第20話 美青年の誘惑
文字数 1,452文字
佐藤の物言いは相変わらず穏やかだった。だが、こういうのは慇懃無礼という。
明らかな挑発だった。
何のつもりかは分からないが、「この勝負、受けなかったら男じゃない」と言わんばかりだ。
その手には、乗らない。もう、e-スポーツに関わるつもりはなかった。
紫衣里とどう暮らすかという、先行きの見えない問題が僕の前に立ちはだかっている。
優先順位を考えたら、この勝負は考えの外に弾き出さなくてはならなかった。
日本の法律はややこしくて、出せても10万円が上限だ。
紫衣里との生活を考えたら喉から手が出るほど欲しいが、代償が大きすぎる。
それでも聞かないではいられなかったのは、どこかに未練があったからだろう。
よく見ると、ポスターの隅っこに書いてあった。
誤解を招かないためだろうが、どうもやることがみみっちい。
ただ、ちょっと気になるキーワードはあった。
一言一言がいちいちカンに障る。
だが、佐藤の目はもう、僕に向けられてはいなかった。
声がかかったのは僕ではなかった。
どうやら、紫衣里は佐藤とコレについて話していたらしい。
だが、紫衣里は答えなかった。そのまま無言で、ゲームセンターから出ていく。
どこへ行くつもりかは、だいたい見当がついた。
僕がいないと、どうにもならない場所だ。
紫衣里を追って例のフードコートまでやってきた僕は、ついてきた佐藤に尋ねた。
彼と同じくらいの慇懃無礼さで。
だが、佐藤は僕になど見向きもしなかった。
自分で注文してきたワンタンメンをさっさと持ってくると、ぬけぬけと口説きに掛かった。
確かに、僕は別に紫衣里と気持ちを確かめ合ったわけじゃない。出ていかれたらそれまでだ。
だが、横からこういうちょっかいを出されればムカッとくる。
紫衣里は厳しい眼差しで応じる。ざまあみろだ。
だが、佐藤は動じたふうもない。むしろ、爽やかに笑った。
目の前の相手に礼を尽くすのは、e-スポーツのプレイヤーとしては当然だと思っている。
もう、プロになるつもりはないが、プレイヤーであり続けるつもりだった。
だが、こいつに関してはその限りじゃない。
あまりに失礼な態度に、僕はいささかムキになっていた。
だが、紫衣里の澄んだ瞳に見つめられると、その気持ちも急激に冷めた。
佐藤は居住まいを正すと、僕に向き直る。
紫衣里の目つきが急に険しくなった。
僕も不審に感じた。なぜ、佐藤がそれを知っている?