第10話

文字数 3,067文字

クロスオーバー 7

 出場者がステージへと向かう場所とは反対側の袖。ミナは不安に襲われるといつもするように、アキラの手首を了承もなく握り、優月のスペシャルライブを見ていた。
『スロウスマイル』が終わると堪らずアキラの耳に口元を近づけ、「次の曲だよ」そう言って、ギュッと手に力を入れた。アキラはいつもなら振りほどくが、手首をくるっと返してスルッと滑らせてミナの長く細い4本の指を束ねるように握った。
「痛いよ。アキラ」
歓声が収まり、優月はトークを始めるようであった。アキラはミナの頬にキスして言った。
「ありがとうな」
「ギャッ、何?
気持ち悪い」
「お前がごねてくれたお陰でさ、いろいろアイツも整理出来たみたいだからな」
「あ? なんだよ、自分だけコナの身内感を出しやがって。どちらかといえばアタイのコナだよ。忘れんな。ずーっと言ってるけど」
アキラは振り払うようにミナの指を放った。
「ふっ。本当にお前は・・・・、力抜けるぜ」
「まあ、とにかくアタイの功績が正当な評価を得たんだから、今回は大目に見てやる。我ながら大したもんだな。ははぁーん」
アキラは少しあきれて目を細めたが、気を取りして聞いた。
「で、いつ気づいたんだよ」
「ん? 『every,YES』が『SAD,YES』と同じだってこと?
会場に入ってすぐさ。アキラもでしょ」
「ああ」
「コナはどうなんだろう」
「うちらと同じさ。一瞬動揺した表情をオレは見たからさ」
「え? そうなんだ。ねえ、なんで教えてくれんのよ。その一瞬を見たかったな」
「お前は誰? 」
「え、分かってるくせに。コナの世界一のオタクだ。あんたと違う」
「ふっ、ラヴは俺の方が凌駕している」
「まあいいよ。でもさ、コナのことだけど、うちらに曲がオリジナルじゃないことを打ち明けられなかったから、ちょっといつもと違う感じなのかな」
「それは別の問題じゃないかな。だから正直なところ、オレらがもやもやしていた、盗作じゃないかっていう不安は見当違いだな。だからさ、もしそれを感づかれていたのだったら、その方が小波を傷付けてしまっている」
「うん、それな。仲間にそんな風に思われたとか、コナは凄く気にするからな。あんなだけど、不誠実を何より嫌うもん」
「そう。でもさ、ミナのキャラがあるから、トイレの籠城がそこまで深刻にならずにお互いの意思を疎通できたからよかったんだ」
「うん、あそこで確かに明らかになったんだよな。アタイ、弱いからすぐ蒸し返して不安になるけど、結果としてよかったんだな」
「小波の表情がすべてさ」
「そうだね。コナは盗作疑惑なんて一ミリも頭にないんだよね。大事なのは、小波は本能的に才って子が本物であることを確信しているってこと。
たださ、現実的には才君が作った曲ってことを証明するなんて優月を前にしちゃあ、勝ち目無いですね、はい」
「それな。
だから、君は論理的判断ではないけど感情的に我慢ならずに、すねたと」
「拗ねたわけではないよ」
「ワリイワリイ、いじめるつもりはないから怒るなよ。さっきから褒めてるんだ。そんなに欲しがりなさんな。
ただ、もう小波もスッキリしたと思うぜ。オレらに変な気を使って、アイツらしくない決断をせずに済んだから。多分、このコンテストは落とされるからさ」
「だね。少なくとも、優月の方が、なんか察して、その新曲やらなきゃいい、ぎゃあ」
「お前ら、よりによって、優月さんの曲をまねたのか」
二人のあいだにいつのまにかリーゼント頭を割り込ませた名越の出現に、ふたりは同時に横へ飛びのいた。
「ゲっ!
おっさん」
「おっさん、ってなんだよ、この野郎。ふっ、まあ、いいや。それより、盗作って噂は本当か?」
「噂? ちなみにアタイらのバンド名と同じ曲だって、ずっと前から知ってるよ。この曲はギターの子がファーストインプレッションで聞かせてくれた、すべての始まりの瞬間のメロディなんね、なごっちさん」
ミナが少し斜に構えてポーズ取りながら笑う。
「なごっち⁉ あぁア⁉ まあ、いいや、その盗人ってピンクの奴か」
「違う。今日はちょっといないけどね。それに盗んじゃいないぜ。あと近いんだよ、おっさん」
アキラはかわいい顔して言い方がキツイ。
「お前らなあ、オレは舞台監督だぞ。それにしても、なんか二人は外見と逆な感じでビックリするわ。嫌いじゃねえがな。
それはいいとして、大人から忠告だぞ。ちょっとした言葉で心象を悪くして、正当な評価を逃すこともあるんだぞ。今日なんて一番気にせにゃならん大事な日だろ。審査にだな、影響すっぞ。
イヤっ、うっ」
名越は思わず軽く喘いだ。
「ピンクピンク言わないでくれません? 」
あばら骨の下のメタボでたるんだ肉を指で小波はリズムに合わせるように暫くつっ突いていた。
「う、う、う、なんでみんなこっちにいるんだよ。反対側だろ。この後出る袖はあっち側だっつうの」
「むかつくから優月の顔なんか見たくないってさ」
アキラも肉を突き始めている。
「なんだよそれ。盗まれた方の言い分みたいじゃねえか。この曲をお前らやるのか」
三人は返事をせず『SAD,YES』を歌い始めた優月を見つめていた。名越も同じように黙って曲が終わるまで黙っていた。
歓声が上がるとまず名越が口火を切る。
「いい曲だな。きれいにまとまっていて聞きやすいし、心も込められている歌声もいいな」
「ねえ、この曲で名越さんはムズムズするんすか? 世代的に洋楽を聞いてたんじゃないの? こんなんで満たされちまうんすか。こんなんで漏れましたか」
「え・・・・、丁度ハザマってとこだ。そんなにおっさんじゃねえわ」
ニコリともせず小波があの独特の左右温度の違う瞳でじっと名越を見据えた。
「サイダーで死にたい気分は消えない。おじさまの体で答えを出してね」
にやりと不敵な笑みが滲んだが幻であったかのようにスッと消えた。小波は反対側にはける優月を見届けて振り返ると。
「もう行きますから」
「ま、ま、待て。セットチェンジして、調整しないといかんだろ」
ピンクの髪を指先で整えながら小波は答えた。
「優月のバンドセット使わせてもらいますんで。同じ条件で世界を変えてやりますよ、名越さん。それにさ、多分、ごちゃごちゃカオスになっちまうしね。ヒヒヒッ。
すぐプレイ始めるので頼みますね、舞台監督さん」
名越はハッとして聞く。
「やるのか、本当に」
「おっさん、無粋だぜ」
アキラとミナがにやついてからかってくる。
「なごっち、アタイら行くから」
「お前ら二人は俺をなめてるだろ、ピンクを見習え」
ミナが少し外見に合う感じですごんだ
「ピンクじゃないよ、やめなさいね、なごちん」
アキラも童顔の魅力をいかすように
「パパ、小波姫ってお呼びしてお世話して欲しいでちゅよ」
アキラとミナはヒヒヒッヒと笑いながら、すっと背伸びしてストレッチする小波にピースサインを見せながら、先にステージへ出て行った。
「おいおい、マジかよ。
しょうがねーな、坂本いるか、名越だ。
わりーが直ぐ次のバンドを始めるぞ。
あ? うるせーなすぐだよ。照明も音響もすぐにスタンバイしてくれ。
『HOWLING FLOWERS』がもうステージに出ちまっているの見えるだろ。司会なんかほっとけ。特にピンク頭の動きをロックオンしといてくれ」
名越は武者震いをした。少し外れそうになったイヤモニを強く押し込んだ。
「面白れぇ。ピンクよ。見せてみろよ」
小波がアキラとミナに合図をして演奏を始めるまでの静寂の中、しっかりとアイコンタクトを名越にもした。その瞬間、おじさんは仲間に入れられている恍惚を少し味わっていた。
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