第15話 流浪の一族

文字数 1,608文字

私くらいの年の女の子じゃないと、ダメらしいんだ。
大人になると、どうなるの?

 深刻な問題だった。

 僕たちがいつまで一緒にいられるかは、そこに懸かっている。

 紫衣里は、さらっと答えた。

赤ちゃんを産むの。
……はい?

 いきなり話がそっち方面へ飛んで、僕はうろたえた。

 男でも頬が赤くなるようなことを口にしておいて、紫衣里は平然と話を続けた。

子供を産んだら、別の女の子がスプーンを引き継ぐの。そして、その子供は私の年くらいになると、別のスプーンを受け継ぐわけね。
そのタイミングって、どうなってるの?

 女の子に守られたスプーンが、世界中にいくつあるのかは知らない。

 だが、決まった年齢の女の子にそれを引き継ぐには、相当しっかりしたネットワークが必要だ。

その時になると、「時のお爺さん」がやってくるの。

 ずっと紫衣里のそばにいた、やたらゲームの強いあの爺さんのことが思い出された。

 「リタレスティック・バウト」の対戦中に見せた、あの燃えるような瞳は恐ろしかった。

 あれは一度見ただけだったが、その後も何かの拍子に眼前に浮かんで身体をすくませたものだ。

何者なんだ? あの爺さんは。
「鬼」……私たちの間では、そう呼ばれてる。ヨーロッパだったら、「デーモン」「ダイモン」、インドなら、アスラ……。

 憎しみと畏敬の入り混じった、不思議な口調だった。

 紫衣里の話を総合すると、あのスプーンを守るために生まれ、成長し、子を産み育てることを宿命づけられた少女がいるということだ。

 そのサイクルを守るために、「鬼」と呼ばれる老人たちは少女の前に現れるのだろう。 

 あのスプーンを携えて。

何のために?

 自分でも、声が怒りに震えているのが分かった。

 人生を、そんなことのために使われている女の子たちがいる。

 勉強したり、遊んだり、恋をしたりすることも知らないで……。

あのスプーンを、私たち以外の者に使わせないために。

 笑みをたたえてきっぱり答える紫衣里に、思わず拍子抜けした。

 人生の全てを縛られた少女を、何が何でもあの爺さんから解き放つつもりだったのだ。

 

本当にいいのか……そんなんで?
あれが私たちの手から離れたら、どうなると思う?

 e-スポーツで、自分でも信じられないような真似ができたのだ。

 頭は冴えわたり、手は思い描いたままに動く。

 いいことに使えばそれなりに人の役に立てることだろう。

 だが。

世の中、無欲な善人ばかりじゃないってことか。
その人たちのためにもならないわ……あれをコントロールできるのは、私たちだけなの。

 紫衣里は、ため息混じりに答えた。

 そこには、この世の全ての悪に対する、諦めにも似た許しの響きがあった。

 あのスプーンを欲に駆られて鳴らすと、ろくでもないことになるらしい。

他の人が鳴らすと……?
 紫衣里は、厳しい目で僕を見据えた。
分からないわ。他の人に渡したことがないから。

 その言葉の裏には、僕の想像をはるかに超えた苦しみに耐えてきた者の矜持があった。

 あのスプーンを守り通すことは、紫衣里にとって人生を賭ける価値のあることなのだ。

 すると……。

 

じゃあ、その……子どもも?
 紫衣里は、必ず産まなければならないということだ。
バカ! 嫌い!

 ぷいとそっぽを向くなり、紫衣里はそのまま床でころりと横になった。

 さっきの毅然とした態度が嘘のような横着さである。

 だが、恐ろしい宿命を持つ人々の話を聞いてしまった僕には、もうそれを咎める気も起こらなかった。

悪かったよ……。

 しばしの重い沈黙が、狭い部屋を抑えつけた。

 女の子は、難しい。誇り高いときがあるかと思えば、心の深い所を開いてみせるときもある。

 だが、それに甘えて踏み込んだりすると、その先は侵すべからざる秘密の聖域だったりもするのだ。

 その奥から、微かな囁きが聞こえた。

だから、信じられる男性がいれば、共に暮らす資格があるかどうかを試されるの。
 それは、許しの声だった。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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