第25話

文字数 2,527文字


     スロウスマイル 3

 バンドのホームである「ヘヴンズ・ドールズ」に戻るとアキラとミナは、楽器屋でゲリラレコーディングしたメロディーを骨子としたリズム体を作り上げ、才と小波はギターパートを創っていった。
但し、才は既成のコードには疎く、必要な場合はその都度教えていく必要があったのでなかなか進まないこともあった。小波はその事実を逆手に取って、極力、才には既成のコードを気にさせないようにもした。才は絶対音感の為、心に包まれ埋もれた音を正確に掘り出すのは簡単であったから、そこを大切にしたいと思った。
だが、厳密に再現する為に抑える指のスムーズなフォルム作りは難しいこともあるので、その際は小波が指を少しずつ補正して無理のない抑え方で導く。お互いを必要とし合う、そんなふたりの景色にミナは時折チラチラ視線をやってしまい、アキラに怒られることも日に日に増えた。
色っぽい感じには見えなかったのだが、それが勿体なくもあった。ふたりとも、まんざらでもないように見えるし、特別な感情が有るようにも思えない。ミナだけでなくアキラもお似合いなのにと多少の邪推を巡らせもした。
小波は可愛いし、切れるドスがあの華奢な姿にしなやかに収まっていて、ほんとにピンチの時は自分を棄てて毅然と立ちはだかってくれる。才は、見た目は童顔で女の子のフォルム感が漂っていて可愛いい。そんなカップルを眺めるのも悪くなかった。
それでも確かなことは、小波と才には肉感的な共鳴感が目立って窺える訳ではなく、神経の細い糸が直接それぞれの狭間を泳ぎ、時に触れ火花を散らせているようであった。哀しい火花は脆い現在を繋ぐ。
アキラにしても正直、「才に魅かれるのは分る」と思いもしたが、おこがましいと慌てて忘れた。
ゆえにデリカシーなく、興味に流されるミナにムカつき睨んでしまう。まあ、だからこそ聞きづらいことも聞いてもらえるのだが。
「ねー、才君、ヤンキーなの? 」
「違うよ」
「喧嘩ばっかりしてるんでしょ、体が傷だらけだって、君を介抱している時にいっぱい触ってた小波が言ってたよ」
小波は拳を握ったが耐え、顔が熱くなっていく予感がして、舌打ちをしてその場を離れた。
「喧嘩じゃない。全然悪くないし」
才は珍しく子供のような言い訳をしたがすぐに落ち着いた。
「まあ、いけないかもしれないけど。立派だなって思える、何でもない人たちには手出しはしないよ。サラリーマンとか肉体労働している大人とか尊敬しているしね。
まあ、でも、チンピラを成敗しても同じ穴のムジナなのは知ってる。そうさ、ただ必要だからさ。弱虫だからね。
弱いんだよ、ボクは・・・・怖がっている」
「えー、そうなのー? 怖いのに何で喧嘩するのさ」
小波もアキラも、ふたりは少し胸の辺りがキュンとしていたので、ミナの返しにイラっとして、「おい!! 」と同時に怒って声を上げていた。
ミナがビクッとしたのを見た才は楽しく思えていたのか、気分も害さずに答えた。
「人に勝って自分の強さを見せたいとかそんなのじゃないんだよ。
だって、こんな日本で強さを証明したところで、外国じゃ、マシンガン片手に生きなきゃならない場所がある時点で、ママごと遊びみたいなもんでしょ。イキリたければ、外国人部隊へでも行けばいいのさ。
ボクは弱虫なんだよ。でも、自分なりの美学はあってね。
だから、自分に出来ることを探してもがいてる。それでもし、一音だけでも、他の人が持ってない音をボクが持っているとしたら、ちゃんと使い切って死ぬ。
それだけ」
「たとえば?」
小波はいつの間にか才の真横に立っていた。
才は深く息を吐いて、左上の空間に視線を向けた。
自分の存在、アイデンティティを確かめるために何かを求め、その為に衝動が訪れ、不良の自己主張でも、またはアキラ達のようにバンドで音楽を生み出したい有象無象はたくさんいる。
でも彼は、「捨てる」と穏やかに言った。
全存在を乗り越え、踏み外して、何物でもない絶対感覚を呼吸しようと、天を直視しているのだから、それは下降ではない。才に対して非現実な気持ち良さと酔いを感じた小波が僅かに身震いをした瞬間をアキラは見逃さなかった。
何処まで行っても楽天家なミナには迷子必至で尋ねるしかないのであった。
「うーん、どういうことっすか」
「もう、本当にあんたは!
ただ付いてくればいいんだよ。さあ」
アキラはリズムを刻み始め、ミナをリードする。小波たちも追いかけ始めた。
あるべきコードを拾っていく。時折、交わる才との視線のスパークを頼りにして。
バンドの境界がサークルを形成してあらゆる限界が消える。
あるひとつの生きものが蠢く。
 小波はCD制作の特別な時間が幻でしかなかったように思えた。7曲のトラックダウン迄を終えてしまうと不安は強くなって、次の目的を定めなければすべてが終わってしまう気がした。
才は店に寝泊まりしている状況であったので、このままでは「じゃあね」とひと言残して消えてしまう様に思え、不安を悲しみが追い越していく。小波にとってこの感情は生きていて初めてに思えた。
また、店のキャバクラのお姉さんたちも、才に対してあからさまに興味を表して、アクションすることに対する低俗な嫉妬に死にたくなるなんて、思いもしなかったのだ。
小波は、空になった燃料のまま回る焼け切れる寸前のようにヒリヒリした思いで尋ねた。
「わたしの家に来ないですか? 
・・・・いろいろ話したいから」
小波にとって嫌悪すべき、ぎこちない感情を晒して子猫のように震えている。
才は「うん」と少し戸惑いながらも承知してくれた。
ここまでのミッションをやり遂げた小波は、別の小さな心配ごとが幾つかある事を思い出した。
「もしかしたら、才を酷い目に合わせた人に会うかもしれないけど、怖い? また、半殺しにされるかもとか」
「今はされる必要もないかな」
冗談を言っている感じではなかった。
そうなのだ、今の才からは、すっと交わして、相手と遊ばず終わらしてしまう姿が想像できる。
初めて見た時感じた、使い捨ての危険を纏ったような雰囲気ではなく、明日の為に危険を使いこなすことが出来る何者かに成っていたから。
「才には、救われて欲しい
出来るものなら私が救いたい」
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