第35話 守護天使のお告げ

文字数 1,368文字

 ステージから下りた僕を、紫衣里はニヤニヤ笑いながら出迎えた。


 ……意外なご褒美だったね。
別にいらなかった、そんなの。

 コスプレ君の唇が触れた辺りが、鈍く疼く。

 ハンカチでごしごしやっていると、今度は摩擦でヒリヒリしてきた。

まあ、優勝したら私がご褒美あげるから……。
え、それって……。

 話の流れからすると、期待できるものは1つしかない。

 それを紫衣里の口から聞き出せないかと思案を巡らせているうちに、僕の肌が危機の襲来を継げていた。


 

Excusez-moi.

(失礼します)

Tiens.

(どうぞ)

 紫衣里がさっさとコスプレ君を座らせたのは、隣の席だった。

 席指定がされているわけではなおが、僕の了解は必要だったかと思う。

 さっきのアレは、見ていたわけだから。

Elle est votre déesse de la victoire.

(彼女は君の勝利の女神ですね)

 微笑んで言うことが、口説き文句にしか聞こえない。

 紫衣里は紫衣里で、僕のフォローをしようともしなかった。

N'est-ce pas tout le monde qui s'aime ainsi?

(愛し合うものは、みんなそうじゃありませんか?)

 いたずらっぽく輝く瞳が、このコスプレ男に向けられている。

 こいつの趣味がアレなんだとしても、何だか面白くなかった。

Alors, je serai aussi son ange gardien.

(では、私も彼の守護天使になりましょう)

 真剣なまなざしを向けられて、思わず鳥肌が立った。

 性的嗜好への偏見はどうとかこうとか言われても、僕は当事者として選ぶ権利がある。

 たとえば、目の前に紫衣里と板野さんがいたとしたら、当然……。

……そこで、何で板野さん?
 はたと気付いてつぶやいたことを、紫衣里は聞き逃さなかった。
……気になる?
そ、そりゃあ……。

 板野さんの、一生に一度のささやかな願いを叶えるのだ。

 後ろめたいことなど、あるはずがない。

 だが、僕は何故かたじろいだ。

Il fait quelque chose de mal ?

(彼、何かやましいことでも?)

 紫衣里は不機嫌そうに答えた。

Il est tenté par d'autres femmes.

(他の女にちょっかい掛けられてるんです)

 何やらコスプレ君は大笑いして、立ち上がった。

 準決勝の次の試合がコールされる。

Il n'y a qu'une chose que tu puisses faire pour le vrai amour.

(本当の愛のためにすることは、1つだけでいいんです)

 フィービーがそうしたように、コスプレ君は何やら言い残すと、まだ終わっていない試合を背にして去っていった。
……何て言ったの?

 妙に意味深な様子に見えたので、気になって聞いてみた。

 紫衣里はというと、神妙な顔をして答えた。

守護天使は、答えを教えては下さいません……。

 そうかもしれない。

 紫衣里が僕の守護天使なのだとしたら、どんな答えであれ、自分で出したものを尊重してくれるだろう。

あ……まただ!

 観客席が一斉に湧く。また、瞬殺で勝負が決まったのだ。

 あの男と、僕は戦うことになる。

 決勝戦を控えて、会場内には10分間の休憩を告げるアナウンスが響き渡った。

 その10分でも、僕には惜しい。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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