第19話 思わぬトライアングル
文字数 1,255文字
話を切り上げた方がよさそうだった。下手に踏み込んだ話をして、また板野さんと気まずくなるのは避けたかった。それに、紫衣里が佐藤とどんな話をしているのか心配でもあった。
だが、店のほうへ出ていこうとしたところで、板野さんは僕を呼び止めた。
声は底抜けに明るかったが、それだけに無理をしていることは痛いほど分かった。
そこにはたぶん、今まで胸に秘めていた思いがあるはずだ。
板野さんはそれがおかしかったのか、それとも敢えて明るく振る舞ってみせたのか、くすっと笑う。
この先は、聞くべきじゃなかった。
僕なんかが踏み込むには余りに深い、心の闇の世界だった。
これ以上は、僕もきついし、何よりも板野さん自身の心が持たないんじゃないかという気がした。
余計な気遣いだったらしい。
つい口を挟んでしまった。
板野さんは、あまりに自分を責めすぎている。
今までだって傷ついているのに、そこまで自分を追い込むことはない。
板野さんは自分なりの意地と誇りを持って、自分自身に降りかかる試練と闘っているのだ。
だが、その声は急に和らいだ。
いや、どっちかっていうと、大きなお節介だった。
死角からの奇襲に、返す言葉がなかった。
さらに、悪い時には悪いことが重なるものだ。
狭い給湯室に入ってきた3人めは、紫衣里だった。
最低、1人は出ないとかなり息苦しい。
いろんな意味で……。
板野さんが店の中へと慌てて駆け出して行く。
当然の結果として、僕と紫衣里だけが残された。
聞かれもしないのにこう答えたら、やましいことがあると勘ぐられても仕方がない。
紫衣里の口調は、いつになく真剣だった。
こういうときの「大事な話」は、ろくでもないことが多いらしい。