第26話

文字数 2,946文字

 才は小波の様子に戸惑ってはいたが、久しぶりの「平和」を彼女となら紡げるかもしれないと思えた。
「コナさんと話したい」
「本当に? 今すぐ。そう、これからウチ来なよ、いいから」
そう言って手首を掴んで引っ張って歩き始めたが、10メートルも過ぎぬあたりで、まだ実質的な策を何も立てていなかったことを思い出した。
「気軽に男の子を呼べるような家じゃなかった。やっべぇ・・・・」

小波の家は壁が高く、四方には防犯カメラが監視していて、外観は誰が見ても物騒な要塞でしかない。敷地を囲む高い塀の上には槍が天へ伸び、矢の先が内側、外側の両方向に交互に並ぶ。入るも出るもぶっ刺してやる気しかない仕様である。
正面玄関から入らないにしても裏口もかなり厳重で、カメラに監視された暗証つきの分厚い扉がある。なんとか中へ入れても、必ず若い衆の視線を浴びて本部の隣の別宅へ向かうことになる。

「う~~むっ。
初めて男の子を連れ込むのに、何の計画も浮かばんわ」

彼女の親の職業上の理由で、なかなか友達は出来ないし、こんな要塞にはまともな奴は来ないので考えたことが無かったのであった。
当然、小波はこれまでこの環境のせいでいじめられたことはないし、ちょっとぶつかって彼女自身が転んだとしても周りは常に、自らの過失として、先手を打つように親を通して謝罪をして来るような逆ストレスが多かった。そんな中、アキラやミナは余計な煩わしい思いをさせない唯一の友達であり、ついでに彼女らの家族まで含めて大好きであった。

ミナのお父さんに対しては特に尊敬していた。中学生の時に三人が万引きでつかまった時、平等に三人の首根っこを押さえつけ謝らせ、しっかりと叱ってくれた。そこの店長は、小波の家には敢えて連絡しなかったから、ミナの父親がしっかりと役目を果たしてくれたのだ。後でミナから聞いた話では、ミナのお父さんは、お母さんにどうしようかと震えて、びびっていたらしい。たとえ、決断までどんなに迷い揺れたとしても、行動が大切なのだと。

小波はすべきことをしっかりして出来る大人として彼を尊敬したし、そんな人の娘でどちらかと言うと、同性に嫌われがちなミナを絶対に守ってやると心に誓っていた。イメージの路線変更もその一環で進み、バンドにおいては女子人気ナンバーワンのパンクべーシストに仕立て上げることに成功したのだ。当人は可愛いと言われたいらしいが、小波とアキラはそんな甘えは許すまじということで結託していた。

そんな鉄壁な交友名簿に才も加わることを改めて実感する小波は挙動が僅かに乱れたようで。
「うん?」
才は小波の微妙なビートのずれを察知したのかじっと見つめている。
慌てたように察して
「何でもねえし」
彼女にしては珍しいガラの悪い言葉使いに才が笑った。ついこの前までは腐りきっていた水溜りが、清流の源泉のような瞳をたたえて。

「ササッッと入るからね。いいね、私と一体化するイメージでいくんだよ」
「どのくらい近づく感じ?」
才は少し戸惑いながら聞いた。
「ギュッとしちゃうぐらいでいいから」
小波は既にミッション遂行に意識を集中していて恥ずかしさは何処かへ投げ捨てたみたいであった。
「躊躇せずに、グイっと密着して突き抜けるわよ。いいね」
完全に指令であった。

ふたりは裏口から十メートルほど手前で最後の打ち合わせをする。多少、夜の闇に紛れやすいとはいえ、要所要所ではライトが辺りを照らし、バレないという訳にはいかないであろう。ただ用意周到が常な小波はリスク低減を考えて、滝沢にはメールを送信しておいた。後は彼を信じるしかない。
「行くよ」
「OK、一つの陰になるんだね」
「いいわね。レディー&ゴー!」

一瞬にして4桁の暗唱を打ち込み、扉を開けたと同時に才と同化して中へ消え、影を縫う様に一気に小波の部屋まで飛び込んだ。部屋に入り数十秒ほどジッとして、足音や何か騒がしくならないかを窺った。

「大丈夫かな。
ふう、こっわ。その辺に座って」
「コナさんも、怖がるんね」
才も自然に心の壁を消しているように見えた。
「君と一緒にこんなことしているからだよ」
珍しく少し頬を膨らませた。
「ごめんなさい」
やけにあっさり謝られた小波はバツが悪い感じで聞いた。
「あんな風な出会いをした人が、こんなに素直に謝るなんて、変なの」
「え、君たちがそうさせてくれたんじゃないか」
「そうなの? 」
「うん。自分でもびっくり何億年ぶりかって感じ」

うれしさを感じた時、まだ電気もつけていないことにようやく気付いた小波はスイッチを入れた。明るくなると目の前に優月が浮かび上がる。才との出会いまではファンであった優月のポスター貼られていた。
才との出会いによって、日々にしがみつくのに必死な程の速さで日々が流れていて、剥がす隙もなかった。
慌てて、剥がそうとする小波の様子に、非武装感漂う柔らかな面を垣間見てとり、彼の大切な記憶の一つにした。

才もいつにない素直な反応で答えた。
「そんなに、嫌いな訳じゃないよ、ふふっ。
唯一の血の繋がりを持った人だし、無条件に応援してもいい筈なんだけどさ。お互いの成長過程の中でいろいろ自我の模索をしていくと、同じ遺伝子だからといっても、どうも解りあえないぞって。他人より最悪な日常の連鎖を生んでしまうってことがさ」
小波は両親を好きであった。
「かっこ悪いかな。わたしは家族みんなが好きだよ」
「正しいよ、それは。いずれそこにまた戻っていくと思うんだけどね」
才は迷いながらも言葉を探している、その顔を見ているのが小波は好きだと素直に感じられ、そっと見つめて、念じている。

― もう少ししゃべらないでくれてもいい、このまま ― 
などと。

「母親と僕はお互い敵としてあることを解った上で肉親の情というものを受け入れ、向き合うように、ある人のお蔭なんだけど。
あ、アネキではないよ。彼女との和解は未定なじょうたいだから。
フっ、それはともかく、僕は解ったんだよ。閃いたって言うのかな。なんの知的根拠から来たものではないけどね。

魂は肉体とは別のモノだってね。遺伝じゃないのさ。
ずーと、しっくり来なかったんだ。優秀なアスリートの子供はその才能を引き継ぐ事が多いのに、アーティストの二世は技術や道具は引き継げても、魂はなぜ遺伝しにくいのだろうかと思索した上で辿り着いたんだ。別なんだよ。
肉体のつながり、正に肉親であって魂はまったく別の部族の場合が多いってことさ」

「魂って脳みその作りだすものでしょ」
「ならば、アート的と言うか詩心も同レベルの遺伝がなされなければおかしいからね。そう考えると、ぜったい何処かに魂の場所はあるんだよ。絶対,前世とかあると思うよ。そう考えればしっくり来るんだな」
「確かに、親子で金メダルとるスポーツ選手はいるけど、親子で名曲を生み出すミュージシャンはあまり聞かないよな。そうか」

優月のポスターを見つめて
「あの人は違う部族だな」
「わたしたち・・・・」
小波はためらいながら続けた
「・・・・ふたりは、同じ部族だね? 」
小波は才の瞳を自ら見失った。

永遠を知らないふたりが、誰の心にも永遠になる姿で抱きしめ合い、月のひかりはダメな景色をかくも普遍たる世界にする。
そして、まだ今の二人はすぐに離れてベッドに座るだけであった。
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