第33話  綺麗なお姉さんとの束の間の交流

文字数 1,524文字

……なに怒ってんだよ。

 準々決勝が終わった後、紫衣里はしばらく僕とは口を利かなかった。

 さっきのフィービーのアレは不可抗力としか言いようがないのだが、それでも面白くはないらしい。

……べ~つ~に~。

 そういうのを、「怒っている」という。

ハアーイ! ハセオ! We had a good game!
 そこへなんかややこしいのがまた1人来て、僕の隣に座った。

いい試合でしたね、って。よかったね、こんなきれいなお姉さんに気に入られて。

板野さんに言ってやろ。

 何でそこで板野さんが出てくるのか、よく分からない。

Did you quarrel?

(ケンカでもしたの?)

He has affairs.(浮気者なんです、彼)

 笑顔で何を言ったのか知らないが、フィービーは大笑いした。

Forgive him. Marvelous player,he is.

(許してあげて。すごいプレイヤーなんだから、彼)

I understand it.

(そんなの分かってます)

 女2人が笑い合うのを、言葉の通じない男としては黙って見ているほかはない。

 そうこうするうちに次の試合が始まって、僕は何とかカヤの外のわびしさを逃れることができた。

 ここまで勝ち上がってきたプレイヤーたちの激闘が、僕の闘志を高ぶらせていく。

 


がんばって、ハヌマーン!

ここがお前の戦場だ、ローラン!

……と、ヒンディー語を使う女の子とスペイン語を話す男の子が言ってます。

 佐藤みたいな慇懃無礼さで、紫衣里が解説してみせる。

 カンカンに燃え上がったさっきの闘志は、それだけで一気に萎えた。

 僕と紫衣里の間に、夏のさなかとも思えない寒い風が吹き抜ける。

ああ、あのチャクラム……刃の付いた円盤投げてるのが、インドの『ラーマーヤナ』に出てくる猿神、ハヌマーンだね。で、あの角笛吹いたのが、フランスの『ローランの歌』の主人公、ローラン……。

 自分でも説明臭いと思うが、こうでもしないと会話が成り立たない。

 傍で聞いていたフィービーが、また笑った。

Good lovers…….

(素敵な恋人同士ね)

 さらに試合は続く。

 見ている僕たち3人も、次第に熱くなって試合にのめり込んでいった。

 

出番だ、弁天小僧菊之助!
全てをお前の手に……黒い海賊!
……って、フランス語とイタリア語で。
 紫衣里の機嫌はすっかり直っていたし、僕の気持ちもすっかりハイになっていた。

あれ、さっきの人……『白波五人男』の弁天小僧菊之助で来る?

うわ、マイナー……。エミリオ・サルガーリ『黒い海賊』だよ、あのレイピアで戦ってるの!

ハセオ……アー……ユー、ビショージョ!

 興奮したフィービーが僕と紫衣里をまとめて抱きしめようとする。

 また、胸が顔に当たりそうになるのを理性でかわして立ち上がる。

 顔を塞がれて呻くのは、紫衣里だけになった。

Stifling,Phoebe…….

(苦しいよ、フィービー……)

 そして、3組目の試合がコールされると、フィービーは立ち上がって僕の肩を叩いた。

Probably next one becomes the most powerful enemy……. Be careful.

(たぶん次のが最強の敵になるわ……。気をつけて)


 そのまま去っていくフィービーを、紫衣里は見ていなかったようだった。
フィービー、何て言ったの?
さ、さあ……よく聞いてなかったから。

 いつになく落ち着きを欠いたその目は、会場内にいる誰かを探しているようだった。

 実際、歓声も物凄かったのだ。

終わった……もう?
……え?

 フィービーの言った通りだった。

 いつの間にか試合は終わり、瞬殺されてガックリうなだれる敗者を後に、勝者が悠々とステージを下りるところだった。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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