誓う。


「永遠に遅刻した食卓を今こそ間に合わせなければならない。
私の役目なのよ」
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