第22話 平凡な名前の男が語る熱い想い

文字数 1,073文字

紫衣里でなくちゃいけない理由でもあるんですか?
いいえ……この日本で確認されたのが、彼女だったってだけのことです。

 さらりと答えたのにはイラっときた。人をバカにするにもほどがある。

 僕には紫衣里しかいないのに、こいつは日本にいれば誰でもよかったと平気で言ってのけたのだ。

帰ってくれませんか? たぶん、お話しできることは何もないと思います。

 努めて冷ややかに告げたつもりだったが、その皮肉に佐藤は動じた様子がない。

 むしろ、声を低めてきっぱりと言い切った。

私はこの計画に人生を賭けています。
人生……。

 紫衣里と会ってから、その一言は僕にとっても身近なものになっていた。

 この夏は、彼女のために人生を選択する時だという気になっていたのだった。

 佐藤の話はといえば、さらに熱を帯びてきた。

アルファレイドの医療技術部門全体が、あのスプーンと彼女たちを追っているんです。なぜだか分かりますか?

 澄んだ音で頭の中の火花がスパークした、あの時の感覚はよく覚えている。

 僕は医療関係のことなど全然知らない。だが、あれが錯覚でないなら人のために使わない法はないということだけは見当がついた。

お手柄が欲しいだけじゃないんですか?

 そう言わないと、突っぱねる理由がなかった。ひどい侮辱だとは思ったが、これで佐藤が機嫌を損ねて帰ってくれればもうけものだ。

 だが、帰ってきたのは平然とした一言だった。

はっきり言ってしまえば、そうです。
え……。
 あまりにはっきりと本音を告げられて、唖然とするしかなかった。その隙を突くかのように、佐藤はしゃあしゃあとまくし立てる。
紫衣里さんが力を貸してくだされば、「アルファレイド」全グループを挙げた新たな技術開発が始められます。医療だけじゃありません。教育、スポーツ……あらゆる分野で、人間の能力を限りなく引き出すことができるんですよ。僕は、そのきっかけを作ることができる。こんな嬉しいことはありません。

 言っていることは割と真っ当なのだが、だからといって「はいそうですか」と応じる気にはなれなかった。佐藤は、さらに熱く語りはじめる。


 このスプーンと紫衣里さんを必要としている人が、世界中にいます。

 飢餓に貧困、戦争の中で生き抜かなくちゃいけない人たちが……。

じゃあ、まずそっちじゃない? なんとかするの。

 いつのまにか、紫衣里は大盛りの中華丼を食べ終わっていた。

 澄んだ瞳で、佐藤をまっすぐ見つめている。

 だが、返ってきたのは、声音こそ柔らかいが愛想のない一言だった。

残念ながら、それは私と「アルファレイド」の能力を超えていますので……。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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