第10話 成功と代償と

文字数 1,188文字

たいした腕です。プロになった暁には、ぜひスポンサーに。


 佐藤が手を差し出す。


こちらこそ。
 期待していた一言に対して手を握り返したが、そのとき、意外な名前が聞こえた。
紫衣里さんによろしく。
え……?

 なぜその名を知っているのか尋ねる間もなく、佐藤はゲームセンターを出ていった。

 紫衣里はというと、それとは一足違いで戻ってきた。

……。
 澄んだ瞳が僕を見つめている。怒りと悲しみに満ちたその眼差しに、背筋がぞっと凍った。

(……何で? ゲームやってただけなのに?)

 そこで思い出したのは、さっき感じた紫衣里の非難だった。

 ただセルフサービスの食器を返しに行くだけの背中が、僕の視線を拒絶しているかのようにさえ感じられたのだ。

(確かに温いよな……僕)

 さっきまで、僕はいい気になっていた。

 なにしろ、巨大コングロマリット「アルファレイド」傘下の大手ゲーム会社から来た開発者が、僕に注目しているのだ。

 しかも、ゲームを挑んできたその相手を、僕は負かしてみせた。

 これで、e-スポーツのプロに一歩近づいたといえる。あとは、専門学校でも腕を磨くだけだ。

 でも、もう、それを素直に喜ぶ気持ちはなくなっていた。

店長!
何だい? 長谷尾君!

 いささか衝動的ではあったものの、そこそこ意を決して歩み寄った僕に、店長はかなり軽い調子で応じた。

 上機嫌なのも無理はない。僕と佐藤の勝負を見物する客で、いつの間にか店はいっぱいになっていた。

 しかも、その気になった客たちは、「リタレスティック・バウト」の順番待ちを始めている。

お願いしたいことがあるんです。
ふふん……。

 店長はまともに聞いていなかった。

 その視線を追ってみると、その先には紫衣里がいる。

……。

 それとなく、僕の様子を見ていることは分かった。

 別にそれは、構わない。今、紫衣里に対して恥ずかしくないことを、僕はしているつもりだ。

 だが、今、それは問題ではなくなっていた。

……。
……。
 オタクっぽいのが紫衣里に見とれていた。いい客寄せになっているらしい。
店長!
は……はい? ……はい?

 用件をさっさと済まして、紫衣里を連れ出したかった。

 問題は、もうバイトのシフトに入っている板野さんだった。

……と、板野さんは?
休憩中。

 不愛想な返事だった。ちょっと責め立てるような口調で聞いたのがよくなかったのかもしれない。

 だが、板野さんがいない今しか、話の出来るときはなかった。

実は……。

 紫衣里に聞かれるのもイヤだったので、店長の耳元で囁く。

 非難されたからやることだと紫衣里に思われるのもシャクだったし、そう思われて軽蔑されるのもイヤだった。

 だが、僕の一大決心は、あっさりと突っぱねられた。

それは……できないな。
どうして! 店長も事情知ってるでしょう?

 僕が食い下がると、店長は改まった口調で、はっきりと言った。

 だって板野さんの問題でしょう? これは
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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