第37話 死闘と迷い

文字数 1,467文字

宜しく。エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世です。

 流暢な日本語で挨拶した長い名前の少年は、イギリスからの招待選手だった。

 確かに礼儀正しいが、家柄も金もあるぞというオーラを全身から発していた。

 いわゆる「いけ好かない野郎」の典型だ。

こちらこそ。日本と……決勝戦にようこそ!

だが、ここはスポーツの場だ。ルールの前には、地位も金銭も関係ない。

あるのは、名誉だけだ。

その名誉をかけた戦いを前に、僕たちは固く握手した。

最後の戦いが、始まる。

さあ、3つに重なった災いよ、3の10倍になってあの呪われた頭に落ちかかれ!

 ちょっと聞くと中2病に聞こえるが、これは<リタレスティック・バウト>のキャラクターを選んだ時に流れるセリフだ。

 シラノ・ド・ベルジュラックだと、こうなる。

誰の助けも要るものか、俺の味方はこの(つるぎ)、これぞ愛しいお姫様よ!

 そのシラノ・ド・ベルジュラックの前で、双剣を手にした美青年が恭しく一礼する。

 シェイクスピア『ハムレット』で、主人公ハムレットと一騎打ちを演じる美剣士レイアーティーズだ。

 愛する妹を死に追いやったハムレットを殺すためなら、どんな卑怯な手も厭わない復讐鬼……。

……いざ!
 決戦のステージの上で、1本目が始まる。
一気にケリをつけてやる!

 さっき、ウジェーヌ・フォーコンプレの操る弁天小僧菊之助に放った「果たし合いのバラード」を放つ。

 8連突きを3回放った後に、背後から4連斬りのクリティカルヒットを奪うあの技だ。

その技は……もう見てる。

レイアーティーズの手にしたレイピアとダガーが、高速で交差する。

シラノの流星突きは、必殺技を放つ前に弾き飛ばされてしまった。

……強い!

 だが、こんなときのための技を磨いていない僕ではない。

 レイアーティーズはというと、勢いに乗って押してくる。

失望させないでくれ、ハセオ!

 望むなら、叶えてやるしかない。

 板野さんの願いも、どう呼んでいいか分からないほど名前の長い彼の期待することも。

アラス野の疾走(スプラン・シャン・ダ・ラス)

 画面の端まで押されたシラノが、一気にレイアーティーズを反対側の端まで押し返す。

 逃げ道を失った双剣の美剣士は、大鼻の剣豪詩人にめった突きにされて倒れ伏した。

……お見事。

 1勝を収めた僕に、会場内からは歓声が上がった。

 観客席の最前列を見ると、紫衣里が拍手していた。

……やったね!

 そう言っているような気がした。実際は、聞こえもしない。

では……2本目だね。

 こっちのほうは、しっかり聞こえる。

 レイアーティーズの操り手は、怯んだ様子もない。余裕たっぷりの嘲笑を浮かべている。

 第2ラウンドが始まった。

……これは!

 試合開始と同時に、レイアーティーズの姿が画面上から消えた。

 何が起こったかは頭の中で分かっているが、ここまで速いと反応できない。

愛する妹に捧ぐ!(デヴォート・トゥ・マイ・スウィート・シスター!)
 開始と同時に背後へ飛んできたレイアーティーズの不意打ちに、シラノが倒れ伏す。
 これが、相手の実力だった。
そんな……何もできないなんて。
 僕の身体が、ガタガタ震え出した。
 ダメだと思いながらも、目が観客席の紫衣里を探している。
 ……いた!
……。
 真っ白な帽子の下から、ガラスの瞳が見つめている。
 決断を促すように。

 ここで勝てば、何もかもが手に入る。

 紫衣里も、僕の人生も、板野さんの修学旅行も。

(だけど……)

 そのうち、それは紫衣里と、僕の良心に背く決断でもある。

 そこに僕はまだ、結論を出していない。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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