第25話 戦いへの決断

文字数 1,393文字

 いくら夜間のシフトを入れたからといって、そんなに遅くまで働かされるわけではない。
 午後10時には帰れるように、店長はアルバイトの勤務をさっさと終了させていた。
 暗い田舎道を、僕は紫衣里にぴったり寄り添って帰った。
紫衣里……。

 無言のままでいるのも気まずい思いがして、つい名前を呼んだ。

 ぽつんと灯る街灯の下で、微かな笑みを浮かべた紫衣里は、僕と目も合わせずに言った。

結論出るまで話しかけるの禁止。

 これでも一応、男としてエスコートしているつもりだ。

 そういう言い方はない気がする。

じゃあ、そちらもご自由に。

 面白くないので、ちょっとムッとしてみせた。

 だいたい、紫衣里は部屋でシャワーを浴びるのも僕の服を着るのも、好きなようにやっている。

 白状すれば、それは確かに気にはなる。

 だが、今日ばかりは邪念を払って、独りでじっと考えるつもりでいた。

ふ~っ、暑かった……。

 部屋に戻ると、紫衣里はそう言うなり洗面所に消えた。

 もともと1人用のアパートだから、居間との仕切りは半透明の扉しかない。下着はそこらに脱ぎ捨ててあるはずだ。

 そっちから目を背けて横になった僕は、今までのことに思いを巡らせた。

(紫衣里との出会いは、あの胸に掛かる銀のスプーンだ……)

 一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びている彼女が守るスプーン。

 僕を守ってくれたけど、彼女を危機に陥れてもいる。

(紫衣里と暮らそうとすれば、e-スポーツは諦めなくちゃならない)
 それが当たり前の考え方だ。仮に両立できたとしても、いつかはあの銀のスプーンを当てにしなくちゃいけないときが来る。
(進学のために貯めた12万円を板野さんの修学旅行に使ってもらおうとしたら、断られた……)

 僕の金なんだから、当面の生活資金に充てたところで誰に恥じることもない。

 いや……。

見ちゃダメだからね。

 僕の服を物色しているらしい。

 というか、僕から口を利くのはダメだけど、紫衣里からはOKらしい。

 随分と勝手な言い草だ。

(でも、もし優勝できれば……)

 <リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ>。

 店内に貼られたポスターには、今までネット上で見かけた顔がいくつもあった。

 招待されているのは、世界的に活躍するプロのe-スポーツプレイヤーたちも招待されていた。
 名前と顔写真、得意とするキャラクターを思うだけで、全身の血がたぎる。

 

(勝ち続けるなんて不可能だ。でも、勝たなければ紫衣里とは生きていけない)
もういいよ、こっち向いても。
 シャワーを浴びた紫衣里は僕のパジャマを着て、澄んだ瞳を決断を促すかのように向けていた。

(でも、紫衣里が望んでいるのは、戦う僕なんだ、たぶん……)


どうしたの? そんな目で見て……。

 その誘惑とも挑発ともつかない口調に、頭の中は余計に混乱する。

 だが、そこで鳴り響いたスマホのコール音に、僕は我に返った。

 画面を眺めてみると、店長からのメールだった。

星美ちゃん入院! ((( ;゜ Д ゜))) 

8月いっぱいバイト入って!m(._.)m

 板野さんの修学旅行がいつかは知らないが、自分で費用を稼ぐことは絶対に無理だろう。

 だが、そこで僕の頭の中に閃くものがあった。


(……決めた!)
 僕は起き上がって、財布から佐藤の名刺を取ると、印刷された連絡先に電話を掛けた。
……どうしました、こんな時間にエントリーですか?
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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