第27話

文字数 2,110文字

第6章
  闇の輪廻 1

日曜日の渋谷駅周辺はいつもと同じように込み合い、スペイン坂FM辺りは更に混雑しており、優月を乗せた車は中々進まなかった。金田は少し考えあぐねたが、このタイミングで聞くしかないと意を決して、上ずった声であったが勢いで聞いてみた。
「お、弟さんと連絡、付いた? かな? 」
「はい、あ、いえ。
もう少し待ってください」
静かに答える優月に金田は戸惑ってしまったが、アルバムの発売は明日と迫り、このまま何も対策をとらずに、日々をやり過ごすことはとても危険なことに思われた。ブレイクしたとはいえ確固たる地位を確立している立場ではないから、消えるのは一瞬だ。
金田は優月に弟がいることを、刑事が事情聴取に来た時、初めて聞いた。社長は知っていたようであったのに自分は知らなかった。
「他にも何か隠しているようだ。そういうことならば、俺も余計な情報は流さないでおくさ。場合によっては俺にも考えがある。
とりあえず、独自に調べるさ」
刑事たちが帰るとすぐに応募資料や過去のライブ情報などネットでいろいろ検索した。住所からは前のバンド名である「ヘブンズ・ドールズ」というキャバクラについてヒットするばかり。
「同じ名前? 結構、安易~。すぐに行ってみるか」
スマホの地図アプリを見ながら僅かな時間、界隈を歩いただけなのに強引で乱暴な客引きに絡まれ、金田は身の危険を幾度となく感じた。こんな場所で活動している人間が、本気でバンドをやっているとは思えなかった。最初から、優月を恐喝する目的で仕組まれた気にがした。
どうせ、社長に話してもまともに取り合ってくれないだろう。
社長の考えは、「優月が作った曲を弟が勝手に持ち出してあらぬ噂をたてている。それに対して姉はどうしてよいのか分らず悩んでいる。しかし、あの刑事の調べている事件に弟が絡んでいることは十分に考えられるので、早めに向こうと接触して金でも渡せばなんとかなる」そういう事のようであった。
スキャンダルにも揺らがない存在力を確立するまでには正直、今一歩ではあるからこそ、新しいアルバムが発売されれば、全てを吹き飛ばす後押しになると期待していた。
今回の優月のアルバムプロモーションは、数か月後の武道館公演に向けたもので失敗は許されない。金田にとっても大好きな作品であり、汚されてたまるかという思いも強かった。何としても真実を突き止めて優月を守らなければならない。誰よりも優月の再起を助けた自負があったし、信じてやってきた日々の為にも今は出来ることをやるしかなかった。
そのような状況でのマネージャーの思いは優月にも痛いほど伝わっていた。
彼もいろいろな情報を得てもいるだろう。それでも敢えて黙ってくれていることについても申し訳なかった。だが、この段階で何をどこまで伝えればいいのか、又は助けを求めてもよいのか、いろいろなことに決心がつかないのであった。
「金田さん、私はどんなことがあっても、今度のアルバムは出して成功させたい」
「俺も、同じだよ」
「私がどうなっても」
優月がどうかなったら、元も子もないのに何を言っているのか、今一つしっくりこないままに、金田は頭の中の整理し忘れた何かはないかと探す。
優月は言葉を選びつつも誠実に語った。
「社長は色々言っていますけれど、もし金田さんが疑問を持っていたとしたら、それが多分正しい事だと思います。私が知りたいような事も既に調べていたりすると思いますけど」
「あー、多少ね。知りたいけど、知りたくないような気がしてさ、正直、辛いというか、へこむぜ」
優月の表情は少し晴れ、そして決意を強くした。とその時、信号待ちをしている車のドアを叩く音が車内に重く響いた。
「危ないな、なんだよ」
優月に気付いた男が何か喚きながら、ネットの書き込みページが表示されているスマホをウインドウに押し付けた。
『優月のアルバムは盗作祭り? 』
「記者か。クソ。後で、ゆっくり話そう。ちょっと仕事が出来たな」
放送局に着くと、金田は優月を誰にも会わせないようにして楽屋に入れると、サブマネージャーにも誰も優月と接触させないよう念をして外へ飛び出して行ってしまった。
『優月の名曲は発売前にすでに歌われていた? 』
『連続傷害事件、犯人は優月のファン? 』
実際に、事が動き始めているのを目の当たりにすると優月は少し怖くなった。
「自分を失くしてしまってもいいのか。でも、もう二度と逃げちゃいけない」
呼び出しがかかると、ギュッと拳を握りしめてスタジオに向かった。
スタンバイ待ちのDJは既にいろんな情報が入っているせいか、態度はよそよそしかった。仕事でなければ、直ぐにでもいろいろ問い詰めてやらなければ気が済まない、そんな感じが露骨に表れている。
優月は気持ちを切り替え、スタジオの外の列の中に有るかもしれない、微かな望みを捜すことにした。
「来てお願い! 」
見学者の列は少しずつ動く。
DJが列の乱れを察して注意喚起をした。
「おっと、横入りはダメだよ。前が倒れたら危ないよ。大丈夫かな」
列が崩れると、その間に一瞬、少女が前のめりになりながら顔を出して、動じることなく優月をじっと見つめていた。
「あの女の子だ」
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