第4話

文字数 3,607文字

 ゲートをくぐれば直ぐに下衆どもの視線を浴びる街。通りの向こうのファッションブランドショップ街とは別の欲望を売る場所。そんな情欲を売り買いする客引きやスカウトの視線が、ギターケースを抱え、制服にレザーをあしらって人ごみをサッと抜けていく三人の少女たちに向けられている。この通りでは見慣れないスカウトマンが駆け寄ってきて、肩にかかる程度のピンクアッシュ・ヘアを風になびかせ先頭を行く少女に声を掛けた。
「ちょっと、いいかな。君たちそれコスプレ? 」
「現役っス」
桜木小波が振り向きながら答えた時は既に、そのスカウトは何処かへ連れ去られ、彼女の瞳には映ることはなかった。
「制服であんまり、うろうろするところじゃないよね」
「ホームタウンだから安全じゃっ、フフ」
「それはコナがいるからだよ、絶対おいてかないでよ」
ミナは小波の服を握りながら、スカウトの腕を締め上げて連れて行った男の導線を目で追った。背も高く、バンドの中で一番ワイルドなイメージを持つくせにびくつく姿をアキラはいじる。
「それはそれで、楽しいじゃない。陰で見ててやる。性癖だわ」
丸顔で童顔のカワイ子ちゃんにも見えるが小波とは違う理詰めの乱暴さがあって、独特のリズムを刻むこのドラマ―とベースのミナは相性がすこぶる良い。
「最高のリズム隊だけど、日常でもなんでそんなふざけたふたりなん? 」
今日も小波は左側の口角を上げた表情でいつものように嬉しそうにさり気なく見やる。三人は常連のキャッチの男たちの飼い犬の笑いを浮かべた挨拶をやり過ごし、胡散臭い見本市でしかない雑居ビルへとあたりまえに入って行く。

「キャバクラ ヘヴンズ・ドールズ」の中は薄暗い、かろうじて非常灯に照らされた彼女たちのステージセットが組まれているのが見えた。
営業時間ぎりぎりまでスタジオ代わりに練習をさせてもらっていたのだが、「今日はいつもより、お早いですね」と店長から先に挨拶をされても小波はそっけなく無言で軽く首を動かすくらい。そんな態度のリーダーの為にミナはいつも自分の役割を果す。
「今日、オーデションの決勝大会があるんですよ」
店長の柏木もどこかほっとした表情を浮かべた。
「絶対、優勝ですよ」
この十年は音楽に金を使った事のない男が心無い合いの手を返した。
「他の二人はあんなですけど私は緊張して、足の感覚が笑ってるような感じになって。トイレにずっと入っていたいほどヤバイですよ。あと、今日ゲストで優月っていうミュージシャンが来るんです」
柏木は少し話に入れそうに思えたようで。
「知ってます。去年? 否、その前? とにかくいつかのブレイクアーティストだとネットニュースで見ましたよ。いいな、見たいな」
「私たち、優月のファンなんで、楽しみだったんですけど、いざ当日となるとそれどころじゃないというか」
小波は突然に、ギターを乱暴に引っ搔き、軋むノイズで其の名前をかき消した。そして、無言でマイクの前に立ち睨み付けていた。
「なあ、お互いやるべきことがあるだろーよ」
柏木は直ぐに黙り浮かべたニヤニヤを隠す間もないままに、カウンターの奥へ予定なき仕事を探しに消え去った。

アキラはリズムを刻み始め、ミナはようやくバタつき溺れたような姿態でベースギターを肩に掛けると、リズムに追いつこうと慌てふためいた。
小波が「every,YES」そう伝えると、アキラはカウントを叫び演奏を始めた。
演奏を終えて、本域のリハーサルは悪くなかったのに小波はどこかはっきりしない感じを醸し出していた。
「どうした?」
アキラは小波に尋ねる。
「なんか、ちょっと迷ってる」
ミナも続いた。
「え、なんで、この曲はこのバンドのスタートであり、本物の生きものを手にしたんだって、小波がそう言っただろう。
あの子がやらないから?」
ミナはびくっとして小波の左耳にあるターコイズのトラガスに視線を向け、余計な事を言ったことを心底悔やんだ。
「蹴られる。否、殺されたオワタ」
覚悟して身を固くして待つしかなかったが、何故か何ごとも起きない。感じたことのないような満ち引きする吐息が流れた気がした。
「彼もこんなに楽しかったのは初めてと言っていたけど、世に出す事に自分は関わるのは嫌だって感じ。でも一緒に演奏しないと意味がないような気もする」
「でも、そのトラガス・・・・」
言いかけて止めた。
小波は一瞬睨んだが何かを思い出したように
「一曲増えたよ」
新しく増えた「うた」の誕生した証のピアスに触れた。アキラがミナにウインクした。
小波はピアスの施術はアキラに頼んだのだ。ミナは少し嫉妬した。小波の最初のピアスを開けたのに大切な証の共犯者には選んでもらえなかったから。
「コナの浮気者めが・・・・」
「何ぶつぶつ言っとるんか」
アキラは舌を出してからかう。
小波は二人のやり取りを気にも留めないで、表現に対する尺度と覚悟に向き合っていた。
「本物で出たいのに。この三人であの感じが再現出来るのか?」
一見、受け手を拒まない平和なPOPさを纏いつつ、中身は身体に選ばれるアルコールでもなく、入り口はだれでもウエルカムながら中毒性も弱くないカラフルに化けるドラックの世界。彼のギターこそ求める何かであり、入らなければシンプルなメロディーゆえに、聞き易すぎて優月の曲と同じように受け取られてしまう。それは絶対避けねばならないのだ。彼が加われば間違いなく、バランスが悪いように見えながらも揺るぎない絶対悪を秘めた道化が踊ってくれることは確信していたから。
「そう、彼のギターや、そこにいる、空気感がなければ未完成なのだ」
小波は改めて我に返った。
「色恋じゃないからな」
そう言ってミナの尻を蹴った。ミナは恋バナのようにとらえて更にニヤ付きながら、痛みを消そうと蹴られた尻をせわしく揉む。
「さあ、行くかね」
アキラはスティックをポケットに差し込んで、小波の後ろを手ぶらでエレベーターに向かった。
ミナはベースギターを肩にかけ、大きめのバッグに化粧道具やら小物をガチャガチャ鳴らしながらエレベーターまで追いかけた。
「ねえ、ごめん。どういうこと?
それで、「every,YES」をやるってこと? ねえねえ」

 ミナはそのままにしていれば、正にロック顔で一番クールに思われがちであるが、一番の世話焼きなタイプで、童顔のアキラの男前さと交換すべきだなと、よく小波にからかわれていた。根っからのSのアキラはそこが更にそそられるのか、電車の車内などでウインドウに映るハードな顔の女が虐待される姿態をLIVEで嗜むのが堪らないのであった。
それでも、ファンの前では、ミナのイメージをそこなうようなことはしなかった。ミナからすれば、色々言うけどちゃんとわきまえていてくれるところに、心はまだ腐っていないと解釈をしてしまうこじらせた包容力に酔っていたとも言える。但し、アキラがすべてをロジック化したその状況すべてに対して性的微熱を感じて萌えていることまではミナには想像しえない世界線でのことであった。
 小波の視線がふたりから逸れ車内吊りの広告で止まった。
『優月、突然のブレイクからカリスマへ! 
作られた自分を捨てて共感度急上昇。
20年代を切り裂く』
小波は優月が微妙な人気の頃の方が好きに思えた。確かに、去年シングルとして出された、「スロウ・スマイル」は衝撃を受け、こいつは本物だと、メンバーに力説したのも事実であったのだが、今は何かまっすぐに受け入れられない気分になっていた。
改札を抜けスクランブル交差点を抜け、会場に向かう途中、いくつもの、優月の新曲の看板広告や映し出されるプロモーションビデオを目にした。ホームタウンとは違ってこの街では優月の人気を強く意識させた。
会場では「SAD,YES」と題された新曲のポスターが張り出されていた。
「わー、すごい。発売前に優月の新曲CD会場で売るんだ。なんか、真似てない? うちらのこと」
ミナはそう言い残し、興奮して物販の場所を覗きに行ってしまった。
「every,YES」は才が付けたタイトルだ。その時の声も目の前に蘇る。ヘブンリー・ドールズというバンド名をHOULING FLOWERSに代えたのもその日であった。
小波はポスターに記載された収録予定曲リスト名をしばらく睨みつけていた。
「『スロウ・スマイル』『SAD,YES』『HOULING FLOWERS』だって・・・・
・・・・殺したっ」
「うん? どうした」
動かなくなった小波をアキラが心配して腕を回した。
「あ、ごめん。行こう」
アキラは小波の体をギュっと抱きしめながら頬にキスをした。
「あ、止めろってぇ」
そう言って照れた小波がアキラには堪らなくて更に強くハグして離さない。
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