第38話

文字数 1,101文字

 小波は言い放った。
「自分、自分だね」
確信を衝かれて何も反応出来ない優月は丁寧に記憶を手繰る。

「お葬式が終わって、遺骨になった母を抱えて実家に帰った時、食卓には、母の気配があり、才もすぐにでも現れるのではないかとドキドキしたの。
そうすると、頭の中の想い出が少し異質に感じられ始めて、そんな時に才の作品に再会してようやく判った、才の凄さを。そして、正直、罪滅ぼしかと受け取られようとも才の存在を社会に認めさせようと誓った。
母が言っていたように、社会の中で、否定されるような要因を招いたわたしたちには重い責任があるのだから」

「それで盗作?」

「わたし自身が評価されるかどうかはもう考えていなかった。
多分・・・・ごめん。
忘れてしまった。

もう、答えは出ていたのは間違いないのよ。
私は才能と呼ばれるものは無い。
あるとすれば、才をいち早く世に問う道筋を担える利用価値。
それでいい、才とバトンタッチするわ」

「一緒にやるってこと? 」
「あれは、弟のバンド曲で、盗作したと宣言します」

才は目を覚ましていた。顔に濡れたタオルを当てている小波の手を少し動かして、姉に話しかける。
「同じ景色を見て作ったとしても、それは盗作とはいえないし、そんなに騒ぎになるかな。僕らは一緒の場所にいただけだから、そんなこと公表しても面倒になるだけだよ」
「もうすでに、騒ぎになっているし、あなたの為にみんな動き始めているのよ」
小波の顔を不思議そうに見つめた。
「なんで・・・・」
才の顔が少し歪んだ。

優月が才の頭をなでようとすると小波はすぐに体を入れ替え、身を引いた。
「みんな、私のせいね。こんな状況にしたのは。ごめんね、ごめんね」
泣き崩れる優月に才は
「感謝してるよ。僕はみんなに。特に、
お姉ちゃんと・・・・」
中元がやって来る前には呼んでくれていたその呼び方に、少し澱も晴れてくれた気がする。

「隆・・・・、父さんにも。
だって、嫌な風に思った事も人も、一つでも欠けたならばこの場所に辿り着けなかった訳だから」
才は手を伸ばした、小波の方に。

「この人の世界に、僕は入れるんだ」
小波は才の手を強く握りしめて言った .
「おねえちゃん、悪いけどちょっと向こう向いててくれるかな」
優月も勇気を出して答えた。
「少しだけよ」
目配せをする余裕も出た。小波も今は自然な微笑みで返す。

「ねえ、たのしいね」
小波は才の言葉に思わず体をギュッと抱きしめて、「たのしいでしょ」ともっと力を入れた。
「痛い」
「あ、ごめん」

才は思う。
散らかって混乱している場所に戻ったのだ。
でも今度は、一緒に愛を分けて、強くなっていく味方達がいる。祈るみんながいるんだ。


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