第39話 鬼の目をした老人の宣告
文字数 1,443文字
この炎天下だ。
表彰式や閉会式まで待つ義理など、観客にはない。
だが、紫衣里までがいなくなることはなかった。
優勝の喜びをいちばん分かち合いたい人は、どれだけ呼んでも返事をしてくれない。
それでも僕は諦めなかった。
紫衣里のものではないが、聞き覚えのある声が答えた。
僕の足は、はたと止まった。
老人は、どこか悲しそうな笑顔で告げる。
そのとき、僕はもう紫衣里と暮らすことができないのを知った。
だが、納得のいかないことがある。
僕が使わせたわけじゃない。むしろ、紫衣里がスプーンを使わなくてもいいよう、e-スポーツを辞めるつもりでいたのだ。
だが、老人は静かな、しかし厳しい声で問い返してきた。
板野さんのためだ。それは多分、紫衣里の望んだことでもある。
だが、それは老人の知ったことではないだろう。
選んだのは、僕なのだ。
どうしても、分からないことがあった。
それが理解できない限り、僕は明日から自信を持って生きていけないような気がしていた。
老人も、それは察していたらしい。
僕は大きく頷いた。
紫衣里がいない今、僕とすれ違ってしまったその気持ちだけでも受け止めておきたかったのだ。
僕は口ごもった。
紫衣里へのあふれる思いが胸につかえて、言葉をそこで押しとどめてしまっていた。
だが、老人にそれ以上の言葉は必要なかったらしい。
そこで老人は、悲しげに言葉を途切れさせた。僕がいちばん聞きたいことは、そこにある。
そこで老人は顔を上げると、僕を見据えた。
背筋に寒いものが走ったとき、記憶の底から蘇ったものがあった。
全てを、始まりに戻すかのように。
あの燃えるような鬼の目をした老人は、低い声で言い切った。