第14話

文字数 5,351文字

『被害者となられた養父によって、母子家庭となった被告の家庭は経済面においての問題も改善された様に思う。しかしながら、被害者の被告人に対する関係性においていくつかの新たな問題を生じさせた事実についても看過出来ない面がある。未成年の未成熟な心身に対していささか過剰な体罰ともいえる教育的指導が日常的にあったこと。犯した犯罪の責任を問うことは当然であるとしても、責任を全てかような虐待を受けた被告人に対し、その生命をもって償わせることによって事足りるとすることは、酷に過ぎないであろうか』
裁判長はゆっくりと殺人罪に問われた少年の瞳をじっと見つめ、判決に対する思いを語るように求めた。顔のない傍聴人たちがひそひそ騒がしい中、才は落ち着いて答える。
「こんな獣に対して、十分すぎる理性をもって向き合ってくれた判決文に腹が立つことなんて無いです。この後の人生では絶対的意義を成す為に生を謙虚に受け入れ、明日の希望の民たるあなた方の信じる者の為に、祈らせていただきます。
だけど、そう思っていても、僕は自分を見ない訳にはいかないようなのです。
なぜなら僕は美を持っています。
自然に逆らうあの瞬間に美を目の当たりにしましたが、己の人格は粉砕され、自然に戻ってしまったのです。
やっぱり思うんです。知識があって理性があったところで、たかが知れているってね。
14歳の殺人者が美を常識から外した市民の代表者を許します。
いけないだろうか、間違っているのだろうか。
正義の狂気が恥辱にくるまれたその肉を自らの口に運ぶのを止めただけなのに」
「被告人黙りなさい」
「では、これからは歌うように踊ります。この肉を生きるために捨てる軽業師はいかがでしょうか」
「才、黙って私を抱き締めなさい」
裁判長が服をはだけさせ柔らかくしなって挑発する優月に変わっている。そして、傍聴人にペンライトを振らせて『SAD,YES』を熱唱するのであった。

『善悪は口先の化け物を引き裂いてこそ出てくる
か弱き愛なんだ
ボクはYESさ
だから
every YES』

才はステージに乱入して、歌い続ける優月の前で訴える。
「なぜ、他人に聞かせる必要があるの、おねえちゃん?
元からみんなと違うし、周りに言われたことをなんでも受け入れることを苦にならないわけでもないのに、なんでそんな人たちの声援を求めるのさ。
何が歌だ? 芸術だ!?
無能な反射物のゼロどもと仲良くなるなんか無意味だ。
自分の魂と言えばいいのか、そいつに向き合いこの体で現実に結び付けたいだけなのに。それで良いではないか。
アネキは魂を細かく、筋や、細胞の在り様も考えず、規格通り切り刻み、新鮮に見えても、死んだ塊のスタイリストでしかない。パッケージにして清涼飲料水のようにバラまいた。その魂をもてあましているのに。持て余したモノをスッと剃刀で上品ぶった口に入りやすいようにスライスして。
まあ、いいんだけどね。求められているのなら。
求められていない僕が何を思っても。
どんなに、この景色がバカらしくて意味なんか分からなくても、狂っている不良品として何も手の施しようのないあきらめ顔で手を差し出されても、僕は心の銃で喚かせてもらうけどな。
バンバンバンってね、アハっ。
ばんばん
アー@\‼?
家族なんて僕の声からは一音も繋がりもないってことを赤ん坊の頃から学んできたのだから。
おねえちゃん、もう何も聞いてくれない人だって知っているよ。
本当にうれしいよ、ハハハハハ」

才は姉の夢を繰り返し見過ぎていたから、現実の過去のように思い出され、時には日常でも介入されてくる感覚にも陥ることもあった。夢と現実の境界が優月との間では曖昧なまであったと言える。
それとは別に、かつての裏切り者仲間であった母の香とは関係が改善に向かう寸前まで行くことは出来ていた。彼女は死ぬ少し前には母性と素直に向き合い、魂は敵であろうが母親として才をすべて受け入れる本能に殉じてくれたのだ。
退所して久しぶりに合った親子は、お互いの傷を共鳴させながらもいたわり、現実を見ていく覚悟の中で、今までにない新鮮な距離感を持つ事が出来るようになっていた。それぞれの誤解と真意との交わりを、生活の中で認め合う事はなんて幸せな発見であったことか。才は失われた時を取り戻す日常で素直に甘えた。拘束された生活を強いられると、自らの気持ちに嘘つく勿体なさも身に染みて感じたから。
但し、母は生理的な周期で汚らわしい我が子の予感に怯えることもあったようだ。彼が落ち着こうとしている穏やかさは、不穏な愛情に思えて仕方がなかった。彼の内側には才能という特別な翼を宿していることは事実であったのだから。
 優月も帰郷して久しぶりに家族が集集う才の退所祝いの日、母は息子の前に分厚いノートや手紙や絵などの束を前に謝った。
才は笑っていた。
何も感じていないのか、気がフレてしまったのか。感情が空回りしている、壊れた風の音が体から鳴っているかのようであった。
ピュー、フュー、ピョリロー。
魂が壊れたゆかいな踊りのようなメロディーで鳴る。
香は愛息子の虚ろな瞳などに気付くことなどないままに、追い詰められし使命感で話し始めるのであった。
「あなたは、表現すべき役割があると思うよ。今更こんな事を言うのも恥ずかしいのだけれど。私は覚悟を決めたの。
正直あなたを理解出来るかどうかわからない。息子のあなたに言うのもなんだけど、世界をより俯瞰に見ることが出来て、人間が真に向かい合う生きる証の仕事をなせるのは才みたいな存在なんだろうなって。お父さんの言っていたことを、今なら素直に受け入れられる」
才は大きく息を吐くと、少し目に力が戻った。
「別に何も残す必要などないよ。まともなのはお母さんだよ。それでいいんだ。だからそんなのを手元に置いていたらありもしない重力を感じてロクなことにはならないから、そんなの、お願いだから早く捨てておくれ」
「嫌よ。誰かの心を動かすことになるのよ。個人的なイマジネーションが誰かの現実を誇りに変える助けをしてくれる」
「ふふっ」
「何?」
「確かに、今更よく言えるよねって感じだ。ハハハ」
笑いもせずに能面の顔で沈黙する母を見て才は我に返った。慌てて、自ら踏み入れた軽はずみな一歩を引き戻しす。目の色を窺い慎重に言葉を選びながら正直な気持ちを伝えなければいけないと思った。
「御免なさい。
うーん、なんだろうね。その誰かは、僕の世界にはいないと思うね。彼らが僕を世界から追い出したんだよ。まあ、当然向こうは悪いことをしているなんて思いもしないだろうしね。おしゃれな正義を着たり脱いだりファッションみたいなもんだ。
本当の正義は着飾るもんじゃないんだよ」
余計なことを言ったと自覚したが、あまり深く理解していないようでもあったので少し安心して、話すことを続けてみた。
「申し訳ないけど、中元さんは文化的な教養はまったく無かった。お母さんも今なら渋々でも話を聞いてはくれると思うから言うのだけど。
でもね、そのおかげでボクを芸術から引き離してくれるという憎まれ役をこなしてくれたんだなって、今となっては感謝をしているんだよ。本当だよ。魂と相容れない肉体の独善的な欲というか,生死をやり取りする時の、あそこで吹く空気、乾いた色を。
それをじっくり味わう世界を知れたからさ。そんなに悲しい顔しないでよ」
「でも、それこそあなたのおとうさんの直行が目指した芸術の世界だと思う。忘れていると思うけど、かあさんが惚れた男なんだから」
才は生々しい母を初めて見た。
「ずっと、あんたたちが生まれる前から一緒に居たんだもの。だから解るの。
逃げられない世界があなたには存在してしまっているってことでしょ」
「何の意味があるの、認めてほしいとか褒めてほしいとか、そんな自分勝手なこと。お母さんとは、もっと話したいけど、こんな話は否だな」
恋人同士の両親の日常に少し動揺した息子は、貼ってあるロックシンガー優月のポスターを顎で指して言った。
「僕にはもう必要のない考察だね。必要なのは今のおねえちゃんの方だよ。あの方に話してあげれば。彼女自身が求める自分により成長出来るようになるのに」
「彼女はがんばっているわ」
「それぐらいは、がんばらないと。僕は彼女の為に中元さんを消してやったんだから」
「やめて」
「御免、そんなに深い意味はないから」
肩をすぼめた。才にとっては音として軽く放って反響を踊らしてみただけの類のことで、後にも先にも何の意味も残さない程度であった。それも問題であったが母は気を取り戻して尋ねた。
「ユウちゃんの曲は聞いたことある?」
「あるけど、猿回しの猿だね」
また言い過ぎてしまったらしく母の顔を曇らせてしまった。何も言わずに、才のファイルのいくつかを指しながら、「すごく好きだよ」と話せば、才の魚の腐ったような瞳にも感情が仄かに灯ったようにも見えた。
ファイルにあるラベル名は【八代少年刑務所 鬼無才 音楽治療】とあった。才はちらっと見て吐き捨てるように言う。
「あ、でもその時期のやつには所帯臭い神様がゲップをしているような雑音しか・・・・」
母はゆっくりやっていこうと、息子の手を握って話を遮る。
「ユウと話し合いをしないとね。ユウはあなたのことを心配しているのよ」
才は思った。僕はいつも正直に、ありのままに生きていたのに、ややこしくしたのは向こうなのだと。才は気持ちを後ろへほおって調音の狂ったスピーカーのように
「買い物に行こうよ」
吠えたみたいに声を出したから、「あっ」と急に立ち上がった母の手からメモリーディスクが放たれ乱暴に壁に当った。ポスターの量産型優月の目を抉りそうな絶妙の角度で。
「少し待っていて、軽くお化粧するから、すぐよ」
母は気持ちを無理やりにでも戻そうと優しい素振りで言った。才は落ちたメモリーディスクを手に取って、無造作にファイルの間に差し込んだ。
「何を着ていこうかね。どう思う」
「知らないよ」
「ユウのツアーTシャツ一緒に着ようか」
「嫌だ」
「いいじゃん」
 家族三人が揃う大事な日の晩御飯の材料を買い物に行くことは、母を取り戻すメインイベントでもあった。思い出のレシピを料理して、三人で美味しく楽しく食べることで、明日を取り戻そうとの強い思いが香にはあった。優月が初めて母親と一緒に作って、才がおいしい、おいしいと言ってほおばり、優月がうれしそうに自分の分も分けた、母親特性ハンバーグ。今日はみんな大好き「香バーグ」をつくるのだ。
だが、買い物に行く直前、優月から「急な仕事が入った為に今日は無理になった」と連絡が入った。香は明るく振舞おうとはしたが落胆は大きかった。母にとって、家族三人が揃って初めて再スタートが切れると考えていた。
「はしゃぎ過ぎた罰だ。Tシャツ着るの止めた。あんたも脱いで」
だから、その重要な日に対する使命感は相当なもので、直前に削がれた心の疲労は幾ばかりのものであったであろうか。
「イヤだ」
「え、さっき、あんたは嫌だってごねたじゃん」
「うるさい、一緒にペアで着ていくよ」
「ええ、冷静に考えるとそれはいやだな。あんたは美少年過ぎるし、誤解されちゃうじゃん」
明るく笑えている母を見て才は泣きそうになって
「早く、行こうよ」そう言って先に玄関から外へ出た。
久しぶりの無邪気な買い物を終えて家に帰って、嬉しそうに料理をする母を見ながら、テーブルに準備して揃えられていた三人分の食器類を一席分戻した。
「このまま永久にバラバラになるかもしれないな」ふと、その時思った。
そして直感は間違っていなかったことを数分も経たずに知る。
倒れた母の顔は紛れも無く死人の顔であった。
ずっと、才を探しながらも目からは力が失われていく。人の死に際に再び立ち合う。前回は奪い、そして今回は奪われていく違いの中で。
才は救急車を呼び、救急隊員が来て母を運び出していくのを見届けると、部屋に戻り,支度を始めた。終わると、母の携帯を開いてメールを送った。
「優月さん、お母さんは死んだと思います。僕も母さんも楽しみにしていたのですよ」
嘘をついた。母への気遣いと、姉のわき腹にじっくり不穏な異物を押しつける為に。
倒れたであろう何もない床の上で、才の意識が全てのゼロに返された。
白い音、無音の我が掌は掴みきれない何かを掘る。
「弱くてごめんね」
今になって、才は最後の母の言葉が記憶となった映像として歪んだ時空を超えて届いた。何万年も前の今は無き遠い星の光りのように。
子供の頃、盲目的に信じた愛情も、肉体が魂となじんでいくと、誰が敵なのか次第に理解していく。それが身内ならば尚更切実な問題なのだから、耳を、感性を澄まさなければならない。
「身内はもう誰もいないんだよ。味方は他人の祖母だけ。
やっと自分を見つめる矢先だったのに」
姉の為にやったと思っていた事も、裁判の時には実の母親までも加わって、一家総出で否定的な証言をされて嘘のような悪夢を口に突っ込まれた才ではあったが、姉と弟の和解を果たせられなかった自分を責めた感情のまま息を引き取った母親の最後ですべて整えることが出来た。「仕方のないことの一つ」にそっと置けただけでも、母との最後においては幸せに辿り着けたとも言えた。
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