第40話

文字数 2,525文字

「おい、坂本どういうことだよ。なんで、リストを半分に減らすんだ。優月にとって大事な武道館ライブじゃないのかよ。ライブ始まってるじゃねえか」
優月の歌声が響く中、坂本は名越の耳元まで顔を近づけ答えた。
「いや、俺もそんなの急に言わないでくれっていったんですよ。金田マネージャーが、名越さんは断らないって言って逃げちゃいまして」
「あいつ、俺に恨みでもあるのかよ」
「あれじゃないですか、新人のコンテストで、名越さんが暴走したやつ」
「うっ。根に持っていやがるのか。でどうすんだよ、空いた時間は」
「さあ、わからないっす」
「くそ、今どこにいるんだよ。探しにいくぞ」
面倒くさそうにPA席を離れてアリーナから外へ出て、ステージ裏へ向かう。突然、名越は背中に重みを感じた。
「おいバカ、坂本ふざけるな」
「なごっち、生きてた? 」
「クビちょんぱされて、無職じゃないんだ、ぐひひひ」
聞き覚えのある2色の声が聞こえた。更に、その後ろから届いた声が嬉しい記憶を甦らせる。
「才、あの髭のおじさん見た目は汚いけど気持ちは清々しいんだよ」
「お、ピンクじゃねえか」
アキラと、ミナをしょったまま小波のもとへブルドーザー並みの勢いで向かった。
「なんでいるんだよ」
「そっちこそ。よかったよ、クビじゃなかったみたいで」
「なんだかんだ言われても俺の仕事は完璧だからな」
アキラは意地悪に言った。
「そうか? 意外と世渡り上手なだけじゃね。あ、ぎゃああ」
名越は手加減をしながらもアキラを床に振り落とした。対照的にそっと手を添えて優しく降ろされたミナは名越をかばった。
「すごい紳士だよね」
「当たり前だ。おっと、それよりどういうことだ」
名越は小波の隣に立つ性別不明の人間に目をとめた。
「彼がうちの天才。才」
「てんさいさい? 女? 」
むっとして小波が答える。
「男の子よ。なんか、そういうこと言う名越さんは嫌いだな」
「いやいや違う。美しすぎて」
アキラは起き上がりながら憎まれ口を言った。
「ご趣味の広いオジサマなこって」
「起ころうとする前にアキラは悲鳴を上げ、すぐに謝った。
小波がアキラを蹴っていた。
「そうだな、ごめん」
謝るアキラを小波はすぐ引き寄せ頬にキスをした。
「許す」
その様子を見ていたミナが声をがける。
「はーい、今日もハウリングフラワーズは仲良しこよしの最強バンドですよ。おじさんもついでに」
「名越さん顔が赤いですよ」
状況を目撃していた坂本がニヤニヤしていた。
「うるせえ。先に言ってマネージャー探しとけよ」
慌てて坂本は逃げていく。
「後でシメてやる。それよりお前らなんでここにいるんだよ」
小波が口火を切った。
「うちら、この後ステージに出るの」
「え?」
有能な舞台監督はしばらく沈黙していたが、すべてを理解したようだ。顔を精悍にした名越が小波に手を差し出した。
「まかせろ」
小波は無視した。
「え? え? 」
かわいそうに思って手を差し伸べるミナより先に手が横切る。
「よろしくおねがいします」
才が握手を受けていた。
名越は可憐な少女のような印象と相反する乱暴に扱われたような哀しい手の感触に愛情がぽっと咲いた。
「あ、お願いします」
ミナも思わずツッコミをした。
「乙女か」
「アハハ、よろしくね。躊躇してごめん。名越さんもチームだった」
小波は握手する二人の上に手を重ねた。ミナとアキラも続いた。
 「ついて来い」
名越は先頭に立って舞台袖に向かった。途中坂本から無線で連絡が入る。
「金田さんを捕まえました。演奏後優月さんからファンへの話をするようです。そのあとに「ハウリング・フラワーズ」ってバンドを出すと。どうしますか」
「了解したと伝えてくれ」
「マジですか? 」
「ああ、また後で指示出す」
「了解です」
ステージに上がる階段の下で、名越を真ん中にして自然に円陣を組んで打ち合わせをし、すぐにメンバーはセッティング始めた。名越は一発勝負の緊張感に身震いをする。この状況ではプログラミングも間に合わない。ライティングや音響においても経験勝負になる。
腕を組み戦略を練る名越の前に小波が来た。
「あの、シンプルなライティングでお願い」
「かっこよくするぞ」
小波の横にいる才が言った。
「必要ありません」
「なんでだ? 」
「剝き出しですべてを晒さないと死にたくなる。音楽のために己を捨て、空に投げ捨てないと」
小波と名越は少年をじっと見つめている。
演奏が終わり、優月の話す声が聞こえた。観客のどよめきが続いて響いた。
「名越さん終わりましたよ」
坂本から無線が入った。
「わかった。優月の話が終わったら暗転にして3分後に客電を点けてくれ。それでいく」
「いいんですか」
「その分、機材や音響は神にしろ」
「OKです」
名越は「ハウリング・フラワーズ」に向かって指示する。
「暗くなったら、ステージへ出て準備しろ。3分後に客電をつける。いいな」
「ありがとう」
ピンクのパンク少女は無防備な笑顔を見せた。
「お、おう。成功させて、次への花道を演出してやる」
ミナとアキラは答えた。「当たり前」
その横でふたりは静かに他人事のようにしていた。
会場が暗くなった。ステージの反対側の階段を優月が降りるのがぼんやり見えた。
「事件でなけりゃロックじゃないからな。さあ行ってこい」
名越は、小波が才の頭を抱き寄せると、頬にキスしたのを目撃した気がした。
「ハウリング・フラワーズ」はステージに上がり暗闇の中、時を待った。
客席は何が起きているのかわからない不安の期待で低いざわめきが渦巻きなっていた。メンバーが各々チューニングで音を鳴らすごとに空気の圧力がまし、非日常の蜃気楼が沸き立つ。
そして、何のマジックを生まないただの客電がつく。その瞬間無音になる。
期待がそがれたような。怒りのような。侮蔑のような。
一万人の視線がメンバーに浴びせられた。
名越とじゃれあっていたアキラとミナはそこにいない。さすがの小波も少し身を引いた。
「まずい。これは」
そして才を見ると、初めて見る強い気配を放ち次の瞬間ペロッと舌を出し、腰をゆらりと回す。才の静謐な血の香る軋む「スロースマイル」のメロディーが会場に充満して、オーディエンスは未知の欲情に悶えているのを小波は理解して、
羊たちに告ぐ。
「目を覚ませ
ショウは終わりだ」
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