第21話 男と男の静かな闘い

文字数 1,160文字

……ご用件は?

 こいつと紫衣里が直に口を利くなんて、我慢がならない。

 だが、佐藤はわざとらしく手を叩いておどけてみせた。

おっと、麺がのびちゃいますね。

 麺をすすり始めると、僕にはもう、返事もしない。

 そこへ、フードコートのアナウンスが入った。

8番札をお持ちのお客様……。
呼んでますよ。
 手を開いてみれば、僕の手の中にある楕円形のプラスチック札には、マジックインキの手書きで「8」と書いてある。
……おなかすいた。

 紫衣里もそろそろ「エネルギー切れ」のようだった。

 正直、少しの間であっても佐藤と2人きりにはしたくなかった。

 だが、ここで倒れられるのも面倒だ。

……黙ってろよ。

 そう言い残して、僕はカウンターへ向かった。

 もっとも、どっちにそう言ったのかは自分でも分からない。

 とにかく、出来上がったハンバーガーと大盛りの中華丼を受け取らなければならなかった。

 だが、慌てて戻ってきたときにはもう遅かった。

このスプーンとあなたを必要としている人が、世界中にいるんです。

 まだワンタンメンをすすり込んでいる佐藤は、再び紫衣里を落としにかかっていた。

 だが、幸か不幸か、銀のスプーンの守護者はテーブルにべったりと突っ伏している。

ほら、食えよ。

 テーブルに大盛りの中華丼を置いてやると、紫衣里の手はのろのろと動いた。

 丼を引き寄せると、震える手でレンゲを掴む。超スローモーションの映像でも見せられているかのような鈍さで、紫衣里は餡のかかった飯をゆっくりと口に運んだ。

 そして。

……え?

 佐藤の喉がごくりと動いたのは、麺と息のどちらを呑み込んだせいだろうか。

 そのいずれにせよ、知らない人が見たらすくみ上ってしまうほど、紫衣里の食いっぷりは凄まじかった。

どうぞ、お話しください……たぶん、聞いちゃいませんが。

 皮肉たっぷりに言ってやると、僕はハンバーガーをかじった。

 これで財布の中は完全に空になっている。給料日はまだ先だから、貯めた12万円に手をつけるときがそろそろ来たようだった。

 佐藤は丼の中のスープを一気に飲み干すと、僕に向かって用件を口にした。

 もうご存知かとは思いますが、あのスプーンを持つ女の子と、賭け事や勝負事の場で行動を共にする老人は世界中に何組もいます。その目撃情報を頼りに、私たちはその行方を追ってきました。
……じゃあ、他を当たってください。
 佐藤たちの事情なんかどうでもいい。当てがあるなら、そっちへ行ってほしかった。
 簡単にできるんなら、そうしています。それぞれの女の子が何と呼ばれているかも、リストアップされてますから。

 なんて変態どもだ。女の子の名前を調べ上げて、こそこそ世界中に追いかけ回しているなんて。

 こんな連中の助けを借りてe-スポーツのプロになろうとしていたのが、たまらなく恥ずかしくなった。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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