第11話

文字数 5,786文字


クロスオーバー 8

 名越は高校生の頃から音楽にのめりこみ、真剣にプロを目指していた。残念ながらミュージシャンにはなれなかったが、音楽に携わる仕事が出来ているだけでも有難く誇りもある。それでもいつからか、仕事としての割り切り、若いころのような音楽への熱狂を呼び覚ます瞬間はなくなっていた。期待をすることもどこか虚しく、無意識にどこか違う時代のおとぎ話程度に考えていた。
しかし、『ハウリング・フラワーズ』が錆びついていた感受性を甦らせる。無邪気でよかったあの頃の興奮を呼び覚ましてくれた。
『every,YES』はイントロから名越の感情を揺さぶり、獣の荒いベロに這われて濡れ痙攣する。我が身を犠牲にしてでも絶頂に至りたい酩酊。闇の道徳のリズムを感じた。
彼は今の音楽界において、天才は真の無限に飢える環境にない分、ある意味不幸だと思っていた。多くのレジェンド、無頼な天才どもが魅力的なパーツをたくさん残している今のミュージックシーン。もしも当時と同じ容量の天才がいらだちの叫びを音楽で存在せしめようとしても、すでにその感情にぴったりくる旋律や音色が世の中には既成品として溢れている。意識、無意識に関わらず自分の感性とスッとマッチして表現が出来てしまいがちな時代。完成度の高い音楽を作れたとしても、そんな組み合わせの複合品から化け物なんかは生まれやしない。
そう考えていたことも、音楽とは仕事として関わる位のもので充分とさせていた一因かもしれない。
だが、この生意気な小娘たちはぶち壊した。なんと気持ちの良い清々しくうれしい気分であったことか。
優月のバージョンとは似て非なるギターリフ。リズムを崩しかねないソロの流れは音楽の基礎なんてどうでもよい大馬鹿野郎が天才の横暴さで、勝手に無いものを己の唾液と体液でこねくり押し込み強引に音楽にして、音楽の神様に「認めやがれ」と恫喝するクズ感が駄々洩れているのだ。時代とそぐわない存在感を感じたおじさんはワクワクした。。
「あのピンクの子か?
否、そういえば、生意気な二人が言ってたな。うちらの天才って。他に居るのか。いやでも、ライブの表現力はあの子だってすげえ神じゃねえか」
反対の袖で騒がしい人の動きが視界の端に見えた瞬間、ステージの照明と演奏の電源が乱暴に切れた。ドラムの生音だけが響き渡る永遠の景色。
イヤモニに響いたハウリングと共に我に返った名越は、慌てて無線で部下に呼びかける。
「おい、何をやってる。どうしたんだ」
「名越さんどこですか、早く来てください。優月さんのマネージャーが」
後ろで男が叫ぶ声が聞こえた。
「おいなんだあの曲は。うちらの機材を使ってるだけでも許せんのに、泥棒野郎」
「坂本悪いが、
うんこに行ったって言っといてくれ」
無線のスイッチを切った。
ステージから悪びれもせずに頭を掻きながら戻ってくる小波たちを、手を大きく上げて向かい入れようとしたが、名越は三人に次々と上手くかわされていく。
「おい、一人ぐらいお調子者はいねえのかよ」
「それは受け入れられないっすね。時代遅れのオヤジですよ、名越さん」
小波にあとの二人も続く。
「おやじ、きしょ」
「なごっち、あたいだけは面白さを理解しとるよ」
急に恥ずかしくなった名越は誤魔化しながら追いかけて声をかける。
「違うわ、勘違いするな! 
ガキに手なんか出すか。お前らを助けてやろうっていう表現だよ。状況が分かってるのか。優月のスタッフがお前らを許すと思っているのか。何するかわからんくらい怒ってるんだぞ」
小波は何にも動じない瞳で見て中指を立てた。
とっさに名越はその指をつかんで
「いいから、オレの後についてこい。ステージ下を抜けて外へ出られるから」
アキラは呟いた。
「触ってるじゃねえか、JKの指を」
「ひゃほほっ」
ミナは笑っている。
「了解。先導は任せましたよ、舞台監督さん」
ピンクのパンクスはオヤジの握った手から中指をスルッと抜いてウインクした。
いにしえのロッカーは機嫌をよくして答えた。
「まかせろ、こっちだ。そこの床が空く、さあ来い」
名越の後をミナとアキラは間を取りながらじゃれあうように追っていくが、小波は名越に近づくと並走して話し始める。
「どうでした?」
「え? おう、なんかすげえな。久しぶりに感じたぜ。
俺がこの仕事に入って初めての現場が今は死んじまった外タレのLIVEだったんだが、あの衝撃に次ぐ、いや五分の感覚か・・・・。正直なところあの衝撃は二度と味わえないと諦めていた。
更新しちまったじゃねえか」
「うれしいな」
敬語じゃなくなった、少女の声におじさんは言葉に詰まるも、今しか思いは伝えられないと、必死に語彙のない脳みそを叩きまくって言葉を捻り出そうとした。
「血の匂いがするっていうのか。
なんだ、きれいな血まみれの芸術っていうかな。分かりにくいか? 」
名越はまたもやわき腹を刺す違和感に呻いた。小波が突っつきギュッと押しながら、この子には似合わないっと思っていた無邪気な笑顔を爆発させている。
「・・・・」
少女は何かを言おうとしたものの照れ臭さに引き戻されたのか、すぐに不敵な表情のパンクスに戻ってしまったが。慌てたおじさんは、少し気遣いを見せる時だと強引に会話の糸口へと藻掻いた。
「み、見てみろよ、おやじの指先まで震えてるんだぜ、は、はは・・・・」
「ふっ、老化じゃなくてですか」
小波は元のクールなキレあるニヤリで笑って見せた。直ぐに何かを思い出したように言う。
「でも、うちらを舞台監督が直々に逃がしたらマズイでしょう。普通に、何やってるんですか」
アキラが後ろから一言放つ。
「クビだな」
名越は落ち着いた声で言った。
「仕方ないな」
その声でアキラは悪いことをしたと悟ったようで、「ごめん」とかしこまって謝った。
「気にするな。ほらそこだ、こっちの運搬口は今使ってないから。外へ出てトラックに隠れながら行けば見つからんだろう」
ミナはアキラと視線を合わせてお互い神妙な気持ちを共有したようで、
「ごめんなさい。今のところ誰にも会ってないから、一緒にいるところ見られないうちに早く戻ってね」
ぺこりと頭を下げた。名越は手で早く行けと促す。小波が戻って来て言った。
「お礼しなきゃいけないね」
また敬語を外されてうれしいが、照れ臭くなりながらも返した。
「ふん、いつかお前らがワンマンツアーでも出来るようになったら雇ってくれ。そうだな,オレを武道館に連れって行ってくれよ、ハハハッハハハッハ」
小波は少し微笑んだが目立った反応を表さないままくるっと向き直って歩いていき、不意に振り向いて言った。
「OK! そこからドームにまで連れて行ってあげるね」
一瞬、景色が霞んだ名越は慌ててしまった。
「オレ、泣いた? 」
目をこすった時、三人は既に横へ逸れたようで見えなくなっていた。彼も振り返りステージ裏へ戻って行く。
「なんか、めんどうクセエな、ふっははははは」
無精ひげのむさ苦しい顔が笑顔で満ち溢れた。でもすぐに、大きな声で気分を壊されてしまうのであった。
「おいおい、どこに居たんだよ。
舞台監督! 
どういうことよ、説明しなって」
金田マネージャーが少女たちを捕まえられなかった八つ当たりに、乱暴な態度をみせた。
「あー、めんどくせえ」
「え、なんか言った? 」
金田に聞こえる位の声が駄々洩れていたようだ。
「フン、いや別に何も、どうもしてねえが」
かつてはバリバリのロッカーでございますという構えの名越に金田は最初の勢いを消し、トーンダウン甚だしい様になっていく。
「うっ、いや。あのガキどもが勝手に始めたじゃないですか。ハウリング何たら」
「ハ・ウ・リ・ン・グ・フ・ラ・ワー・ズ、だね。何たらじゃないな、にいちゃん。いくらプロじゃないアマチュアたちだからって、そこはちゃんと礼儀をだな、しなきゃな。兄ちゃん」
「え、優月のマネージャーの金田なんですが」
「あ、そう。だからなんですか、カ・ネ・ダ、さん」
自分の推しが汚されたようでおっさんながらイラついてしまったのである。
「否、そちらがいろいろ段取りを飛ばして」
「こちらはスムーズに進行させるために最善を尽くしてるんよ。機材トラブルといろいろ問題があったから瞬時の決断で決定を下しただけだよ」
チラチラと名越のリーゼントの先端に目を奪われながらも、弱気を振り絞って勇敢なマネージャーを死守すべく問い返した。
「許可もなくプロの機材を使うだけでなく、優月の演奏が終わってすぐスタートさせるなんて、ゲストとしての立ち位置さえぶち壊すようなものですよ」
中年ロッカーは動じなかった。
「次のセットの電源が調子悪くてな。いろいろあんたらと交渉してたら、タイムテーブルをぶち壊してしまうから、それは何としても避けなければいかんのでな。コンテストの出場者にとっては大事なステージだから、ちゃんとしてやることが舞台監督としての務めだからよ」
「だからと言って、うちの優月の演奏が終わって即、同じような曲をやられたらですね」
「え、同じ曲なの? 」
「いや、そのう、あいつらがつまみ食いした程度の感じのヤツなんですけど」
「じゃあ、よかったじゃないか。そっちが本物ならば、差が分かりやすく客に聞かせられて。これだけの証人がいるんだ、心配するな。恥をかくのは盗人野郎なんだからさ。
違うの? 」
金田はやり返すタイミングを逸した。
「うん? それに機材を勝手に使ったことが問題ならば、なんで最初のイントロ時点で切らんかったのさ。止められたんじゃないのか」
動揺する金田に対して名越は更に噛みついた。
「きっちり演奏を聞いて判断したんだろ。ヤバいって」
「それは・・・・」
「まあ、いいや、責任は俺が取るが、このコンテストの意味をぶち壊すほどお前さんに力があればするがいいさ。でもさ、客席に居たのは、アマチュアだとしても真剣に音楽に取り組んでいるミュージシャンだぜ」
「え?」
「もうそれぞれ、心で判断しているさ。あまりの衝撃に今は、何かわからずに只々、胸がざわざわしているだけかもしれないがな」
「優月が曲を盗んだとでも」
「いや、それは知らんよ。オレは推測とかしない人間だからな。ミステリー小説も大嫌いだ」
「それは、どうでもいいかと」
「うるせえよ。とにかくあんたは何かを恐れて電源を切った。これは推測じゃねえぞ。無意識にごまかし隠した誠の気持ちを、お前さんの代わりに俺様が供養する為に見せてあげたんだ。感謝しろよ」
「あんなアマチュアじみた音が・・・・」
「その音にお前はビクついたんじゃないのか。もしそうならば、正直にいこうや。ロックだって人間の生み出した高潔な芸術だぜ。腐った人間どもの思惑で右往左往してもみっともないだけだぜ」
「でも、アイツらは許せない」
「まあな、どうせ失格にするんだろ。いいんじゃねえか、それで」
「あなたは、あんなガキどもの味方をするんですか」
「本物にガキもクソもあるかい。どんなに下衆な人間が邪魔をしても神の旋律は流れるのさ。まあ、あんたが、歴史の中で才能も見抜けなかったバカなキャラとして扱われないことを祈るさ。いけね、うんこをいっぱいして身軽になったから先に行かせてもらうぜ」
言い残して走って行ってしまった。金田はしばらく動けなかった。
「分かってるさ。こっちは、陰で見ていたしな。でも、オレは優月のマネージャーだ。
彼女を信じて守るしかないのさ」
金田は諦めきれず、名越が来た方向の通用口に行って扉をあけた。少し周りを見てからステージ裏の喧騒へ戻って行った。
 飛び出した扉が見えなくなったあたりで、走りながらミナはアキラに言った。
「なごっち、いい人だったね」
「そうだな、ちょっとからかい過ぎたよ。いいオヤジもたまにはいるんだな。反省するわ」
「そうだよ」
アキラは少し遅れて走ってくる小波の顔を見て、妨害にあったのに、やけにあっさりステージから引き上げた彼女の姿を呼び覚ましていた。
「優月の新曲は何かの原曲をカバーしてみました、という感じだった。作品として向こうの方が確かにコマーシャル性は高いかもしれないが、商品でしかない。こっちは本物になる、彼が加われば。だから、けんかする意味などない」
そう理解して小波の行動がアキラの腑に落ちたが、少し大きなお世話でもある邪推がすべて消えはしなかったが。
「それか、ひょっとしたら、恋・・・・、
淡い想いに流された決断をしただけなのか。
・・・・だけど、小波は彼のことをどう思っているのだろう」
アキラは小波が一般の女の子のような恋にあこがれるタイプには思えなかったし、育った環境からか、男に対しては浮かれた憧れを持つ女の子ではないことは確かであったから。でもすぐに思い直した。
「計画済みだったんだ」
小波は演奏前に荷物をホール外に置いておくように指示していたから。
猛ダッシュして敷地の外まで逃げ切ると小波はいったん二人を追い抜いて、クルっと振り返り、アキラとミナを待ち受けて首筋に手をまわし引き寄せた。
「悪りぃ、ごめん」
アキラは表情をあまり変えず。
「え、何が。気にするなよ。いつもこの瞬間が正解だからさ」
「アキラ、ありがとう」
少し照れ臭いのかアキラはミナを突いて
「何か言いなよ」
「才くん入ってくれるかな」
「あ?」
どこまで、意図して口にしているか分からないミナは、ほとんどの日常では軽いイラッとした気分を与えても、意外とここぞという時は役割をしっかり成し遂げたりする。小波の緊張が解放された様子を見てアキラはほっとした。
「アキ、探しにいってくるワ、明日連絡する」
アキラは何も言わず小波を一瞬ぎゅっとハグした。小波もほぼ同時に返した。
「じゃあな」
走っていく小波を目で追いながらミナは大きな体でアキラに甘えた。
「ボク、ハグ無かったんだが?」
「あんたはこっち」
とアキラに首根っこを握られて、小波の様子をしつこく追うミナは連れられて行く。
「ねえ知っとる?背の低い奴に高い奴が首根っこを掴まれたら」
「知らん」
「クビが絞まるとです」
「知るか黙れ」
「黙らんよ、バカ」
「牛を絞めて帰るぞ。腹減ったろ。おごってやるよ」
「え、黙りましょう」
大きなミナがアキラを守るように抱き寄せた。
「そういうの嫌いだ」
「見た目はかわいいんだから」
「殺すぞ。大盛り、つゆだくが最後の飯だと思え」
「ひひひ、でも
今日はなんか、おもろかったね」
「だな」
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