第41話 貴公子の新たなる挑戦

文字数 1,507文字

 佐藤と入れ違いにもう1人、見覚えのある顔がやってきた。
見つけたぞ、ハセオ君!
あ、ええと……。

 名前が出てこない。

 思い出そうとしてしばらく眺めていると、向こうから名乗ってくれた。

人の名前を忘れるとは失礼じゃないか!

覚えておいてほしい、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世だ。

 そうすることにしよう。

 あの試合のときは、もう会うこともない相手だと思っていた。

 だが、こんな田舎まで僕を探してきた以上、知らん顔もできない。

 やはり、金とヒマのある人は違う。

はるばるイギリスから?

 名前からすると、古い家柄の高貴なお坊ちゃんといったところだろう。

 金もヒマもあってうらやましいことだ。

 実際、彼の後ろには執事っぽい人まで付き従っている。

ちわー、オモナガ急便です!
 妙に若いと思ったら、宅配業者のお兄さんだった。
あ……どうもどうも。

 ハンコをついた店長が受け取ったのは、大きな包みだった。

 それを前に、いちいち思い出すのも面倒臭くなるほど名前の長い貴公子は、僕を見据える。

受け取ってくれないか。

 手土産にしては、大げさすぎる。本当に金遣いの荒いお坊ちゃんだ。

 内心では呆れながら、包みを受け取ってほどいてみる。

これ……。
 手にした優勝カップに唖然としていると、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世は手近な筐体に1枚の紙きれを叩きつけた。
……バカにしないでくれ!
 手を除けたところを見やると、そこには3のあとにいくつかの0が並んでいた。
いち、じゅう、ひゃく、せん……さんぜんまん?

 3000万円の小切手だった。

 あの<リタレスティック・バウト>のプロ賞金と同額の……。

本来なら、君のものだ。
いや、優勝は辞退……。

 僕が司会者に優勝の辞退を告げてその場を駆け去ったとき、人混みをかき分けて佐藤がステージへすっ飛んでいくのが見えた。

 その後のことはよく知らない。

 次の日、バイト先で分かったのは、このエセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世が繰り上げで優勝扱いになったということだけだ。

憐れみなら、結構だ。
……はい?
確かに我がスウィンナートン家は莫大な負債を抱えている。世界中を渡り歩いて、どれだけ賞金を稼いでも穴埋めできないくらいだ。その上……。
……!

 まるで双剣を携えて立ち向かってくるような勢いで、両の手が突き出された。

 そこには、ミイラ化と思えるほどにやせ細った、骨と皮ばかりの手があった。

 多分、重い病気に冒されて、身体が衰弱しきっているのだ。

こんな身体では、ゲーム機の前に座っているのがやっとだ。だが、君に勝ちを恵んでもらういわれはない!

 なぜ、試合が終わるとすぐに姿を消してしまったのか、これで分かった。

 どこかで安静にして、消耗された体力を少しでも回復しなければならなかったのだ。

 そんな身体でなかったら、e-スポーツに家系の名誉と人生を賭けたりはしないだろう。

僕はまだ……アマチュアですから。

 見方を変えれば、これは日本円にして何億という賞金を懸けたギャンブルだ。

 だからこそ、日本ではプロしか賞金がもらえない。

 優勝したら、それは彼が手にして当然なのだ。

ならば、プロの世界で待っている。その上で、君にもう一度挑戦しよう。それまで、この賞金は預かっておく。
……それって、賭博にあたりませんか?

 だから、日本のe-スポーツは、アマチュアへの賞金が外国と比べて信じられないくらい少ないのだ。

 だが、誇り高いエセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世は引き下がらない。

 不敵に笑うと、拾い上げた小切手を僕に突きつけた。


 

君が勝ったらな。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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