第19話 思わぬトライアングル

文字数 1,255文字

じゃ、そろそろ……。

 話を切り上げた方がよさそうだった。下手に踏み込んだ話をして、また板野さんと気まずくなるのは避けたかった。それに、紫衣里が佐藤とどんな話をしているのか心配でもあった。

 だが、店のほうへ出ていこうとしたところで、板野さんは僕を呼び止めた。


あ、その前に……ひとつだけ、聞いてもらえます?

 声は底抜けに明るかったが、それだけに無理をしていることは痛いほど分かった。

何?
 ふふん、と鼻で笑った板野さんがもったいぶって語り始めたのは、やっぱり重い話だった。
私が何で、自力で修学旅行に行きたいか……。

 そこにはたぶん、今まで胸に秘めていた思いがあるはずだ。

 

どうぞ。

 板野さんはそれがおかしかったのか、それとも敢えて明るく振る舞ってみせたのか、くすっと笑う。

中学校のリベンジなんです……台無しにされたから。
……あ、その先は。

 この先は、聞くべきじゃなかった。

 僕なんかが踏み込むには余りに深い、心の闇の世界だった。

ほんっとに地獄なんですよ、修学旅行でいじめが始まると。だって、帰ってくるまでどこへも逃げられないんですから。
だから、やり直したいんだ……。

 これ以上は、僕もきついし、何よりも板野さん自身の心が持たないんじゃないかという気がした。

まだ終わってないです……アタシの話。
ごめんなさい。

 余計な気遣いだったらしい。

あいつらの顔、二度と見たくなくて、親に一生に一度のワガママ言って私学に入って……でも、そんな自分が許せなくって。
でも、それは当然だろ? 自分を守らなくちゃ。

 つい口を挟んでしまった。

 板野さんは、あまりに自分を責めすぎている。

それは切羽詰まってた時の話です。高校生になって落ち着いてみたら、なんかそういうの、納得いかなくなって。
間違ってない、間違ってないけど……疲れちゃうよ、そんなの。

 今までだって傷ついているのに、そこまで自分を追い込むことはない。

借り、作りたくないんです。親にも誰にも。
……悪かった。

 板野さんは自分なりの意地と誇りを持って、自分自身に降りかかる試練と闘っているのだ。

 だが、その声は急に和らいだ。

ごめんなさい……意地張って。本当は、嬉しかったんです。長谷尾さんの気持ち……。
あ、ああ、そんな……。

 いや、どっちかっていうと、大きなお節介だった。

ごめんなさい、そういう意味じゃ……彼女、いるんですよね。
あ、ええと……。

 死角からの奇襲に、返す言葉がなかった。

 さらに、悪い時には悪いことが重なるものだ。

……お邪魔だったかしら?

 狭い給湯室に入ってきた3人めは、紫衣里だった。

 最低、1人は出ないとかなり息苦しい。

 いろんな意味で……。

失礼します!

 板野さんが店の中へと慌てて駆け出して行く。

 当然の結果として、僕と紫衣里だけが残された。

別に、やましいことは……。

 聞かれもしないのにこう答えたら、やましいことがあると勘ぐられても仕方がない。

大事な話があるの。

 紫衣里の口調は、いつになく真剣だった。

 こういうときの「大事な話」は、ろくでもないことが多いらしい。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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