第20話 美青年の誘惑

文字数 1,452文字

リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ……。
 店内に大きく貼りだされたポスターのタイトルを見た瞬間、僕は全身が熱くなるのを感じた。
気になりますか?

 佐藤の物言いは相変わらず穏やかだった。だが、こういうのは慇懃無礼という。

 明らかな挑発だった。

 何のつもりかは分からないが、「この勝負、受けなかったら男じゃない」と言わんばかりだ。

いろいろ……忙しいんで。

 その手には、乗らない。もう、e-スポーツに関わるつもりはなかった。

 紫衣里とどう暮らすかという、先行きの見えない問題が僕の前に立ちはだかっている。

 優先順位を考えたら、この勝負は考えの外に弾き出さなくてはならなかった。

 

アマチュアの方に賞金はありませんがね。
知ってます。

 日本の法律はややこしくて、出せても10万円が上限だ。

 紫衣里との生活を考えたら喉から手が出るほど欲しいが、代償が大きすぎる。

 それでも聞かないではいられなかったのは、どこかに未練があったからだろう。

プロだったら?
3000万。

 よく見ると、ポスターの隅っこに書いてあった。

 誤解を招かないためだろうが、どうもやることがみみっちい。

 ただ、ちょっと気になるキーワードはあった。

一般の方にも、豪華特典……?
 僕のつぶやきは、佐藤の耳には入らなかったらしい。

そうですか……夏休みの末ですから、なんとかやりくりはできるかと思ったんですが。

まあ、無理は言いませんよ。

 一言一言がいちいちカンに障る。

 だが、佐藤の目はもう、僕に向けられてはいなかった。

え……?
いかがでしょう、紫衣里さん?

 声がかかったのは僕ではなかった。

 どうやら、紫衣里は佐藤とコレについて話していたらしい。

……。

 だが、紫衣里は答えなかった。そのまま無言で、ゲームセンターから出ていく。

 どこへ行くつもりかは、だいたい見当がついた。

 僕がいないと、どうにもならない場所だ。

……で、どうしてあなたが?

 紫衣里を追って例のフードコートまでやってきた僕は、ついてきた佐藤に尋ねた。

 彼と同じくらいの慇懃無礼さで。

 だが、佐藤は僕になど見向きもしなかった。

  

 

あなたが欲しいんです、紫衣里さん。

 自分で注文してきたワンタンメンをさっさと持ってくると、ぬけぬけと口説きに掛かった。

 確かに、僕は別に紫衣里と気持ちを確かめ合ったわけじゃない。出ていかれたらそれまでだ。

 だが、横からこういうちょっかいを出されればムカッとくる。

 ……。

 紫衣里は厳しい眼差しで応じる。ざまあみろだ。

 だが、佐藤は動じたふうもない。むしろ、爽やかに笑った。


 ……本当のお名前ではないでしょうが。
……お前な。

 目の前の相手に礼を尽くすのは、e-スポーツのプレイヤーとしては当然だと思っている。

 もう、プロになるつもりはないが、プレイヤーであり続けるつもりだった。

 だが、こいつに関してはその限りじゃない。

 あまりに失礼な態度に、僕はいささかムキになっていた。

 ……。

 だが、紫衣里の澄んだ瞳に見つめられると、その気持ちも急激に冷めた。

 佐藤は居住まいを正すと、僕に向き直る。

どういうご関係かは詮索しません。ただ、直接お話ができれば……これまでは年配の方とあちこちを転々となさっていて、それがなかなか叶いませんでしたので。
……。

 紫衣里の目つきが急に険しくなった。

 僕も不審に感じた。なぜ、佐藤がそれを知っている?

こう見えても、一応は「アルファレイド」の人間です。知らないことなどありません。
 大口を叩くと、佐藤は再び千両役者のように微笑んだ。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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