第32話 奔放な対戦者
文字数 1,792文字
僕の対戦相手となったのは、アメリカからの招待選手だった。
フィービー・マイケルスと紹介されるなり、彼女は伸びやかな身体を乗り出して、観客席に投げキッスを贈った。
見方によっては、「女にツイている夏」ということになるのだろう。
もっとも、僕はそういう性質じゃない。
紫衣里さえいれば、それでいい。で、板野さんが幸せなら、言うことはない。
だが、そんなささやかでひそやかな思いは、試合開始と共に打ち砕かれた。
フィービーが操るのは、中国の『児女英雄伝』の女傑、
しなやかな身体で画面中を自在に飛び回る、厄介な忍術使いだ。
羽根帽子を胸に大鼻の剣士が、恭しく一礼する。
ゲームスタートだ。
いきなり来た。
長い黒髪をなびかせた少女が、身体をすくめて跳んでくる。
……かと思うといきなり全身を伸ばして剣を突き刺してくる。
野生の馬が、川を飛び越えてくるかのように。
そうは問屋が卸さない。
シラノがひらりと投げたマントは十三妹の全身に絡みついて、動きを封じる。
これで一刺し……と思ったときだった。
着地した十三妹が月を抱え込むかのように、一歩退いて剣を引き寄せる。
空を切るどころか相手に奪い取られたシラノのマントは、微塵に切り裂かれた。
だが、必殺技を使った後、隙が出来るのはお互い様だ。
あとは、判断力と反射能力の問題なのだが……。
流星が月を追うが如く、十三妹の剣が一閃する。
シラノの首は、羽根帽子をかぶったまま宙に舞った。
予定通り2本先取とはいかず、一敗地に塗れたわけだ。
だが、炎天下の僕の身体は、内側から熱くなった。
一方で頭の中は、冷たく冴えわたる。
観客の歓声の中、2ラウンド目が始まった。
神速の突きが一閃する。確かに、洞穴の中に飛び込んできたスズメバチのようなものだ。
だが、いったん負けて腹が据わってしまえば、そんな奇襲は何でもない。
動きもしないシラノと、剣を突き出した十三妹が交差した瞬間、画面上に3つの文字が浮かぶ。
「ま」と「ぬ」と「け」……。
十三妹の服は3枚に切り裂かれ、華奢な少女は腕で身体を覆ってしゃがみ込む。
フィービーは自分が同じ目に遭わされたかのように恥じらってみせる。
男性客の歓声が上がったが、これは制作者側のサービスであって、僕のセクハラじゃない。
これでキャラクターが男だったら、シラノの剣で3枚に下ろされているところだ。
だが、紫衣里の反応はというと……。
機嫌が悪そうだったので、僕はとりあえず謝っておいた。
紫衣里とフィービーの、どっちに対してかはよく分からなかったが……。
そして、最終ラウンドがやってきた。
1本目を取られている。夕方になる前に勝利を収めるには、時間のロスは避けなくてはならなかった。
方法は1つだけだった。
瞬殺、あるのみ。
一気呵成に勝負に出ようとしたのは、フィービーも同じことだった。
十三妹は両腕を広げて悠々と舞い上がる。
大地を覆い隠すほど大きな翼を持つ伝説の「大鵬」のように……。
そこで落下の勢いに乗ると、空中から斬り込んできた。
シラノの剣が変幻自在に閃く。
空中を自由自在に飛び回りながら繰り出される、高速の剣が次々に受け流されていく。
それがそのまま、十三妹に20段階のダメージを与えていった。
十三妹が倒れて、僕の勝ちがコールされる。
だが、その時は既にフィービーが僕に駆け寄り、顔を豊かな胸に抱え込むなりキスの雨を降らせていた。
観客席から冷やかしの声とブーイングが同時に上がるのを聞きながら、紫衣里の顔色をうかがう。