第26話 電話越しのマネーバトル!

文字数 1,699文字

 僕の条件は単純だった。
進学の経費に、友人の修学旅行費も含めてください。

 あまりにも身勝手な要求だということは自分でも分かっていた。

 佐藤が怒りだすのは覚悟していたが、電話の向こうから返ってきたのは思いがけない大爆笑だった。

いや……失礼、失礼。

意外だったね、まさか君に足下を見られるとは……。

どうなんですか!

 強く出てはみたが、内心はドキドキだった。

 こんなのは、紫衣里を人質にとった悪質なタカリにすぎない。

 佐藤から返事がなかったので、当の本人の顔色をうかがってみる。

……。

 案の定、知らん顔だった。

 やがて、何をしていたのか佐藤がようやくのことで返事をした。

う~ん……別に構わないんだけど、それはご友人も了解の上かな?

 痛いところを突いてきた。費用の出所がどうだろうが、板野さんは絶対に施しなど受けない。

 良心に恥じることなく戦う理由がようやく見つかったと思っていたのが、逆に自分を追い込むことになってしまったのだ。

 あまりのみっともなさに、思わず紫衣里がどんな目で僕を見ているか気になった。

 

……。

 やっぱり、知らん顔だった。

 佐藤はというと、あくまでも事務的な口調で、しかし容赦なく僕を追い詰めてくる。

もし、ご了解の上でのご要望ということでしたら、恐喝罪が成立するかもしれません。

君が困っているなら、そうでなくても、君自身がそれに加担したということにならないように、一度アルファレイドの顧問弁護士に……。

 話がひとまわり大きくなっている。

 だが、どうしても、板野さんを見捨てることはできなかった。

事情はよく存じ上げませんが、修学旅行費の援助を必要としている高校生は日本中にいるわけですし、ご友人だけというわけには……。
じゃあ、全員援助してください!
それは……一種の奨学金を出せ、ということですか?

 しばらく経ってから、佐藤は怪訝そうに問い返してきた。

 さらに話が大きくなったのに気付いて、一瞬、答えに困る。

 だが、奨学金云々は僕が言い出したことではない。

そうです!

 ……言ってしまった。深く考えもしないで。

 だが、あてずっぽうではない。僕の直感がそう言っていたのだ。

 e-スポーツのプレイヤーとしての。

……いいでしょう、そういうことなら。ただし、全員というわけにはいきません。

アルファレイド傘下の旅行会社に、費用を負担させるのが現実的でしょう。


 それはまずい。

 板野さんの通う高校が、別の旅行会社を使っていたら、全く意味がない。

ちょ……ちょっと待ってください!

 さすがに僕もうろたえていたが、とりあえず、金華山の向こうにある私立学校の名前を挙げてみた。


……知り合いの担当者に聞いてみます。

 電話が切れる。

 3度目の沈黙が耐えきれなくて、僕はまた紫衣里のほうを見やった。

……。

 眩しい笑顔が返ってきた。どういうつもりか分からなかったが、気持ちだけは何だか楽になった。

 そのうちに、スマホが鳴った。

ああ、連絡が付きました。残業中でよかった。さすがにこういう情報は個人で……。

 そんなことはどうだっていい。結論が聞きたかった。

……で?

 思いっきり不機嫌な返事は芝居でも何でもない。

 僕は本気でイラついていた。

……あ、ああ……該当してます。ウチの傘下で扱ってますよ。
ありがとうございました。宜しくお願いします。
 ほっとしながら礼を言うと、佐藤は一言だけを残して電話を切った。
きっと……優勝してください。

 そう、美談のように聞こえなくもないが、これはあくまでも取引なのだ。

 僕の優勝を条件とした……。

 そこで僕は、背中に押し付けられる柔らかい胸の感触に気付いた。

 振り向くと、しがみついてきた紫衣里が顔を寄せていた。

やったね……見直した。
 認めてもらえたのはうれしかったけど、さすがにこれだけは言っておかなければいけなかった。
服の下に,ちゃんと着けろ。せっかく買ってきたんだからさ、その……。

 紫衣里は真っ赤になって、僕をうつ伏せに突き飛ばした。

バカ! ヘンタイ! 見ないで!
痛えっ!
 畳の上へ顔面を強かに打ち付けた僕には、いそいそと僕の服を脱いで下着をつける紫衣里の姿に目を遣る余裕などなかった。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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