第27話

文字数 2,279文字

 日曜日の渋谷駅周辺はいつもと同じように込み合い、スペイン坂FMの辺りは更に混雑していて、優月を乗せた車は中々進まなかった。金田は少し考えあぐねた後で、このタイミングで聞くしかないと意を決して、上ずった声であったが勢いで聞いてみた。
「お、弟さんと連絡、付いた? かな? 」
「はい、あ、いえ。
もう少し待ってください」

静かに答える優月に金田は戸惑ってしまったが、アルバムの発売は明日と迫り、このまま何も対策をとらずに、日々をやり過ごすことはとても危険なことに思われた。ブレイクしたとはいえ確固たる地位を確立している立場ではないから、消えるのは一瞬だ。

金田は優月に弟がいることは、刑事が事務所に事情聴取に来た時、初めて聞いた。社長は知っていたようであったのに自分は知らなかった。
「他にも何か隠しているようだ。そういうことならば、俺も余計な情報は流さないでおくさ。
場合によっては俺にも考えがある。
とりあえず、ハウリング・フラワーズについてはもう少し独自に調べさせてもらうからな」

正直、ショックであったが、なんとなく、後押ししてもらったような気になってほっとしているというのが正直なところであった。心置きなく動けるのだから。
刑事たちが帰るとすぐに応募資料を基にネットでいろいろ調べてみた。住所からは「ヘブンズ・ドールズ」という暴力団がらみのキャバクラの店しか出て来なかった。
「同じ名前? 結構、安易~。ちょっと、行ってみるか」

スマホの地図アプリを見ながら僅かな時間、界隈を歩いただけなのに強引で乱暴な客引きに何度も絡まれて身の危険を感じた。こんな場所で活動している人間が、本気でバンドをやっているとは思えなかった。最初から、単純に優月を恐喝する目的で仕組まれたとしか考えられなかった。
だが、社長に話してもまともに取り合ってくれない。

社長の見解では、「優月が作った曲を弟が勝手に持ち出してあらぬ噂をたてている。それに対して姉はどうしてよいのか分らず悩んでいる。しかし、あの刑事の調べている事件に弟が絡んでいることは十分に考えられるので、早めに向こうと接触して金でも渡せばなんとかなる」そういう事のようであった。

スキャンダルにも揺らがない存在力を確立するまでには正直、今一歩ではあるからこそ、新しいアルバムが発売されれば、全てを吹き飛ばしてくれる程の力も得られると確信していた。
今回の優月のアルバムプロモーションは、数か月後の武道館の最終日に向けた大きなツアーにとっても失敗は許されないのだ。金田にとっても大好きな作品である。汚されてたまるかという思いも強かった。何としても、早く真実を突き止めて優月を守らなければならないのだった。誰よりも優月の再起を助けた自負があったし、信じてやってきた日々の為にも今は出来ることをやるしかない。

そのような、状況の中でのマネージャーの思いは優月も痛いほどよく分かっていた。
彼もいろいろな情報を得てもいるだろう。それでも敢えて黙ってくれていることも申し訳なかった。だが、この段階で何をどこまで伝えればいいのか、又は助けを求めてもよいのか、いろいろなことに決心がつかないのであった。

「金田さん、私はどんなことがあっても、今度のアルバムは出して成功させたい」
「俺も、同じだよ」

「わたしがどうなっても、世に出したいんです」

優月がどうかなったら、元も子もないのに何を言っているのか、今一つしっくりこないままに、金田は頭の中の整理し忘れた何かはないかと探してみる。
優月は言葉を選びつつも誠実に語った。

「社長は色々言っていますけれど、もし金田さんが疑問を持っていたとしたら、それが多分正しい事だと思います。私が知りたいような事も既に調べていたりすると思いますけど」
「あー、多少ね。知りたいけど、知りたくないような気がしてさ、正直、辛いというか、へこむぜ」

優月の表情は少し晴れ、そして決意を強くした。とその時、ドアを叩く音が車内に重く響いた。危ないな、と其方を向いた金田の目に、ネットの書き込みページを表示させている、携帯が窓にあった。

【優月のアルバムは盗作? 】

「後で、ゆっくり話そう。ちょっと仕事が出来たな」
放送局に着くと、金田は優月を誰にも会わせないようにして楽屋に入れると、サブマネージャーにも誰も優月と接触させないよう念をして外へ飛び出して行ってしまった。

【優月の名曲は発売前にすでに歌われていた? 】

【連続傷害事件、犯人は優月のファンか? 】

実際に、事が動き始めているのを目の当たりにすると優月は少し怖くなった。

「自分を失くしてしまってもいいのか。でも、もう二度と逃げちゃいけないんだ」
呼び出しがかかると、ギュッと拳を握りしめてスタジオに向かった。

スタンバイ待ちのDJは既にいろんな情報が入っているせいか、態度はよそよそしかった。仕事でなければ、直ぐにでもいろいろ問い詰めてやらなければ気が済まない、そんな感じが露骨に表れていた。
優月は気持ちを切り替え、スタジオの外の列の中に有るかもしれない、微かな望みを捜すことにした。直感というよりも願いであった。

「来てお願い! 会わなければならないの」

スタジオの状況を、多くのファンに見せる為に、見学者の列は少しずつ動く。この列に並んでいないだろうか。並んでいて、お願いだから。
DJが列の乱れを察して注意喚起をした。

「おっと、横入りはダメだよ。前が倒れたら危ないよ。大丈夫かな」

列が崩れると、その間に一瞬、少女が前のめりになりながら顔を出すと、動じることなく優月をじっと見つめていた。

「あの女の子だ」
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