第19話

文字数 3,219文字

その時の少年、鬼無才からすると、取り敢えずは介抱されながらこの状況を受け止めながら記憶を整理するしかなかった。少し断片的で曖昧なイメージを点から線へ、そしてステージで繰り広げられるように。
「殴られ跳ねる痛みと浮遊する時間にまみれてごみのように捨てられた事実を自ら拾い上げる。これこそギリギリの尊厳だという許された美学の地を見せてくれ。
壊れた次元で均衡を維持する旋律に僕を変えて」
そう心で踊りながら半殺しにされたあの時の気持ちが明確に蘇る。
「この二人の大人は好きだな・・・・」
ということ。
才は自分が美の絵具となって好きなように塗り付けるなり、はたまた、色目を否定され、未開封のまま棄てられたいあの欲求を叶える極北に打ち上げられた気分に高揚して、不意に思い出して硬い茎へとむっくりムズムズした感触に還っていく。そして、今いる場所が彼らの関連の店であることが分かると素直に「嬉しい」と思えた。この状況を作ってくれたピンク髪の少女にも感謝と好意を持たない訳もなかった。体を休める場所が用意されていることの有り難みは重く感じる。屋根のあるところで落ち着く難しさを才はこれまでの生活で思い知っていたから。
彼は東京へやって来てからは日雇いの仕事を暫くやっていたが、時折巡回に来る警官の目を気にして、なかなか落ち着く事が出来なかった。
そのような日々を過ごしていたある日、繁華街で騙された客に逆襲を受け襲われている客引きのおじさんを助け、その後はいろいろ面倒を見てもらうようになった。タケオジと呼ばれている四十代の男であった。
居候までさせてもらい手伝いをするようになったが、ほどなくしてキャバクラ店の女の子に誘われるままに彼女の部屋に住むようになった。名前をモモといった。
昼間は専門学校に通っていたが、学費、生活費の足しにと割の良い仕事として夜の仕事を始めたようだ。覚悟をもって仕事に向かうこともあり、自分の感情をうまく押し殺す術も極まり、客だけでなく身内からも誘われるようになっていた。それを避けるために最初は才を利用したといってもよい。
だが才からしても、無理して自分を置いてくれているかもしれないタケオジよりも、実利として求められる相手の方が気が楽ではあったので、快く承知した。
だが店長はモモの部屋に才が転がり込んだことを知ると、腕の有る才には何も言わないで弱いタケオジに八つ当たりして厳しくドヤした。才はその事を知り我慢できず殴り倒してしまったが、女の子は別の店に移るからもうタケオジには迷惑はかからないから、安心していいのよと言われ、そのまま一緒に暮らし続けた。
そして、ふたりの間に、いびつな信頼関係が育まれていくのに時間はかからなかった。モモのボディーガードをする中で、望まぬイザコザモも積み重なり、口コミによる需要が増えてモモの友達の用心棒をもするようになって生業とするまでに至ってしまう。そのうち、モモの愛の求めに繋がる、勝つことではなくゴミの如く踏みつけられながら、生のギリギリの駆け引きを嗜み興奮していく性と絡みつき始めてしまった。暴力の近くに見え隠れする恍惚の感触を見極めることは性的衝動そのものであった。

― あの時の怪物が再び何度も何度もやってくる ―

才は介抱されているまどろみの中、そんな日々に疲れていた時に、運よく小波の前に零れ落ちて拾われたことは、まさに新しい終わりのチャンスなのではと考えるようにもなっていた。特に才はこの少女が小波という名前だということを嬉しく感じた。音階と在り様がこの女の子の特質を表し完成させる上で必要としているようなのだ。
あと小波の耳の形が好きだった。
意識を取り戻した時、目の前にはピンクの髪が風の流れを見せ、お気に入りの耳とうなじがあり、その一瞬がこの現実は来るべき場所となり、小波の耳たぶに付いた小さな羽クロスのピアスリングも心を整える明日を望む祈りのカギの大事な1ピースとなった。
ある日、寝ている才の意識にダイレクトな光りが射した。
生活音でも話し声でもない音の旋律、音楽が聞こえた。
「『スロウスマイル』? 僕のだ」我に返って目が覚め、ジーンズの尻のポケットを慌てて探るも大事なメモ帳が無かった。

『生まれた僕はすぐに振り返った
明日に通じる今来た道を
でも、泣かなかった
このままゼロになるために

今日を棄て空へ落ちようぜ
君の中の悪い僕が
悪態を付いているように見えても
悲しまないで笑っておくれよ
いつかはやさしい明日が
君の骨に飾られますように

何もない僕が吊るされたら
見ぬふりしてもいいよ
だけど、君のタイミングで
遅れてもいい
ゆっくりでいいから
欲しいよ
スロウスマイル

生まれた僕はすぐに振り返った
明日に通じる今来た道を
でも、泣かなかった
このままゼロになるために

明日を疑って道で踊ろうぜ
君に咲く黒い花が
死にかけのたるんだ肉に咲いても
目をそらさないで笑っておくれよ
いつかはつらい今日が
君の歌に食い千切られますように

何もない僕が吊るされたら
見ぬふりしてもいいよ
だけど、君のタイミングで
遅れてもいい
ゆっくりでいいから
欲しいよ
スロウスマイル 』

彼女らの演奏はあまりにも生身の鬼無才にフィットしていた。
姉のモノと違って。
悪い人間の音の破片どもがあるべき姿の旋律となって帰還したのだ。がっちり己の擬態を抱きしめるのは当然なのだが、そんなに容易く生み出せるのが信じられない。
「ピンクの子・・・・」
壁にもたれながらも真剣な面持ちで見ている才に気付いた小波は演奏を止めさせると、抑えきれない様子そのままにトットットットと走り寄って来た。
「優月のスロウスマイルよりこの方が好きなんだけど」
そう言って、才の反応をしばらく待っていたが、待ち切れずに続けた
「合ってますか? 君が夢で歌っていたバージョン。優月の曲好きなの?」
「ボクのだよとか言って、・・・・似ているとか言われて騒がれたら、カバー曲扱いで優月に印税払わなきゃいけないんですかね? 」
才は自分のメロディーや歌詞が望む形で奏でられた事に驚き混乱を感じて、どうでもいい金の話をしていて、輪をかけて動揺した。
暴力の導きによる生死のやりとりでは怯える様子もなく威風堂々としていたのに、小波の感性への共鳴を感じた時は、慄きに指先だけでなくあらゆる肉は震え、立っていられなくなってよろめいた。
「あっ」
才の声に無防備にされたせいか、小波は乙女チックな声を洩らした。
そのような反応に自ら解せぬまま、衝動的に、「ねえ、弾いてくれない」といってギターを
渡した。なぜか、弾けると思ったのだ。アキラとミナに合図を送った。
ドラムとベースのリズムが立ち上がり小波が歌う。当たり前のように才もギターを弾いていた。1曲終わった時、全てが始まったことを「ヘブンリー・ドールズ」のメンバーそれぞれが悟っていた。
才はといえば何も感じないのではなく「無」を浴びる中で、少女たちのプレイにのまれて涙がスーッと流れた。才はすべてを受け入れ、見せる覚悟をもった。
「もしよかったら、もう一曲だけ一緒にやりたいんだけど」
「いいよ、優月の曲?」
「さあ、この先のことはわからないけど」
三人は意味を掴めない顔をしたが、余計なことは言わないままに、ただ「「どんな感じの曲?」と聞いてくれた。才はなんてことの無い気遣いに泣きそうになった。
「『every,YES』って言うんだ。
一緒に引っ張り出して欲しいのだけれど・・・・
いいかな」
「楽しくなってきたな。コンテストに出せるくらいスゴイの出来たりして」
ミナは少し調子づいた自分に我に返り、蹴られるなと身構えたが、アキラも小波も珍しく同じような表情で満足げなニヤツキをしているのを目撃した。安心して少年に目をやると、魚の腐ったような鈍い瞳がグラっと光を吸い込み波打った様に見え、少女の本能が畏怖して身震いを起こした。
鬼無才が散らかっている記憶を整えて闇の過去に立ち戻るまさにその瞬間であったのだ。
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