第6話 ひとつ屋根の下の彼女と、そのリスク

文字数 1,352文字

連れていけって……そういう意味だとは。
 まさか、この美少女とひとつ屋根の下で暮らす羽目になるとは思わなかった。
よろしくね!
 ガラスのような澄んだ目で見つめられると、もう沈黙するしかない。
 確かに僕は下宿生なので、親の目は関係ない。1人暮らしのアパートに2人住んでいるのを管理人が咎めなければ、別に問題はなかった。
 嫌も応もない……こんな可愛い子と一緒なんて。
……こちらこそ。
 問題は、あの老人の出した条件だ。
(シエリの鳴らす銀のスプーンの音は、人の脳に働きかけ、潜在能力を100%引き出すことができる。だが、その力をあと1ヵ月の間、使ってはならない)

 そんなことは何でもなかった。

 彼女の名前は、長月(ながつき)紫衣里(しえり)というらしい。流れる黒髪と澄んだ瞳、人形のような白い肌には、どこか冷たいものが感じられる。その素性が彼女の口から語られることもない。
 ただ、分かったことは1つだけあった。

 次の日のことだ。

……こういうことか。
 夕食のテーブルの前で、僕は絶望のどん底にいた。
いただきま~す!

 バイトが終わって、同じショッピングモールの食料品売り場へ行ったら、僕たちは注目の的になった。

 その理由は、紫衣里が現実離れして可愛いかったということだけじゃなかった。

そのカレー、おいしい?
おいしいよ! ありがとう! 作ってくれて!
 肉とか野菜切るのめんどくさい。
いや、そんな、レトルトでよかったら、いくらでも……。
あ、じゃあ、次はギョーザ!
ははは……凄い組み合わせだね。ニンニクの臭い、大丈夫?
カレーなら何でもトッピングできると勘違いしてる、どっかのチェーン店か。
細かいこと気にしないの!
あ、どうぞどうぞ……いくらでも焼くよ。
フライパンとか油とか使いたくない。水餃子も熱くていやだ。
あ、でもやっぱり臭うのやだから、ほら、そうめんをさ……
……そうめん?
つゆにワサビいっぱい入れて、キューっと啜れば……。
食い物へのこだわりにも限度ってものがある。
今から茹でるの?
暑苦しいのイヤなんだよ。
そう、めん! なんちゃって……。
あ、それ、面白いね、ははは……。
くだらねえ。
 それでさ、このつゆに天ぷらつけて食べるのも美味しいんだよ。あ、大根おろしも入れて。
へえ……。ウチで揚げたのじゃなくてごめんね、火の始末、結構怖くてさ……。あ、大根は今おろすね。
結構体力いるんだよな。
ねえ、英輔くん……。
はい……?
食べないの?
もう食うものがねえ!
いや、今、減量しててさ……。
何で?
いや、その……e-スポーツって、太ると不利なんだよ。
 もちろん、ウソである。
あ、それからねえ……。

きりがないからこのへんにしておく。

そう、可愛い顔して、よく食べるのだ。この娘は。一緒に暮らすとなると、食費もかかる。

この日もショッピングカートは食料品が山盛りで、恥ずかしいことに人目を引いて仕方がなかったのだ。

(僕が通っているのは公立だから授業料はかからないけど……)
 親からの仕送りの一切は止まっていた。e-スポーツのプロになるのを反対されているからだ。だから僕は、あちこちの大会に出て、何度も優勝してみせている。
 その傍らで貯めた専門学校進学資金が、12万円。
これだけは……死守しないと。
これが、美少女とひとつ屋根の下で暮らすことの現実だった。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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