第32話 奔放な対戦者

文字数 1,792文字

 僕の対戦相手となったのは、アメリカからの招待選手だった。

 フィービー・マイケルスと紹介されるなり、彼女は伸びやかな身体を乗り出して、観客席に投げキッスを贈った。

ヨロシク、ハセオ!
はは、は……どうも。

 見方によっては、「女にツイている夏」ということになるのだろう。

 もっとも、僕はそういう性質じゃない。

 紫衣里さえいれば、それでいい。で、板野さんが幸せなら、言うことはない。

 だが、そんなささやかでひそやかな思いは、試合開始と共に打ち砕かれた。

ゴー! シイサンメイ!

 フィービーが操るのは、中国の『児女英雄伝』の女傑、十三妹(しいさんめい)だった。

 しなやかな身体で画面中を自在に飛び回る、厄介な忍術使いだ。

お前の腕の見せ所だ、シラノ!

 羽根帽子を胸に大鼻の剣士が、恭しく一礼する。

 ゲームスタートだ。

イェマーテャオユェン(野馬跳淵)」!

 いきなり来た。

 長い黒髪をなびかせた少女が、身体をすくめて跳んでくる。

 ……かと思うといきなり全身を伸ばして剣を突き刺してくる。

 野生の馬が、川を飛び越えてくるかのように。

長いマントを投げ捨てて(ジェテ・モン・ロン・マント)……」!

 そうは問屋が卸さない。

 シラノがひらりと投げたマントは十三妹の全身に絡みついて、動きを封じる。

 これで一刺し……と思ったときだった。

ホワイチョンパォユェ(懐中抱月)」!

 着地した十三妹が月を抱え込むかのように、一歩退いて剣を引き寄せる。

 空を切るどころか相手に奪い取られたシラノのマントは、微塵に切り裂かれた。

 だが、必殺技を使った後、隙が出来るのはお互い様だ。

 あとは、判断力と反射能力の問題なのだが……。

しまった……。
 それは相手のほうが一瞬だけ早かった。
リュウシンガンユェ(流星赶月)」!

 流星が月を追うが如く、十三妹の剣が一閃する。

 シラノの首は、羽根帽子をかぶったまま宙に舞った。

やるじゃないか……。

 予定通り2本先取とはいかず、一敗地に塗れたわけだ。

 だが、炎天下の僕の身体は、内側から熱くなった。

 一方で頭の中は、冷たく冴えわたる。

 観客の歓声の中、2ラウンド目が始まった。

ホァンフンルードン(黄蜂入洞)」!

 神速の突きが一閃する。確かに、洞穴の中に飛び込んできたスズメバチのようなものだ。

 だが、いったん負けて腹が据わってしまえば、そんな奇襲は何でもない。

まぬけの3文字(トロワ・レトレ・ニエス)」……。

 動きもしないシラノと、剣を突き出した十三妹が交差した瞬間、画面上に3つの文字が浮かぶ。

 「ま」と「ぬ」と「け」……。

 十三妹の服は3枚に切り裂かれ、華奢な少女は腕で身体を覆ってしゃがみ込む。

ノー、ハセオ……。

 フィービーは自分が同じ目に遭わされたかのように恥じらってみせる。

 男性客の歓声が上がったが、これは制作者側のサービスであって、僕のセクハラじゃない。

 これでキャラクターが男だったら、シラノの剣で3枚に下ろされているところだ。

 だが、紫衣里の反応はというと……。

……。

 機嫌が悪そうだったので、僕はとりあえず謝っておいた。

 紫衣里とフィービーの、どっちに対してかはよく分からなかったが……。

ごめん……。

 そして、最終ラウンドがやってきた。

 1本目を取られている。夕方になる前に勝利を収めるには、時間のロスは避けなくてはならなかった。

 方法は1つだけだった。

 瞬殺、あるのみ。

 

ダーポンヅァンチーン(大鵬展翅)」!

 一気呵成に勝負に出ようとしたのは、フィービーも同じことだった。

 十三妹は両腕を広げて悠々と舞い上がる。

 大地を覆い隠すほど大きな翼を持つ伝説の「大鵬」のように……。

 そこで落下の勢いに乗ると、空中から斬り込んできた。

20の韻律(ヴァント・プロソディセ)」!

 シラノの剣が変幻自在に閃く。

 空中を自由自在に飛び回りながら繰り出される、高速の剣が次々に受け流されていく。

 それがそのまま、十三妹に20段階のダメージを与えていった。

 

ステキ! サイコー、ハセオ!

 十三妹が倒れて、僕の勝ちがコールされる。

 だが、その時は既にフィービーが僕に駆け寄り、顔を豊かな胸に抱え込むなりキスの雨を降らせていた。

 観客席から冷やかしの声とブーイングが同時に上がるのを聞きながら、紫衣里の顔色をうかがう。

……。
 思った通り、物凄い目で僕を睨みつけていた。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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