第24話

文字数 2,382文字


     スロウスマイル 2

「バンドのことはよくわからないけど、いざ向き合ってしまったら面倒くさいこと言うかもしれない。それでも大丈夫? 」
臆病な子猫のように伺う才に対して小波は間髪を与えずに答えていた。
「当たり前だよ。うちらを好きに使ってくれ。味方だし、仲間になるんだ。嫌? 」
「迷惑をかけたくないから」
「今更、何を言うんスか。もっと、くれてみな」
才を囲むように床に座っていたアキラは軽く口角を上げてニヤリと笑って言った。ミナはシルバーアクセサリーだらけの右手を挙げてピースサインで応えた。コンテストでの演奏中断事件の翌日であったこともあったのであろう、みんな直ぐにスイッチが入ったようだ。
「遠慮すんな」
念を押すようにアキラが才のすねを蹴った。その時の気を許した彼の表情にアキラは一瞬頬が高揚したのを感じたが、小波に隠すようにそっぽを向いた。
先ず、才にとっては甚だしく既製品の極みな優月によって発表されている曲から手を付けたいと思った。
「ピアノで弾いてみてから、イメージを呼び覚まして、掴み戻したいんだ。あの人の声がこびり付いてるからね」
乱暴さなど微塵もない、あまりに穏やかなしゃべり方にぼんやりしていたが、
「え、ああ、キーボドならうちにあるよ」
慌ててミナは答えた。
才は彼女に視線を合わせる。
「ピアノの音がいいな、出来れば」
懇願するような表情で凝視されて耐えられなくなったのか、ミナはアキラに助けを求める。
「えっと、アキラ、どうしようか」
才は順番に少女たちと目を合わせていく。
「いいアイデアがあるぜ。今から行こう」
アキラが何か閃いたらしく、ミナをニヤリと一瞥しながら続けた。ミナが怯えて見返す。
「試奏をするには最高な場所があるんだ」
ミナの嫌な予感が現実のものになるようだ。
 アキラが目星をつけた場所は音楽教室を併設した一般人向き楽器店だった。歩道からガラス越しに中を軽く覗いたアキラは、ミナの背中をおしながらドアを開けさせショールームに突入した。暫く、抵抗していたミナも店員と目が合ってしまうと、逃げる選択は無いと悟って腹を括った。
「分かった」
それを聞いた小波はミナの虚を突く形でハグした。
「はい、姫、喜んで」
ミナは使命に燃える戦士の面持ちで店員に立ち向かって行った。
小波はスマホを取り出し撮影の準備を手際よく始める。
「それぞれ、Aメロ、Bメロ、サビまでのセットのメロディーラインを出来る限りやるから。ミナさんの頑張りにかかってるけど、いけますか」
マイペースに事を進めていた才が小波にちいさな声で言った。
「やるときは格好よく結果を出せる子だから大丈夫。いい? いくよ」
小波は少し微笑んでレンズ向ける。
「先ず、『スロウスマイル』から」
ファーストタッチ、その瞬間から音はあるべき姿でメロディーとなって、店内の空気を一変させてしまった。どこにでもありそうで、だれでも口ずさめる単純なメロディーなのに、いままでたくさんの音楽家に見逃されて存在していなかったことが理解できない如き旋律。プロと呼ばれるミュージシャンでさえ簡単には手に入れられないし、いつもスルッと逃げていってしまう旋律が、世間から排除され追われるこのイケナイ少年の掌で泳ぐ。
演奏も胸に迫る表現力があったが、才の歌声が、詩が、あらゆる気持ち良さのポイントを押さえながらも、裏のリズムでチラチラ見える不穏な色気を滲ませる。アキラは小波の肩を抱き、一緒に才の手元が見える所まで寄っていく。
いつのまにか店員の方から強面のロックな少女にびくつきながらも「不思議な『スロウスマイル』ですね」と声を掛けてくるほどまでにビル全体を包み込むほどに魅了している。どうやって声をかけようかと作戦を画策する必要が無くなったミナは自分の手柄のような顔を友たちに向けてみた。誰も見ていなかった。
小波は才の言葉にも心震わされ、彼の内側の世界が外界でそのまま存在できるようにこのメンバーで一緒に作り上げたい衝動がこみ上げていた。ショールームに満ちたこの空気感をさらに鮮明な形で彩るアイテムの一つとしての役割に徹してもいい。逆説的にいえば、才によって他の三人が持つそれぞれの資質の色味を使い切って描いてもらいたいということでもある。その境地に辿りついたならば、情欲に近い衝動の導線の荒ぶる束を蠢かせ捉える【HOWLING FLOWERS】のトリップが始める事が出来るに違いない。
「優月の曲かと思ったけど違うな」
小波はどこからか聞こえる来店客の声に振り向いた。
「どこで聞いたんだっけ」
別の声も聞こえる。それぞれが自らに問いかけている様子が窺えた。
最初の曲の演奏が終わると孤独なミナはやけになって店員に大袈裟な芝居を打ちだした。
「あの子、音楽の才能があるって言われて進学したんですけど、父親の事業がうまくいかなくなって、練習するにもスタジオを借りる余裕もないんですよ。しかも、デモ音源を送れと言われてもちゃんとしたレコーディングもさせてもらえなくて、今日も、自暴自棄になっていたら、外から見えたピアノを見て、最後に弾ければどんなにこの人生幸せな思い出として残せるかって言うんです」
店員の女性は素直に信じ込んでしまったようで顔を上気させ店長を呼びに行ってくれた。
彼女の話術でもなんでもなく、才の何物をも信じさせてしまう旋律が店内には満ちており、二階にあるスタジオ代と自主制作のレコーディングを世話してもらえるようになった。
流石に小波もアキラもふざけた話に噴き出しって笑っていた。でもすぐに真顔になった小波はミナの下にかけて来て「やるじゃん」そう言って「ぎゅう」と抱き締めた。
才をバンドに集中させて暴力からも隔てさせて、衝動を音楽に繋げる事が出来るようにしたかったから、小波は話がうまく運んだことに泣きそうであった。
もちろん、おくびにも出さないが。
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