第29話

文字数 1,773文字

     闇の輪廻 3

 「母親も父親も才が絵やメロディーを初めて放った瞬間を見ていない。
何もかも私の真似でしかないところがスタートなのになぜ、こうも大人たちがちやほやするのか分からない」
優月は幼少期から言われたことを素直に聞いてしっかりとやる事が出来た。弟は姉の真似ごとから初めて、気分を自由に散らかせただけ。いつも姉を踏み台にしてひょいっと横入りしただけ、教わったことをそのまま出来ないガラクタ。
「違いますか? そう思うでしょ・・・」
幼き優月の胸の内ではそんな声が常に響いていた。
小さい頃の彼女は花弁を描くのが大好きだった。そこへやってきた弟に、姉としての優しさをもって同じような絵を導き描かせてみた。たいして上手くなかったけれども弟の為にわざと喜んであげると、調子に乗って続けた。
「そのうち上手くなっていったけれど、それも私のおかげよ。感謝してね」
だが、そんな思いの姉をしり目に、調子に乗って感性が目覚めていき、赤色の花を青にしたり混ぜたりしておかしくして、しまいには色々合体させて、私の花畑を怪物の園にした。優月は、きれいな花の世界をめちゃくちゃにした弟に腹が立って泣いてしまった。そのような姿をみて、彼女は慰めてもらえると思っていたのに、予想外に、才の表現を褒め称えてはしゃぐ父親に屈辱をくらう。
その瞬間から優月は才の美や詩のすべてを遮断したのだった。
頭に来た優月は次にピアノを弾いて、歌をうたって、弟の邪魔をしようとした。そしたら、また真似しだして彼女を困らせていく。
気が付くと才が音楽を従えて家族を揺さぶり出した。丁度良い補助輪として私を使っているのに、自分の力のように何の躊躇も無く父親を喜ばせ、母までが才のメロディーを料理中にも口ずさむのだ。
そうなったら、意味もなく弟を怒るしか姉の存在はありえない。
弟として可愛かったのは、容器のみとしての可愛さでしかない。
「なぜにこんなにおぞましく汚らわしい悪魔をもてはやすの? 」
神さまにお願いしたところで変わらない。そんな優月のひとりぼっちの感情を、中元は始めて肯定してくれたのだ。家の中を整頓してくれ、同じ仲間として大きなアクションで優月の優秀さを褒めてくれた。
娘としてその分かりやすさを愛した。
「大人の興味を惹きつけているような弟の作品はそのうち、見向きもされなくなる、僕は君こそ天才だと信じているから、出来うる限りの応援はするからね 」
肩を抱き、目を逸らさずにじっと顔を近づけて寄り添ってくれる。どれほど頼もしく、精錬潔癖な見本のような大人に見えたことか。
本当の父親として血のつながりは有るけど、邪魔で害虫のような直行の顔と中元の顔は差し替えられた。
一緒に暮らすこととなった日、中元が弟の絵やピアノ演奏会の賞状をじっと見つめる光景は、安心と反撃を約束するであろうことを願うには充分だった。
 それから中学、高校と、中元の応援もあってまともな日常を取り戻した。
学業だけでなく、文化祭ではバンドを組みオリジナル作品で仲間にもてはやされ、卒業後も中元の支援を受けながらコンテストに曲を応募した。それをきっかけにプロデビューまで一気に進むことになった。
「これで証明が出来る。
才に対して感じた影を払いのけられる。
否、世界に対して正しい音や色を取り戻した、自分の目指すべき夢は目の前にあり、常に一目のおかれる存在にもなれるわ。
そんな想いを胸に、合格を家族に伝えた私の顔はどんなに最高の笑顔であったろうか」
弟が素直に喜びを現わしてくれたので、少し、肩すかしをくらって、ふいに恥ずかしくなった。
「良かった。本当に良かった。早く、ねーさんはここを出た方がいいよ」
優月は何気なく返した。
「私は、あなたも早く出た方がいいと思う。あなたが卒業する頃には、落ち着くと思うから、東京へおいでよ。一緒に住めばいい」
「え?」と驚いた才を見て、彼女は浮かれた自分を自覚し黙ってしまった。
そして、愛を振りまく余裕を手にしたおかげか、それまで勝手に作ってきたわだかまりから抜け出して嗚咽と涙が止まらなくなった。才は困った顔でハンカチを頬に当ててくれた。
「え? 
あれ?
ここから先がまた霧に包まれたまま。
思い出せない」
優月の意識の重く熱い扉の向こう側では永遠に終演の迎えられない劇がエンドレスで上演されている。
あの日が・・・・。

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