第27話 思わぬ挑戦者

文字数 1,339文字

 夢にも思っていなかった。

 まさか、見ず知らずの高校生たちの思いを背負うことになろうとは……。

 大会当日までの、このプレッシャーは重すぎる。

 だが、それに耐えながらバイトに出た僕の前には、さらなる試練が待ち構えていた。

実は……困ったことになっちゃってさ。
 店に入るなり、深刻そうな顔をした店長が指さしたのは、そこにはないはずの姿だった。
アタシと……勝負してください、長谷尾さん。
 <リタレスティック・バウト>の大画面を背にして、まっすぐに立った板野さんが僕を見据えていた。
え……。
 小柄な板野さんだが、今日はなんだか気迫が違った。とても、昨日のバイトで倒れて入院した女の子には見えない。
<リタレスティック・バウト>でアタシが勝ったら、長谷尾さんの代わりにバイトに入ります。
あの……入院したって……。
 そっちの方が問題だった。修学旅行がいつかは知らないが、無理がたたって病気が重くなったせいで行けなくなったとあっては、夕べの交渉が全て徒労に帰する。
ただの過労です。外出許可もらってきました。でも、勝ったら戻りません。

 ムチャクチャな理屈だった。

 僕はちらっと店長を見やる。もともとモグリのバイトなのだ。この上、過労で病人まで出したらタダでは済まないだろう。このまま平穏無事な人生を送りたかったら、板野さんを追い返すしかない。

ごめん、長谷尾くん……ダメだって言ったんだけど、聞かなくってさ。
だって無茶でしょう、僕とやり合って勝つなんて!
 結構、真剣に抗議したのだが、返事をしたのは板野さんだった。
あんまり……見くびらないでください!

 どっちかというと、その目は僕よりも、紫衣里を見ていたような気がする。

 それはそうとして、場を弁えないほどに切羽詰まった鋭い声に、店内の客たちがぞろぞろと集まってきたのには参った。

何アレ……?
バイト同士の痴話喧嘩……?

 eースポーツのプロに集まるのとは質の違う、好奇の視線にはさすがに腰が引けた。

 だが、そんな僕をたしなめるように、紫衣里は冷ややかに言った。

……受けてあげたら?
 店長は店長で、僕へのけしかけ方が温かった。
あんまり……本気出さないでね。星美ちゃん、折れちゃうといけないから……。

 僕の気持ちなど全く意に介さない紫衣里。

 自分では手を下さないくせに注文だけは多い店長。

 そのどっちにも、僕はイライラきていた。それでもとりあえずは、やるしかない。

 オーダーどおりに。

じゃあ、ハンデをつけよう。それでいい?

 やりたくない勝負を受けるための、最大限の妥協だった。

 だが、それでさえも、板野さんの自尊心には少なからぬ傷を与えたらしい。

バカにしないでください! 私だって……長谷尾さんを見てたんです!

 どういう意味かは、ちょっと量りかねた。

 だが、とにかく僕の技は、見ただけで盗めるほど安っぽいものではない。

 同じ条件で戦うのは、かえってフェアじゃない気がした。

じゃあ、こうしよう。僕は必殺技を使わない。逆に、使っちゃったら、僕の負けってことにしよう。
……その約束、後悔しますよ。
 板野さんは険しい顔つきで言い放ったが、僕の傍らの紫衣里は、ため息交じりに意味不明の一言をつぶやいた。
……鈍感なんだから。
 誰のことを言っているのか、よく分からない。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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