第8話

文字数 1,907文字

桜木小波は才が居ない状態でコンテストに出たところで、つまらないなと思い始めていた。
「意味なくね」
虚しい感覚を誤魔化すことなんか出来ないと、コンテスト参加者の控室に入ってからずっと上の空であった。

「あ、あれ、優月じゃない、ねえねえコナ、見てみて」
アキラは小波に必要な時間を静かに見守っているのに、空気の読めないミナは肘で突っ突く。
「おい、ミナ、そっとしときな」
注意されようが興奮は収まりやしなかった。
「え、だって、だって、出場者に声を掛けに来てくれたんだよ。ツーショット撮ってもらえるかもよ」
小波は二人のやり取りに引っ張られる感じでミナが指さしている方向に目を向けた。
「あー、思ったより小さいな」軽く思いはしたが、鳴り始めた着信を告げるスマホを辿る事の方が重要であった。騒がしさに行方がはっきりせずに焦る。このメロディーは才からの着信の知らせであった。
「あれ、携帯何処だ、アキラ知ってる?」
「さっき、ギターケースに突っ込んでたよ。だからそっち側じゃないのかな。あ、ミナのケースの下じゃないかな」
「さすが」
少し離れた大きな持ち物をまとめた置き場へすっ飛んで行く。
「コナ、生ユヅキ見えた? ほら早く見てよ。一緒に写真撮ろうよ。電話なら後で掛けなおせるけど、ユヅキとツーショットをさあ・・・・」
ミナはしゃべり続けている。
「おい、小娘、未だ言ってるんか、姫を邪魔すんなって。そんな奴にはアイアンクロウだ」
「ギャー、アキラやめて。それに、小娘じゃねえし」
「あ、ごめんよ、デカい姐御さんでござんしたね」
と言って足払いをして馬乗りになる。片手を首に添え挟むように掴み切った完璧なアイアンクロウにミナは三回床を叩いてすぐ降参した。

そんな茶番に小波はお構いなしで、ガタゴトとケースを焦っている。
「なんでミナの奴、こうも持ち物にジャラジャラいろいろ付けるんだよ。邪魔くさいったらないな」
待ち焦がれていたのに、一度切れてしまったら、掛けなおしても出てもらえないかもしれない。ミナの小物が小波のスマホに絡む。
「おい、こら、ブタ抱き着くな。人気のブタ君のキャラクターだか知らないが、なんでこんなデカいぬいぐるみもどきを付けるかな」
何とか邪魔者をほどいて受信ボタンを押した。
「もしもし、才君? 」
声は平静を保てていたがスマホを持つ手は震えている。
「おーい、あ、聞こえた。ごめん、忙しかった? 長く鳴らしちゃった」
「ありがとう。危なかったんだ。手元になかったから」
「・・・・うん・・・・」
静寂にポツンと発せられた一言には意味深な波長が感じられる。
「まだ間に合うよ・・・・来ない?」
「ふふ・・・・
ちょっと待って動画送るね」
才が見上げている商業ビルの大型ディスプレイが映しだされた。
「ほら、見えるかな。小波さん。なんか、似てるの歌っている人いんだよね、あはっ」
「偶然でしょ。そういうこともあるよ、そうでしょ」
わざと冷静を装って答えたが、才は何も答えなかった。
「演奏やめた方がいいかな」
小波は自分の声が弱弱しくてびっくりした。その後の言葉が出ずに沈黙が続くと才は優しく緩やかに訊ねた。
「そっかあ。タイムテーブルはどっちが先なん? 」
「スター様かな・・・・」
「感じるままに、やるもやらぬも、面白がって遊んでくればいいよ。
それが、僕も楽しいかな」
才の話す優しいリズムがそのまま小の波をギュッとして、何者かに変身させてくれる気がするのであった。
「ねえ、才。一緒に優月をぶちのめさない・・・・の?」
「あははは、おもろい。
フフ、関わりたくないから、
なんか面倒くさいからさ。ごめんなさい」
才の息遣いの向こうでパトカーのサイレンがなっていた。そして突然切れた。
「えっ、才君⁈ 才! 」
優月は一瞬、そのまま才がいなくなるような気がした。

「落ち着かなきゃ。でもこの不安は許せないや。
クソ、ちょっとだけでも演奏してケジメつけんと、
うんち君じゃん」
ミナとアキラのプロレス大会は終わり、気持ちの良い程度の疲れをまとってふたりは小波の下にやってきた。
小波は二人を見てプッと笑った。
「何やってんの」
ミナとアキラは小波の笑顔にホッとした、とんだ悪ふざけがクイーンを救ったので報われたことをアイコンタクトでお互いを称え同時に小波に飛びついた。
優月のポスターを睨みながら二人の耳元で小波は言った。
「出る前に二人もこれを聞いて」
イヤホンを片方ずつ二人の耳にギュッと押し込んで才のオリジナルのデモ音源であるevery,YESを聞かせた。

「楽しく、死のうぜ」
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