第9話

文字数 4,754文字

スペシャルLIVEが終わり舞台裏に引き上げると直ぐに優月は、次に演奏するあのバンドを探した。オープニングで全出場者がステージ上で順番に紹介される場にHOWLING FLOWERSの姿はなかったから、このまま会えないかのではないかと心配していた。名前が呼ばれてもスポットライトが目標を見失い、会場全体に間の抜けた空気を醸し出させてしまったのだ。当然のこと、裏では騒ぎになるだろうことは想像がついた。彼女はその時ステージで出場者にエールを送る役目を果たしていたが、ざわざわする舞台袖から、舞台監督のブちぎれた罵声が一瞬聞こえた。
「ふざけるな! 」
「すいません。舞台、直前の確認では居たんです」
「いねえじゃねえか、実際は! ふざけやがって、探し出して連れてこいよ」
結局、オープニングセレモニー中は見つからずに、参加者がステージを降り休憩室に向かう列にトイレからしれっと、紛れようとしているところを助監督に見つかった。
「おい、君たちフラワーズの子たちだよな。そうだそうだ。てめえら、何を勝手な行動してんだ。」
彼は自分のお手柄に少し気分を高ぶらせたようで、不必要な高慢さをもって接触してしまった。小波はそのような気配には敏感な子である。
「ぅあ? ハ・ウ・リ・ン・グ・フ・ラ・ワー・ズだ。ちゃんと言い直せおやじ」
ミナは小波の前に直ぐ飛び出して、その場を収めようとした。アキラも静かにそっと小波を背中からグイっと抱き締めるようになだめる。
「コナ、ミナにまかせよ」
助監督の癇に障らないはずはなかった。
「おやじだと? まだ三十になったばかりだ。なんだよ、其処のピンク! 謝れよこら」
「え~、おっさんですよ。
フッ、殺すぞ」
反射的に飛び出しそうになる小波を、アキラは更に強くそっとギュッとした。
「まあ、いい、オレじゃなくて、舞台監督に土下座だな」
抱き締めるようにしながら、どちらかと言うと男にではなく小波をなだめるように言った。
「えっ、この子にさせたら、結構、お偉い方が逆に土下座するかもですけど、知らないですよ」
「えっ?!」
あからさまに小物が見せる困った表情を滲ませた。
小波は一瞬、キッとアキラを睨んだがすぐ落ち着いたようで、声は張らないものの「すみません、では連れて行っもらえますか」と返してくれた。
アキラは抱きしめていた腕をゆっくりとほどいていったが、体から伝わる気配は静寂を取り戻していた。ほんの少しの間に感情をコントロールする小波にはいつも感心した。情緒の乱れで身を崩すことない強い人間だといつも思っていた。
「もし乱すとしたら才君か・・・・」ふと、あの少年の顔が浮かびはしたが。
少し間が空いたかに感じられたアキラを怪訝そうに見て、小波か突っつく。
「アキラいくよ」
「ごめん」
「なんか、ミナだけどマジで具合悪そうだな」
ボソッとアキラに伝え、すっと先頭に居たミナに追いついた。ミナは小波をかばって第一波を受け止めたものの、大人の恫喝に神経はだいぶ弱ってしまったようであった。
「もうちょい、頑張れ。あとはこっちにまかせな」
「うん、本当に具合悪くなってきたけど、いつものことだから。あとはコナとアキラにまかすから、好きに使って」
その言葉にアキラが食いついた。
「ひえー、本物の侍だな、お前は。体が震えた。よし、あとは看取ってやる」
ミナは頬を膨らましてにらんだ。
「なんか違う。そうじゃない」
舞台袖の入り口にいる男に助監督は声をかけた。
「名越さん。連れてきました」
無線で何か指示しながらちらりと無精ひげを伸ばして、髪はポマードでリーゼントをしっかりキメた男が振り向く。大きな声で話し続けながらミナの前に立ち止まった。じろりと目を睨みながらだが部下への指示はまだ続けている。
小波が不穏に、にやりと笑っている。アキラはさっきより素早く強く小波をギュッと押さえつけた。
リーゼントの先端がミナのおでこに触れるかまで近づくと微動だにしないままでずミナに向かい問う。
「さて、説明してもらおうか、リーダー。ロックなおねちゃんよ」
ミナは動けなかった。震えながら「まただよ、いつもこれだ、外見でいつも間違われる。助けてよ」そう懇願する表情があった。
「ハハハ、おねえちゃんはよけいだろ。ロック野郎でいいじゃないか」
小波は待ってましたとばかりにグイっと首を出し啖呵を切る。
「あ、なんだ? ピンクのお嬢ちゃんは」
羽交い絞めされている姿に怪訝な顔をして、。
「そこの二人はなにしてんだ。抱き合いやがって」
アキラは祈るようにしっかり抱き締めると
「アキラOKよ。少しぐらいガス抜きはさせておくれ。この場は理解したから」
柔らかな愉快なニコリに表情が変わって小波は言った。
「健気な女子高生をイジメちゃだめよって、位は言わしてくれませんか。どなたか知りませんが。さぞお偉い方なんでしょうが」
そして、小芝居を打ち始めた。
「女の子はいろいろデリケートで、どうにもできないことがあって。それを簡単に
説明なんか恥ずかしくて出来ないのにひどいです」
ミナが笑っていた。名越は気づいていなかったが助監督は一瞬気配は感じたようではあった。
「ステージをお前たちは壊したんだぞ」
アキラが続いた。
「おなかを壊したんです」
「誰が」
「みんな」
「嘘つけ、そんなこと信じるか。そんな奴らの態度がこれか、信じられる筈ないじゃないか」
「いててて」
棒読みに近い呻きの真似事をする小波を見てアキラは思わず目をつぶる。
「下手すぎる」心の声は届かず「いてててイタイイタイ」もっと続ける。
「信じられるもんか。事務局に言って失格にしてもらう。俺をなめるなよ」
「ちゃんとした理由があるのに横暴すぎます。うえーんえんえん」
小波の演技の横でアキラが続ける。
「信じてもらえないんですか」
「証拠もないしな」
すると、小波のクソ演技がピタッと止まる。
「証拠を見せろ? 目をコジ開けてやろうか。そんなに見たいんか」
「う、あっああ、そうだよ」
「ここで、しろと。させられてやるわ」
「え、え、何が」
アキラも続けた
「ロりだけでなく、ヘビーコアすぎる変態ですか」
「いやータスケテタスケテきゃー」
ミナも小波とアキラの悪ふざけの掛け合いに少し落ち着いたらしく、一緒にこの小劇団に参加してみた。
「うっ、おなか痛い、こんな立派な大人が公衆の面前で女子高生を辱めるなんて。あー、おなか痛いようコナあああ」
「ななんだと。え、違うわ。そういうことじゃない」
「あら、残念、ボクは好きなのに。してやろうか?」
その時の小波の左右のバランスが壊れたスイッチの入った瞳孔の重い光をアキラは見逃さなかった。
「お、お? 」
「あ好きなんだ。ばらさないから穏便にするか、ここでか弱いJKを辱めて捕まるのか」
「お前ら大人をバカにしやがって。嘘ばっかりいいやがって」
するとミナが脂汗を流しておなかを抑えて震えていた。アキラは舞台監督に詰めた。
「これでも嘘だというんですか」
「あ、名越さんでしたっけ。名前はしっかり覚えましたし」
スマホをかざして、さも録音をしているジェスチャー付きで小波は楽しみ始めていた。
「名越さんは、性癖を解消する為に、か弱い女子高生に恥をさらさせるんですか。ご趣味の為に」
自分で言っておいて「ふっ」とアキラにかろうじて聞こえる程度のかすかな強さで笑ってしまう。
「悪魔だな」アキラはミナに言ったが、彼女は限界らしく本気で言った。
「やばいやばいやばいやばい」
「わかったわかった。いや、そんな、君たちにセクハラみたいなことなど」
「あ、言ったよ、自分で」
「違う違う、全部俺の責任でいいわ。早くその子連れていけ」
「はい。すみませんでした」
「お、おう」
最後はやけに礼儀正しく頭を下げていったこともあり、遠くから見る感じでは舞台監督が注意をして心の広い大人の対応をしたようにも見えた。名越はすべての実情を知る助監督の首を絞めて言った。
「黙っておけよ」
ここまでを、優月は後日、金田マネージャーに聞いた。トイレから出てきたところからずっと後を追って、一部始終をこそこそとしっかり見届けたらしかった。
金田は、怒られた後の少女たちにも付いて行ったが、確かに一人の子の具合が悪そうで、まんざら嘘に思えなかったので、曲の件などについて聞くのも取り敢えず止めたことを,後悔していた。ただ、優月はそれよりもマネージャーに対して「キモっ」という感情が上回った。
ともかく、事件をその時点では知る由もなかった彼女は、出番のライブステージを無事に終了することは出来てホッとしていた。しかし、拍手と歓声が上がり緊張が解けると、この後、目の前に広がる清算の定めが襲って来る予感に動悸が激しくなっていた。
ライブ以外はずっと、頭の中で、あの着信のギターのメロディーが鳴っている。
「ようやく、会える」
もしかしたら彼もいるかもしれないし、少なくとも手掛かりがようやく目の前に現れることに鼓動は高まっていく。
「来たか?」
反対側から三人の女の子がステージに現れた。
「三人? みんな女の子なの? 」
セッティングのノイズも短く、演奏が始まった。

『この世に溢れるNOを抱え
庭を追い出されても世界は終わらなかった
君が人殺しだからって
正義の弱虫たちに追い詰められても
僕だけは逃げないよ

この世はあるがままに
YESで生きればいいんだよ
君は混乱した怒号の中でNOを歌うのか
ならば、僕は先に死のう
ゆっくりゆっくり
永遠の明日へ
僕はYESになる
空さえ見えたならevery.YES 
逃げなけい僕の足元every.YES 
花は永遠のちょっと先で咲くよevery.YES 』

優月はぽつりと
「原曲通り・・・・本物じゃん」
同じくして、金田の怒鳴り声があがり、アンプの音が故意に切られたノイズが会場に響いた。
照明も切られた。
「あいつら、マジでパクっていやがった」
金田が優月の下へ走ってきた。
「優月悪かった、すまん。くそ、オレはなんて善人過ぎるんだ。本当にいいやつすぎて泣けるぜ。ただ幸い、客はそんなに気付いてはいないみたいだ。多分な」
優月の肩を軽く叩いて、
「大丈夫、心配するな。どやしつけてやる。中途半端に歌詞を変えやがって。あれで許されると思っているのかよ」
優月はおなかが痛くなってすこし体をかがめた。
「大丈夫か、お前をこんな気分にさせたオレの責任だ。ちゃんと引っ張ってきて土下座させてやるからな。待ってろよ」
「か、金田さん、大丈夫・・・・
ごめんなさい、土下座をしなければいけないのは・・・・」
優月が顔を上げた時には既に走り去っていた。取り残された彼女の脳裏には、ボーカルの女の子の何とも言えぬ自信に満ちた特別な気配の笑顔が蘇っていた。初めから最後まで覚悟をもったアーティストであった。金田マネージャーによって演奏を妨害されようがそのようなことはどうでもよく、明らかに彼女の生きざまでの結果であるという、神の如く不遜な所作に見えた。
ステージに上がった時こちらを睨みつけていた気がした。何か強い決意を渡されたように、少し経ってから理解した。
「才はどこよ?」
そして、我に返った。金田が反対側のステージ袖で喚いていのが見えた。
「え、帰るって?
勝手にさせるんじゃないよ。何様だよ、クソっ」
部下を引き連れ関係者出口に走って行くのを見て、優月も追って行くことにしたが、直ぐに足が止まってしまった。
「もしそうなら、今日は逃げて・・・・欲しい。
会うのが怖い・・・・」
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