第37話 死闘と迷い
文字数 1,467文字
流暢な日本語で挨拶した長い名前の少年は、イギリスからの招待選手だった。
確かに礼儀正しいが、家柄も金もあるぞというオーラを全身から発していた。
いわゆる「いけ好かない野郎」の典型だ。
だが、ここはスポーツの場だ。ルールの前には、地位も金銭も関係ない。
あるのは、名誉だけだ。
その名誉をかけた戦いを前に、僕たちは固く握手した。
最後の戦いが、始まる。
ちょっと聞くと中2病に聞こえるが、これは<リタレスティック・バウト>のキャラクターを選んだ時に流れるセリフだ。
シラノ・ド・ベルジュラックだと、こうなる。
そのシラノ・ド・ベルジュラックの前で、双剣を手にした美青年が恭しく一礼する。
シェイクスピア『ハムレット』で、主人公ハムレットと一騎打ちを演じる美剣士レイアーティーズだ。
愛する妹を死に追いやったハムレットを殺すためなら、どんな卑怯な手も厭わない復讐鬼……。
さっき、ウジェーヌ・フォーコンプレの操る弁天小僧菊之助に放った「果たし合いのバラード」を放つ。
8連突きを3回放った後に、背後から4連斬りのクリティカルヒットを奪うあの技だ。
レイアーティーズの手にしたレイピアとダガーが、高速で交差する。
シラノの流星突きは、必殺技を放つ前に弾き飛ばされてしまった。
だが、こんなときのための技を磨いていない僕ではない。
レイアーティーズはというと、勢いに乗って押してくる。
望むなら、叶えてやるしかない。
板野さんの願いも、どう呼んでいいか分からないほど名前の長い彼の期待することも。
画面の端まで押されたシラノが、一気にレイアーティーズを反対側の端まで押し返す。
逃げ道を失った双剣の美剣士は、大鼻の剣豪詩人にめった突きにされて倒れ伏した。
1勝を収めた僕に、会場内からは歓声が上がった。
観客席の最前列を見ると、紫衣里が拍手していた。
そう言っているような気がした。実際は、聞こえもしない。
こっちのほうは、しっかり聞こえる。
レイアーティーズの操り手は、怯んだ様子もない。余裕たっぷりの嘲笑を浮かべている。
第2ラウンドが始まった。
試合開始と同時に、レイアーティーズの姿が画面上から消えた。
何が起こったかは頭の中で分かっているが、ここまで速いと反応できない。
これが、相手の実力だった。
ダメだと思いながらも、目が観客席の紫衣里を探している。
……いた!
決断を促すように。
ここで勝てば、何もかもが手に入る。
紫衣里も、僕の人生も、板野さんの修学旅行も。
そのうち、それは紫衣里と、僕の良心に背く決断でもある。
そこに僕はまだ、結論を出していない。