第36話
文字数 1,160文字
部屋に入ってからも小波は優月に才を触れさせなかった。
優月も少し救われた気がしていた。手を離した当人が触れていいのか、彼女自身もまだ決着が付いていないから。
才に優月はゆっくり語りかけた。
「わたしは、あなたの曲を聞いて、わたしなりのあなたを想像して再生したつもり。なんとか力になりたい。全部わたしのせいね」
小波は割り込んで聞いてきた。
「才が殺した中元さんはどういう人なんですか? 」
優月はハンカチを一瞬強く握り、スーッと深呼吸を終えて直ぐに背筋を正してゆっくりと話し始める。
「悪い人ではなかった。こういう言い方すると誤解されるかもしれないけど。味方だと思っていた。初めて理解し合えた人のように思えた。だから、血は繋がっていなくても親子だと素直に思えた。同じ部族なのかな。
そういう面からすれば、才は異人さんのように思えて仕方なかったの。
私たちには理解できないことを、平気で目の前で悪びれもせず暴いて、現実を混乱させるやり口が分からなかったし。いつも、わたしよりも父に褒められるのも傷付いていたから。
私の方が優秀なのにと思っていた口惜しさ。
中元も私と同じ側でもだえ苦しんで生活を続けていた人間だった。
引き合っちゃたのよ。
仕方ないじゃない」
感情的に転ぶ優月に小波は冷たく吐く。
「きしょっ」
少女の一言で女は唇をかんだ。
「だって、そもそも比べる相手が悪いんよ。飛行機と車で勝ち負けもないじゃない」
小波の言葉に、ふっと笑って。
「分かるのが遅かったわね。彼の人生を目茶苦茶にした。遅いかもしれないけれど、私はすべてを捨ててもいい」
才は無表情で見ていた。
「ばあちゃん、そこにいるの」
姉ではない大切な見方を探していたのだ。
優月が小さくびくっとしたのを小波は見逃さなかった。
「おばあちゃんだけがいつもボクを守ってくれた。
それだけだ。後の人間はずるい」
才が再び、目を閉じ眠りについた様子を見ながら、優月は憑き物を吐き出すように話はじめた。
「あの時は、
助けられた事よりも、あなたに混乱させられることの方が恐ろしかった。体なんてどうでもよいと、それよりも、何もない心を暴かれ尊厳を蹂躙されるかもしれない恐怖に負けて、あなたを許せないっていうことにしてしまったのね」
小波は、この人間が才と本当に同じ遺伝子をいくつかでも持っていることが憎らしかった。
「あんた、最悪。彼の日々をむしるだけでなく、才の生きる為の本能を断ち切って才能を盗んだのよ」
裁判の時、母親も彼女も世間の常識で、的外れな箇所をむやみに恐れて保身の為に才の非道さを利用し、才が拠り所にしていた優しさを平気で踏みつけているのさえ気付かなかった。
優月はこの子が裁判の時にいてくれたら、あの人と組んで母と姉の語る悪魔像の非整合性をすっぱ抜いて、法廷で自分たちを成敗してくれたであろうと想像する。
優月も少し救われた気がしていた。手を離した当人が触れていいのか、彼女自身もまだ決着が付いていないから。
才に優月はゆっくり語りかけた。
「わたしは、あなたの曲を聞いて、わたしなりのあなたを想像して再生したつもり。なんとか力になりたい。全部わたしのせいね」
小波は割り込んで聞いてきた。
「才が殺した中元さんはどういう人なんですか? 」
優月はハンカチを一瞬強く握り、スーッと深呼吸を終えて直ぐに背筋を正してゆっくりと話し始める。
「悪い人ではなかった。こういう言い方すると誤解されるかもしれないけど。味方だと思っていた。初めて理解し合えた人のように思えた。だから、血は繋がっていなくても親子だと素直に思えた。同じ部族なのかな。
そういう面からすれば、才は異人さんのように思えて仕方なかったの。
私たちには理解できないことを、平気で目の前で悪びれもせず暴いて、現実を混乱させるやり口が分からなかったし。いつも、わたしよりも父に褒められるのも傷付いていたから。
私の方が優秀なのにと思っていた口惜しさ。
中元も私と同じ側でもだえ苦しんで生活を続けていた人間だった。
引き合っちゃたのよ。
仕方ないじゃない」
感情的に転ぶ優月に小波は冷たく吐く。
「きしょっ」
少女の一言で女は唇をかんだ。
「だって、そもそも比べる相手が悪いんよ。飛行機と車で勝ち負けもないじゃない」
小波の言葉に、ふっと笑って。
「分かるのが遅かったわね。彼の人生を目茶苦茶にした。遅いかもしれないけれど、私はすべてを捨ててもいい」
才は無表情で見ていた。
「ばあちゃん、そこにいるの」
姉ではない大切な見方を探していたのだ。
優月が小さくびくっとしたのを小波は見逃さなかった。
「おばあちゃんだけがいつもボクを守ってくれた。
それだけだ。後の人間はずるい」
才が再び、目を閉じ眠りについた様子を見ながら、優月は憑き物を吐き出すように話はじめた。
「あの時は、
助けられた事よりも、あなたに混乱させられることの方が恐ろしかった。体なんてどうでもよいと、それよりも、何もない心を暴かれ尊厳を蹂躙されるかもしれない恐怖に負けて、あなたを許せないっていうことにしてしまったのね」
小波は、この人間が才と本当に同じ遺伝子をいくつかでも持っていることが憎らしかった。
「あんた、最悪。彼の日々をむしるだけでなく、才の生きる為の本能を断ち切って才能を盗んだのよ」
裁判の時、母親も彼女も世間の常識で、的外れな箇所をむやみに恐れて保身の為に才の非道さを利用し、才が拠り所にしていた優しさを平気で踏みつけているのさえ気付かなかった。
優月はこの子が裁判の時にいてくれたら、あの人と組んで母と姉の語る悪魔像の非整合性をすっぱ抜いて、法廷で自分たちを成敗してくれたであろうと想像する。