第28話

文字数 2,419文字

 スタジオの外の調整室で、「あっ」と驚く金田の顔が見えた。しばらくして、見学者の列の隙間から走っていく金田の後ろ姿が見えた気がした。

「いたぞ。クソ、どいてくれ」
列から遠く離れ、ビルの裏手に逃げた少女を金田は追っていく。角を曲がると少女はゆっくり歩いていた。すぐに追いつき、威圧的な声で肩に手を掛ける。
「ちょっといいかな」
次の瞬間には空が見えていた。
だが、離しちゃいけないと必死で今度は足を掴みながら。
「待って、優月が会いたいって」
咄嗟に出まかせを言った。だが、マネージャーは優月の本心はそうであろうと思っていた。

ウアっ

小波は顔面に振り落としかけた足をヒュっと留めた。
「ゴメンなさい」
意外に素直な反応だった。

金田は少し尻を打ったが、他は痛みも無く立ち上がる事が出来た。慌てて立ち上がり周りを見回したが、こちらを心配して警備員が一人走って来る位で顔見知りは誰も見当たらない。無様な姿は見られていないことに取り敢えずホッとしていた。
「一緒に来てくれるかな」
金田は少しずつ冷静さを取り戻し、後ろから付いてくる少女に声を掛けながら、何気に身体全体を、回数を分けて見回すのだった。

「名前は? 」
「そっちは? 」
「優月のマネージャーの金田です」
「演奏途中で電源切った人ですね」
いけね、そうだったと頭をかいて、苦笑いした。

「まあ、その時はもう演奏は止めていたかもだけどね。意味を失くしたから」
パンクなピンクヘアと鋭い眼光に緊張するが、意外と小さいし、言葉の温度は優しく、不思議な魅力があるとすぐに認めてしまった。
「桜木小波です」
そう、金田はミナを小波だと思いこんでいた。もっと、ロック姐御の印象があったから。

「でも待てよ、ヘブンズ・ドールズ・・・・、桜木って、花菱会の桜木組じゃねーか。
オイオイ扱いを間違えたら埋められちゃうの? 
なんだったら、このまま帰しちゃおうかな、どうする?」
胸の内は人生で最大に騒がしい事態である。

そして、いろいろ頭の中を巡らせた金田はちっぽけに厭らしい奴全開で。
「もうじき、終わりますので、なにとぞ、御ゆるりと車の中で待っていてくださいませ」
下手が過ぎる敬語に小波を逆に警戒させる。
「拉致ル気か」

そう言われて、金田の方が倍返しでゾッとしてしまった。
「そんな、お譲さまにたいして、まさかそんな恐ろしいことを。だって、メルアドに今日の優月のスケージュールを送り付けた証拠が残っているんですよ。滅相も御座いません」
小波は歩き始めた。金田というおもしろい玩具を手に入れてニヤ付いた顔を隠すのに必死ではあった。

「行きましょうか」と小波が言うと素直に金田は「はい」と素早く返した。
「少し前、店の辺りをうろちょろしていたみたいですね」
「え、あら、いやだなあ。ハイ、気付いていらっしゃいましたか? 」
「あそこ、どこだと思ってんのよ。気を付けてください。数分の間に、あちらこちらから連絡があったんだけど。ほっておいていいからってわたしが言ったんですよ」
金田は何人かにそれとなく聞き込みまがいをしただけであったが、ヤバかったとゾッとした。あれ以上深入りしないでよかったと、自分の弱虫に感謝した。
「では、こちらでお待ちくださいませ」
金田はバンの扉を横に引いて開けると、手を差し伸べて乗りこむ手助けをした。

「これが、優月の車か。豪勢なこと」
小波は車内をじっくり見まわした。ちょっと前までならば興奮して、我を忘れていたかもしれないが。今となっては、才の姉であり、才につながる道のひとつにすぎない。
「才は大丈夫だろうか。
会いたい。あれから会ってない。
なんで?」
悲しくなった。
こんな悲しみが訪れるとは思いもしなかった。

車内では優月の生放送が流れていた。
ゲストコーナーが終わると直ぐに、光の気配がさっと広がった。
「初めまして優月です」
ぺこりと小波は頭を下げた。

「早く会いたくて、何度か押しかけたくなったんだけれど、確証なかったから。でも、正しければ、会いに来てくれるような気がして。ずっと待っていたの」
「マネージャーさんの誘いにのりました」
「ああ、そうなんだ」
マネージャーを探して車の外を見る。

小波は構わずにCDを小波の胸元に突き出した。
「あっ」
小波は発作的に突き刺すように押し込む。
「才くんが参加してます」
「い、イタイわ。彼は元気?」
小波は謝らなかった。
「それはどうか分からないかな。最初に出会った時から、壊れてるけど、死なないで動いているって感じからは元気になったと思うけど」
「彼はここに来たことは知っているの?」
「知らないです」
「嫌がるでしょうね」
「敵だって言ってました」

今日の小波は、嫌みの一つも言いたい人間になっていた。
優月はやさしく笑ったが、消え入る寸前の表情であったので小波は少し悔んでしまうが。
「聴いていい?」
「そのつもりで持って来ました。
ごめんなさい」
優月は微笑み、運転席に座った金田にCDを渡してかけてもらうことにした。

プレイボタンを押して席を外そうとする彼を引き止めてドアを閉めさせた。
「一緒に聞いてください」
「よろこんで。あの、お嬢様うちの優月がそのように申しておるのですが、よろしいでしょうか」
「え、いいよ」
思わず敬語を忘れてしまった小波は急に笑った。
「ヒヒヒッヒ。この人おもろっ」
「でしょ」
優月は場が和んだのにホッとした。様子を確認して、丁度良いタイミングで金田はプレイボタンを押す。

 不思議なコードの独自なリズムのカッティングに金田は少し戸惑ったが、そこに小波のハミングのようなメロディーが重なり、ベース、そしてドラムがそれらの合図で遅れて入り、いつから存在しているのか判らない柔らかなカオスが旋律を整える狂気をまともに食らった気がした。
優月は自分の見る目の無さを過去の記憶から思い出して悔んでしまったが、その感情の裏返しこそがこのCDを理解出来る特権にも思えるようになった。


「感情的な判断以前の季節。私にも在った証拠じゃないか」

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