第17話 気丈な彼女の意外な横顔
文字数 1,505文字
田舎の店では当たり前だが、ゲームセンターにこの挨拶はそぐわない。
だが、この佐藤一郎が口にすると、どうも不思議にハマるのだ。
たった一言でその場の空気を自分の色に染めた佐藤は、横目でちらりと僕を見ながら会釈した。
あまり目を合わせたくない相手だったが、店長は愛想よく出迎えた。
こういうときはバイトにはあまりうろちょろしてほしくないのか、僕と板野さんに目配せする。
別に席を外してもいいのだが、問題は、紫衣里だ。
だが、肌にちくりと感じられる、痛い視線があった。
板野さんだった。
まだ、機嫌は直っていないらしい。
僕と板野さんに気を遣ったのか、澄んだ目を向けた紫衣里はきっぱりと告げた。
だったら余計に、放っておけない。
だが、そんなことは板野さんの知ったことではなかった。
女の子とは思えないほど、物凄い力だった。
流しとコンロの間の狭い空間で解放された後でも、掴まれていた手首はじんじん痛む。
だが、板野さんはそんなことなどお構いなしに聞いてきた。
ひとことで説明しろと言われても、困る。
愛想笑いをしてみたりもするが、ごまかせるとは思っていなかった。
確かに、紫衣里とは何だかんだでこっそり一緒に住んでいる。
傍目から見て、どこか不審なところがあったとしても不思議はない。
真顔で問い詰められても、答えようがない。
紫衣里とのこれからも結構、真剣に考えている。でも、それは僕の一方的な気持ちに過ぎない。
だから、恋人だと言い切ることもできなかった。
代わりに口を突いて出た逃げ口上は、これだった。
僕を見つめる目に、じわっと涙が浮かぶ。
やってしまった……。
覆水盆に返らずというが、後悔しても、こぼれる涙は止められない。
その先は、言葉にならなかった。
彼女の気持ちを無視した余計なおせっかいがいけなかったのだ。弁解の余地はない。
だが、紫衣里に出会う前も出会った後も、あの12万円は僕にとっての命綱なのだ。
それを差し出したのに、「何も分かっていない」とまでは言われたくはなかった。
固く目を閉じた板野さんの身体が、小刻みに震えだした。
泣き出したどころの話ではない。
何かとてつもなく強い感情の爆発を抑えている、そんな様子だった。
ちょっと、ただ事ではなかった。
ここでヒステリーなんか起こされたら、店中が大パニックになるとかいう問題ではない。
明らかに平静を失った板野さんは両の拳を握りしめ、身体の中で暴れているものに耐えていた。
やがて、大粒の涙がコンクリートの床にいくつもの染みを広げ始めたとき、僕の身体に小さくて柔らかいものが押し付けられた。
板野さんは、僕に身体を押し当てて泣きじゃくる。
それをどうなだめようかという思案で、頭はいっぱいだった。
胸の感触がどうたらこうたらなどということは、考えている余裕さえなかった。