第25話

文字数 2,693文字

 ヘヴンズ・ドールズに戻るとアキラとミナは、楽器屋でゲリラレコーディングしたメロディーを骨子としたリズム体を作り上げ、才と小波はギターパートを作っていった。
但し、才は既成のコードには疎く、必要な場合はその都度教えていく必要があったのでなかなか進まないこともあった。小波はその事実を逆手に取って、極力、才には既成のコードを気にさせないようにもした。才は絶対音感の為、心に包まれ埋もれた音を正確に掘り出すのは簡単であったから、そこを大切にしたいと思った。

だが、厳密に再現する為に抑える指のスムーズなフォルム作りは難しいこともあるので、その際は小波が指を少しずつ補正して無理のない抑え方で導く。お互いを必要とし合う、そんなふたりの景色にミナは時折チラチラ視線をやってしまい、アキラに怒られることも日に日に増えていた。

色っぽい感じには見えなかったのだが、それが勿体なくもあった。ふたりとも、まんざらでもないように見えるし、特別な感情が有るようにも思えない。ミナだけでなくアキラもお似合いなのにと多少の邪推を巡らせもした。

小波は可愛いし、切れるドスがあの華奢な姿にしなやかに収まっていて、ほんとにピンチの時は自分を棄てて毅然と立ちはだかってくれる。才は、見た目は童顔で女の子のフォルム感が漂っていて可愛いい。そんなカップルを眺めるのも悪くない。

それでも確かなことは、小波と才には肉感的な共鳴感が目立って窺える訳ではなく、それぞれの神経の細い糸が直接それぞれの狭間を泳ぎ、時に触れ火花を散らせているようであった。哀しい火花は崩れる現在を繋いで永遠の時を伸ばすかのような時間があった。

アキラにしても正直なところ、
「才に魅かれるのは分る」と少し思ったりもしたが、おこがましいと慌てて忘れた。
なのに、その辺のデリカシーをなぜ持ち合わせていないのかと、興味に流されるミナを睨んでしまう。まあ、だからこそ聞きづらいことも聞いてもらえるのだが。

「ねー、才君、ヤンキーなの?」
「違うよ」
「喧嘩ばっかりしてるんでしょ、体が傷だらけだって、君を介抱している時にいっぱい触ってた小波が言ってたよ」
小波は拳を握ったが耐えた。すると顔が熱くなっていく予感がして、舌打ちをしてその場を離れた。

「喧嘩じゃないし。全然悪くないし」

珍しく子供のような言い訳をしたがすぐに落ち着いた。
「まあ、いけないかもしれないけど。立派だなって思える、何でもない人たちには手出しはしないよ。サラリーマンとか肉体労働している大人とか尊敬しているしね。
まあ、でも、チンピラを成敗しても同じ穴のムジナなのは知ってる。そうさ、ただ必要だからさ。弱虫だからね。
弱いんだよ、ボクは・・・・怖がっている」

「えー、そうなのー? 怖いのに何で喧嘩するのさ」
小波もアキラも、ふたりは少し胸の辺りがキュンとしていたので、ミナの返しにイラっとして、「おい!! 」と同時に怒って声を上げていた。
ミナがビクッとしたのを見た才は楽しく思えていたのか、気分も害さずにしっかり答えた。

「人に勝って自分の強さを見せたいとかそんなのじゃないんだよ。
だって、こんな日本で強さを証明したところで、外国じゃ、マシンガン片手に生きなきゃならない場所がある時点で、ママごと遊びみたいなもんでしょ。イキリたければ、外国人部隊へでも行けばいいのさ。
ボクは弱虫なんだよ。でも、自分なりの美学はあってね。
だから、自分に出来ることを探してもがいてる。それでもし、一音だけでも、他の人が持ってない音をボクが持っているとしたら、ちゃんと使い切って死にたい・・・・
それだけだけよ」
「たとえば?」
小波はいつの間にか才の真横に来ていた。
才は息を吐き僅かに左上の空に視線を向けて、少し時間をおいて小さな声で絞り出した。

「捨てていく・・・・」

自分の存在、アイデンティティを確かめるために何かを求め、その為に衝動が訪れ、不良の自己主張でも、またはアキラ達のようにバンドで音楽を生み出したい有象無象はたくさんいる。
でも、彼は「捨てる」と穏やかに言った。

全存在を乗り越え、踏み外して、何物でもない絶対感覚を呼吸しようと、天を直視しているのだから、それは下降ではない。才に対して非現実な気持ち良さと酔いを感じた小波が僅かに身震いをした瞬間をアキラは目にする。

何処まで行っても楽天家なミナには迷子必至で尋ねるしかないのであった。
「うーん、どういうことっすか」
「もう、本当にあんたは!
ただ付いてくればいいんだよ。さあ」

アキラはリズムを刻み始め、ミナをリードする。小波たちも追いかけ始めた。
あるべきコードを拾っていく。時折、交わる才との視線のスパークを頼りにして。
バンドの境界がサークルを形成してあらゆる限界が消える。

【HOWLING FLOWERS】があるひとつの生きものの動きで蠢く。

 小波はCD制作の特別な時間が幻でしかなかったように思えた。7曲のトラックダウン迄を終えてしまうと不安は強くなって、次の目的を定めなければすべてが終わってしまう気がした。
才は店に寝泊まりしている状況であったので、このままでは「じゃあね」とひと言残して消えてしまう様に思え、不安を悲しみが追い越していく感情に襲われた。
小波にとってこの苦しさは生きていて初めてであった。

また、店のキャバクラのお姉さんたちも、才に対してあからさまに興味を表して、アクションすることに対する低俗な嫉妬に死にたくなるなんて、思いもしなかったのだ。
小波は、空になった燃料のまま回る焼け切れる寸前のようにヒリヒリした思いで尋ねた。

「わたしの家に来ないですか? 
・・・・いろいろ話したいから」
小波にとって嫌悪すべきぎこちない感情を晒してしまって子猫のように震えている。
才は「うん」と少し戸惑いながらも承知してくれた。

ここまで辿り着くと、別の小さな心配ごとが幾つかある事を思い出した。
「滝沢さんや田淵さんに鉢合わせになって面倒なことになるかもしれない、でもその時はどんなことをしても止めない」
まあ、こっちの件はどうでもなるなとすぐに思いなおした。

「もしかしたら、才を酷い目に合わせた人に会うかもしれないけど、怖い? また、半殺しにされるかもとか」
「今はされる必要もないかな」
冗談を言っている感じではなかった。
そうなのだ、今の才は、すっと交わして、相手と遊ばず終わらしてしまう姿も想像できる。
初めて見た時感じた、使い捨ての危険を纏ったような雰囲気ではなく、明日の為に危険を使いこなすことが出来る何者かに成っていたから。


「才には、救われて欲しいの・・・・
出来るものなら私が救いたい」
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