第17話 気丈な彼女の意外な横顔

文字数 1,505文字

ごめんください。

 田舎の店では当たり前だが、ゲームセンターにこの挨拶はそぐわない。

 だが、この佐藤一郎が口にすると、どうも不思議にハマるのだ。

 たった一言でその場の空気を自分の色に染めた佐藤は、横目でちらりと僕を見ながら会釈した。

……お久しぶりです。

 あまり目を合わせたくない相手だったが、店長は愛想よく出迎えた。

 こういうときはバイトにはあまりうろちょろしてほしくないのか、僕と板野さんに目配せする。

 別に席を外してもいいのだが、問題は、紫衣里だ。

 だが、肌にちくりと感じられる、痛い視線があった。

……。

 板野さんだった。

 まだ、機嫌は直っていないらしい。

あ……。
 紫衣里のことは心配だったが、板野さんとこんな空気のまま、一緒に席を外すわけにもいかない。
私、こっちに用があるから。

 僕と板野さんに気を遣ったのか、澄んだ目を向けた紫衣里はきっぱりと告げた。

でも……。

 だったら余計に、放っておけない。

 だが、そんなことは板野さんの知ったことではなかった。

いいじゃないですか、それじゃあ。お邪魔なんですから、私たち。
 いきなり僕の腕を掴んで引っ張って行った先は、店の奥にある従業員用の給湯室だった。
痛いよ、板野さん……。

 女の子とは思えないほど、物凄い力だった。

 流しとコンロの間の狭い空間で解放された後でも、掴まれていた手首はじんじん痛む。

 だが、板野さんはそんなことなどお構いなしに聞いてきた。

誰なんですか……あの人。
誰って……。

 ひとことで説明しろと言われても、困る。

だって、変です! 長谷尾さん、あの人が現れてから……。
そうかな……。

 愛想笑いをしてみたりもするが、ごまかせるとは思っていなかった。

 確かに、紫衣里とは何だかんだでこっそり一緒に住んでいる。

 傍目から見て、どこか不審なところがあったとしても不思議はない。

どういう関係なんですか?

 真顔で問い詰められても、答えようがない。

 紫衣里とのこれからも結構、真剣に考えている。でも、それは僕の一方的な気持ちに過ぎない。

 だから、恋人だと言い切ることもできなかった。

 代わりに口を突いて出た逃げ口上は、これだった。

何で聞くの? 板野さんが、それ……。

 僕を見つめる目に、じわっと涙が浮かぶ。

 やってしまった……。

 覆水盆に返らずというが、後悔しても、こぼれる涙は止められない。

何が分かるっていうんですか、長谷尾さんなんかに……。
僕はただ……。

 その先は、言葉にならなかった。

 彼女の気持ちを無視した余計なおせっかいがいけなかったのだ。弁解の余地はない。

 だが、紫衣里に出会う前も出会った後も、あの12万円は僕にとっての命綱なのだ。

 それを差し出したのに、「何も分かっていない」とまでは言われたくはなかった。

もう、いいです! 私なんか、どうせ……。

 固く目を閉じた板野さんの身体が、小刻みに震えだした。

 泣き出したどころの話ではない。

 何かとてつもなく強い感情の爆発を抑えている、そんな様子だった。

板野……さん?

 ちょっと、ただ事ではなかった。

 ここでヒステリーなんか起こされたら、店中が大パニックになるとかいう問題ではない。

 明らかに平静を失った板野さんは両の拳を握りしめ、身体の中で暴れているものに耐えていた。

 やがて、大粒の涙がコンクリートの床にいくつもの染みを広げ始めたとき、僕の身体に小さくて柔らかいものが押し付けられた。

長谷尾さん……長谷尾さん……長谷尾さん!

 板野さんは、僕に身体を押し当てて泣きじゃくる。

 それをどうなだめようかという思案で、頭はいっぱいだった。

 胸の感触がどうたらこうたらなどということは、考えている余裕さえなかった。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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