第22話

文字数 3,265文字


HOWLING FLOWERS 2

 コンテストの翌日、優月の事務所では失格とした【HOWLING FLOWERS】に対して、法的手段も辞さない方向での対応が決まった。
先のあるミュージシャンの卵を、そこまで叩き潰さなくてもよいと優月は強く反論した。
マネージャーやスタッフは感情的にも許せないと息まいていた。いつもならば周りの意見は素直に聞き入れる筈なのに、頑なに拒否する優月の様子に事務所社長の豊田は何かを悟っていた。
豊田は出社してすぐにネット上で、ある噂が立ち始めていることを知らされていた。更に、警察が話をしたいので時間を頂きたいという連絡も時を同じくして入っていた。
ここ数カ月、ある暴力事件が都内で起きているらしく、次第に凶悪さが増していた。
初めのうちは、特定の地域での事例が多かったが、次第に目的というか犯人の嗜好が見え隠れする違和感を捜査関係者は嗅ぎ取っていた。
容疑者らしき人物はハミングのような声か呻きか、メロディーらしき何かを残していくらしかった。いずれも優月の歌に似ていて、ファンであるという噂が流れているようだ。
豊田は当初、「いい迷惑だな」程度の感情しかなかったが、優月の反応に胸騒ぎがした。
 マネージャーとスタッフを退出させ、自ら紅茶を入れる。優月はカップを置かれると、静かに話し始めた。
「しばらく、何もせずこのままにしておいてください」
「そんなに、深刻に捉えなくてもよいと思うが、危機管理の一つだから」
「そうじゃないんです」
豊田は優月の家庭の事情を唯一知っている人間であった。優月は彼には何でも話し、任せるようにしていた。
「弟のことです」
豊田はやっかいなことだと悟った。
「見つかったの? 」
そう口にしたが、頭には最悪の事態がよぎっていた。
会議室の外では金田が、中々終わらない話し合いにいらついていた。そのような時に、嫌な知らせがスタッフより耳打ちされた。優月の盗作疑惑がネットやツイッターで大きく騒がれ、遂には主要メディアに反響が飛び火しつつあるとのことであった。
「あのガキども」
金田が『ハウリング・フラワーズ』をネット検索にかけると、今日のライブ告知がヒットした。
そこに豊田と優月が現れ、「しばらく様子をみる」との決定が下されると、金田は即、反論した。だが只謝って頭を下げるばかりの優月に何も言えなくなって、その場は、分かりましたと話しを治めるしかなかった。
納得できる筈の無い金田は、そのまま事務所を出ると、ライブハウスへ向かった。
 ライブハウスの周辺では若い子達が残念そうに文句を言っているのが聞こえた。
貼りだしてあるボードに記された【HOWLING FLOWERS】の名の上に、出演取り消しと書きなぐられていた。
金田の部下が、「every,YES」は盗作の疑いがあるとライブハウスのオーナーに話してしまったようで、その件を言われたメンバーがブチ切れて帰ってしまったらしい。
金田は、上手くいかない状況に苛立ちながら、入場券を買うのも腹が立ち、強引に入店しようとして揉めてしまう。
騒ぎを聞きつけ出てきたオーナーは金田の傲慢な仕草に、威圧的な態度をとったが、大手の音楽事務所の名刺を受取ると態度を豹変させた。
「先々月位前にとったビデオ映像がありますよ」と手を掴んで引っ張っていくた。
「なんで、こいつらこんな曲出来るんだろうと思いましたけど、カバー曲なら分かるな」
金田はもう一度聞いた。
「これ、いつのライブって言いましたっけ?
そんなに前です? 本当に?」
優月がデモを金田に聞かせたより以前のことになる。
地上に上がると、出演キャンセルを知ったハウリング・フラワーズのファンは更に増えていた。金田は生の情報を少しでも知りたくて、誰彼となく取材を始めた。
もともと、【ヘブンリー・ドールズ】というバンドであったが、【HOWLING FLOWERS】に名前が変わってからガラっと音楽性も変わったらしい。それまでも、彼女たちの人気はジワジワと上がってきていたが、音楽面よりもビジュアルや立ち振る舞いからのイメージが先行していたようだ。
どうも正規のメンバーではないが、もう一人の謎のメンバーが演奏した数曲がすごいという声が早い時点で起きていたようだ。
「あるライブでさ、スリーピースのバンドなのに、ギターがふたつ聞こえて、どういうことって思っていたら、ステージのそでにある短い階段に座って弾いている男の子がいたの。上手いって訳ではないんだけど。自由であらゆるものを音で操るような非現実さが、聞き手の魂を奪っていく感じなのかな・・・・」
「名前は?」
「知らない。見た目もジェンダーレスな感じで、もう存在だけそこに居てくれれば、余計なことは聞きたくもなかったの」
「その子が作っているのかな?」
金田はすでに鳥肌がたっていた。
「一度、ちょっと話したの、『スロウスマイル』のカバーやってた時に。
優月好きなの? って。
でも「嫌い」の一言。
じゃあ、なぜ、カバーするんだろうって思ったけど、聞いているうちに、優月の方がカバーしたんじゃって思うようになっていた。その子がいなくなって、後から気付いたって言うか、変な体験だったな」
金田は立ち尽くしていた。我に返り、時間を取り戻すように煙草を探した。
あちらこちらから聞こえる会話すべてを聞き逃したくなく、焦りと興奮で足を縺れさせながら渡り歩いた。傍からは、酔っ払ったオヤジに思われて胡散臭いものを見る態度をされたが、事務所名を出すと、態度を変えて嬉しそうにいろいろ話してくれるのであった。
多くが、バンドのキャンセルについての残念な思いや彼女らに対しての熱い思いであったが、幾つかには興味深い話もあった。
「ハウリング・フラワーズだって、そもそもは盗人だって話だぜ」
「この辺りが地元で遊んでいる奴らは知っているよ」
「ストリートミュージシャンか、よくわからないけど、その誰かの歌だよ。聞こえてくるんだ」
「会った奴がいるのかはわからない。それぞれ、自分の求める姿で見えているとしか思えないね。ただ、街を歩いていると歌がいつの間にやら心の奥に染み入って、知らないうちに口ずさんでてさ、ダチにその曲何? なんて言われて、エ何が? て感じ」
金田はちょっと付いていけなくなった。
優月がハウリング・フラワーズをカバーしているという情報にも神経は小刻みな震えを強いている上に、更にそのハウリング・フラワーズが誰かの曲を盗んでいる?
「そう、そういえば。その後、よくパトカーや警察を目にするんだって。偶然だと思うけどね」
そんな意見も聞いたりした。
金田は居ても立っても居られない気分になって豊田社長に電話をかけると、こちらが話を始めるより先に「直ぐに戻ってこい」と言われた。
事務所に戻ると受付の子が目配せをした。「優月さんもまだ残っています。お二人にも話しを聞きたいという事です」
小さな声で手短に説明をされながら、応接室に入っていくと、男が直ぐ立ち上がり「新宿署の大島です」と言って頭を下げた。
刑事が言うには、ある事件において公表していない目撃情報があると伝えた。
詳しくは話してくれなかったが、「優月のファンか、場合によっては関係者に繋がりのある者も捜査対象になるかもしれない」そんな嫌らしく静かな威圧をしてくるのであった。
豊田社長は訳がわからないような表情をしたままであったが、肝心の優月は何か秘めた確かさがあり、刑事の質問にも上手く答えている。このような時の優月は、心をしっかりガードして何かのミッションを遂行しているプロフェッショナル。金田は確信した。
優月には秘密があることを。
大島刑事の話しぶりから推測するには、自分ほどの情報は持っていないようであった。
「あの街の人間は警察に対して素直にしゃべる人種ではないからな。だが、時間の問題だ」
優位に立っている自分の立場を思ってニヤつきそうになったが、唇を噛み堪えながら説明を受けた。その顔つきに大島は、人をおちょくるような口元の金田をしょっぴいて懲らしめたい気分になっていた。
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